先代の巫女(演技派ヘルパー)
1
千年の歴史で知られる、アルファ王国。
その地にて、異世界人を召喚する、儀式の準備が進んでいる。
2
アルファ神殿、奥の間。
五百人は入れるであろう、白を基調とした空間。
王族でさえ、巫女の許可なく立ちいることは許されない、神聖な場所。
天窓から射しこむ光が美しい。
中央、床には召喚陣が刻まれている。
壁には装飾品としても見事な、光が灯るマジックアイテム。
一番奥には祭壇があり、巫女が祈りをささげている。
「いよいよですね」
「はい」
異世界人召喚の間。
人ばらいを終えて、いま、ふたりの女性だけがいる。
十六歳の娘と、初老の女性。
儀式をとりおこなう巫女と、先代の巫女である。
異世界人がやってくる時期が近づき、すべてを知っている先代の巫女が、舞台の様子をうかがいにきていた。
「今回はどのような方々がこられるのでしょうね」
「ええ、素直な人たちだとよいのですが」
聞き分けの悪い乱暴な人たちであったらどうしましょう。
うふふ。
ふふっ。
巫女たちは微笑みをみせあった。
「ところで先代さま。部屋の装飾のほうはこのような感じでよいでしょうか?」
「ええ、素敵だとおもいますよ。さきほど見せていただいた神官たちの衣装も、好印象をいただけるとおもいます」
巫女が気軽に相談できる相手は、先代の巫女をおいて他にはいない。
先代としても、孫のような存在に頼られるのはうれしい。
「予行演習のほうは十分ですか?」
「いえ、ひとりでは、なかなか難しくて」
「ならばお手伝いしましょう」
足腰に衰えをみせない先代の巫女が、すたすたと中央に移動する。
しばし待機して、気持ちをつくる。
「……こ、ここは?」
「ようこそおいでくださいました。異世界の皆さま」
「異世界ですって?」
「はい。みなさまは、世界の亀裂に飲みこまれて、この地に流されてきたのです」
「まさか、あのときの……私たちはどうなるの?」
「ご安心ください。皆さまはこの地、アルファ王国で保護させていただきます」
「元の世界には帰れないの?」
「私どもの力では……」
「そんなっ!?」
「ですが、可能性ならございます」
「教えてください」
「かつて魔王を封印した勇者、先代の異世界人が残した言葉にはこうあります……元の世界に帰還する方法は、魔王が眠る地にある、と」
「勇者? それに、魔王ですって?」
「この世界は、皆さまのいた世界とは異なり、モンスターがはびこる世界」
「モンスター!?」
「そして異世界人である皆さまは、悪を打ち払う力をもった存在」
「私たちに、そんな力が……?」
「もし、皆さまに戦うご意志がおありならば、お願いいたします。この世界を救ってください。襲いくるモンスターの恐怖から、この世界を!」
アルファ王国の王族には、神託として伝えてある。
異世界人は十人前後あらわれるでしょう。それぞれに素質を秘めてはいるものの、戦う意志がともなうとは限りません。平穏を望むものには、無理に戦いを強要せず、暮らしていけるだけの援助をしていただきたい。また、すべての異世界人が善意をもつとはかぎりません。悪意をもった異世界人があらわれる可能性もあるとおもわれます。そのときは内々に処理いたしますので、ご安心ください、と。
巫女は、先代にたずねた。
「世界を救ってください、という台詞は必要でしょうか?」
「これまではとは違い、それほどの危機ではありませんからねえ」
「はい」
「ですが、何人かの異世界人には協力していただかないと」
「厳しいでしょうか?」
「おそらくは」
「ならばやはり、真実は伏せ、世界を救っていただくために皆さまを召喚した、という説明のほうがよろしいでしょうか?」
「無難かもしれませんね。この世界の常識に沿っていたほうが、混乱も少ないでしょうから」
「異世界人の方々を説得して、常識に合わせてもらうのも大変ですものね」
巫女と先代は、祭壇をテーブルがわりにして、紙に台詞を書き出す。
神々の導きによって、世界を救う力をもった異世界の皆さまを召喚しました。
アルファ王国で保護させてもらいます。
戦う意志がおありならば、どうか、世界を救ってください。
元の世界にもどるには、魔王が封印された神代のダンジョン、オメガを攻略せねばなりません。
「このような流れでよろしいでしょうか?」
「ええ、ですが、すべてを一度に説明する必要はありませんよ。まずは落ち着いてもらうことが第一です。とりあえず安心してもらい、相手の質問にこたえるという形で、少しずつ説明すればよいでしょう」
「ありがとうございます。それとですね」
「はい」
「勇者という称号はどういたしましょう? 世界の常識に沿うならば、英雄と伝えるべきでしょうか?」
五百年前の戦いでは、アルファ王国にあつめられた異世界人である、勇者たちの活躍が乏しかった。活躍したのは勇者と同じ、黒い瞳と黒い髪をもつ、異世界人。神々による救済の網をすり抜けて、世界の片隅に流されてしまった少年。
「カオリさまが救い、導き、鍛えあげられた英雄、ヤクモさま」
世界に秩序をもたらした最大の功労者は、ヴァルキリーとなるであろう、英雄と呼ばれていた。人々の記憶が薄れはじめたころに広まった物語には、ヤクモという名も、勇者という称号も使われることはなかった。
「名前を知られていないのは、名乗らなかったからでしょうか?」
