英霊(永遠のヒーロー)
1
千年の歴史を伝える国、アルファ王国。
その地にて、異世界人を召喚する、儀式の準備が進んでいるという。
伝えられる物語において、異世界人とは、英雄のなかの英雄であった。
多くの人々は、召喚される異世界人はひとりであると思いこんでいる。各地に残る伝承を調べるものたちは、異世界人は複数あらわれると推測している。異世界人が、アルファ王国の神殿だけでなく、世界のどこかにあらわれる可能性を知るものは、ごく一部でしかない。
五百年に一度おこなわれてきた、異世界人召喚の儀式。
アルファ王国の神殿において、祈りをささげる巫女は知っていた。神々が干渉をくり返してきた世界が、ひどくもろいことを。混沌にある闇の勢力が干渉をつづけている、この世界では、小さな亀裂があとをたたないことを。大きな亀裂が生じれば、世界を崩壊させる危険性があることを。
巫女はすべてを知っていた。
神々の働きによって、世界の秩序が保たれていることを。
一定の周期において、秩序を乱す事態が生じることを。
五百年に一度、ふたつの世界が重なる。
次元をたがえる二つの世界が、互いに影響をおよぼしあう。
世界は揺らぎ、闇の世界の干渉が強まり、数多くの亀裂が生じる。
モンスターの数が増え、いくつものダンジョンが誕生する。
亀裂は、わずかではあるが重なる世界にも生まれ、エネルギーの流入がおこる。
濃い世界から、薄い世界へ。
異世界から、魂というエネルギーをもつ人間が、流れにのまれてやってくる。
アルファ王国でおこなわれる、異世界人召喚の儀式とは、流されてきた異世界人を安全な場所に集わせる救済措置であり、同時に、世界の秩序の回復と強化を、強い魂をもつ異世界人に協力させるための、神々の計らい。
しかし、時空すら制御できる神々であっても、すべてを制御できるわけではない。混沌となる事態をおもしろがっている、やっかいな神々もいる。不意であるのか故意であるのか、救済の網をとおりぬけてしまう人間がいる。
世界はすでに重なりはじめた。
異世界人の流入は、すでにはじまっている。
2
「知らねぇ天井だ」
言わねばならない気がして口にした若者。
名前は、ショウ。
十八歳。
冷たい石造りの床から上半身を起こして、あたりの様子をうかがう。ぼんやりと明るい。天井までは五メートルほど。十平方メートルていどの、正方形の石室。
誰もいない。
ひとりで中央に寝ていた。
足側には上にのぼる階段があった。
頭側には台座があり、光を放つ、クリスタルのようなものが置かれている。空間がぼんやりと明るいのは、それのおかげであろう。
「……俺はたしか、崖から海へ落ちたはずだ」
チキンレース。
崖に向かって、二台のバイクが並走する。
先に逃げたほうが負け。
臆病者を決める、シンプルなゲーム。
「くそっ、記憶がとんでやがる。どこだよ、ここは? 俺が勝ったのは間違いねえとして、落ちたときに頭でも打ったか