「各地で暴れまわっていたという話もありましたからねえ」
黒髪の女。
黒い鱗をもつ黒髪の少女。
黒髪の少年。
兇悪なモンスターを蹴散らしてまわる、逃亡犯たち。
「ガンマ地方にあった国を潰滅させたのは、カオリさまですよね?」
「竜王かもしれませんが、どちらにせよ、ヤクモさまではないでしょう」
伝えられる物語には、破壊活動など記されていない。
黒髪の女と黑い鱗の少女については、影も形も存在していない。
吟遊詩人が伝えていた話や、異世界人の伝記を参考にしたとされる、作者不詳の夢物語。アルファ王国に召喚された、ひとりの異世界人が、楚々として気品ある凛とした麗しい乙女と、清らかで美しく可憐でチャーミングかつエレガントな乙女に支えられながら、兇悪なモンスターを蹴散らし、魔王を封印して、世界に秩序をもたらしたという、英雄譚。
娯楽作品として、世界中に広まった。
その後、死霊術師がもたらした新たな混乱、国家間の戦争、亜人たちとの抗争もあり、記録と記憶の大半が風化して、三百年も経過すれば、物語は伝説となり、いまでは史実であったかのように語られている。
「影が薄かっただけで、ほかの勇者さまも頑張っておられたのにねえ」
「はい」
「英雄と区別するためにも、勇者の称号は復活させたいところです」
「では神託という形でなんとか、いえ、こうなったら、勇者という称号をギフトとして授けていただくよう、神々にお願いしてみます」
「ああ、そうですね。それがよいとおもいます」
巫女たちは神々に祈りをささげ、都合よくやってくれるように願った。
3
五百年周期で、次元の異なる二つの世界が重なる。
濃い世界から薄い世界へ、エネルギーが流れこむ。
その激流に巻きこまれ、流れついた異世界人が元の世界に帰還するには、世界の重なる期間中(こちらの世界で約1年の間)に、空間と時間軸を定めたうえで、エネルギーの激流に逆らえるだけの強いエネルギーをもって、転移術を行使しなければならない。
成功させるには、神々の助力が必要不可欠となる。
神々の助力を得るには、試練を乗り越えて、資格を得る必要がある。
神々に認めてもらわなければならない。
できるだけ、多くの神々に。
「神代のダンジョン、オメガを攻略することができれば、認められるはずです」
少なくとも、ダンジョンマスターとなる資格は得られる。
「オメガを攻略するためには、最低でもS級冒険者ほどの実力が不可欠となります。多くの兇悪なモンスターを倒し、多くのダンジョンを攻略する。世界の秩序の回復に貢献しないかぎり、挑むことすらかなわないダンジョンですから」
よほどのことがないかぎり、多くの神々の助力をえられる。
異世界への転移術。個人の魔力でどうにかなるものではない。アルファ王国に召喚された時点で、制限時間はほとんど残っていない。次の周期を待つ必要もある。五百年の時を生きのびるには、さまざまな手段があるものの、ダンジョンマスターとなるのがもっとも確実。ダンジョンマスターとなれば、莫大なエネルギーをため込むことも可能となる。しかし、帰還に必要なエネルギーは、助力する神々の力と数によって変動する。世界の秩序を回復させて、多くの神々に認められないかぎり、五百年あっても難しい。
「帰還の条件を知らなくても、ほとんどの方は、こちらの世界を選ばれる」
「だいたいの望みは叶いますからねえ」
条件を知ったうえで、あきらめない人物はまずいない。
巫女たちは想う。
もうすぐ帰還を果たすであろう人物について。
十六歳の娘が感じるのは、世界を救ってくれた恩義と、別れの寂しさ。
先代の巫女もまた、その感傷を共有する。
未練を振り払うように、先代の巫女が声をかける。
「次は別のパターンでやってみますか?」
「……はい」
「ご注文は?」
「それでは、なぜか全部わかってるパターンでお願いします」
「俺の時代がキターというやつですね。わかりました。まかせてください」
すべてを知っている、神々の手先。
巫女が表舞台に立ち、先代の巫女は裏方として蔭から支える。
もっとも、望まれるならば、舞台に上がることもやぶさかではない。
異世界人を正しき方向へ導く謎の人物。
先代の巫女は、そういう役どころを狙っていたりする。
4
五百年に一度、文明が滅んできた世界。
異世界人の協力なくして、侵略者を追い払うことができない世界。
千年もの間、ひとつの国家が生きのびるなど、奇跡であった。
神々の計らいにより、世界が徐々に強くなってきた結果ではある。
しかし、ひとりの異世界人の尽力がなければ、ありえない結果でもあった。
千年前に流され、巫女たちに保護された異世界人たち。
彼女たちの協力によって、当時の世界は救われた。
激しい戦いのなかで生命を落とした者がいた。
アルファ王国の祖となった者がいた。
ダンジョンを攻略しつづけた者がいた。
ドラゴンとともに旅をする者がいた。
ロマンスに溺れた者もいた。
ほとんどの異世界人は、この世界で生きることを選んだ。
彼女だけが、元の世界にもどることを選んだ。
千年前にあらわれた異世界人、カオリ。
世界に秩序をとりもどした勇者。
ダンジョンマスターとなって四百年ほど眠りつづけた、元勇者。
五百年前、ふたたび世界を救うために奔走した、彼女はいま、こちらの世界で、眠りについている。




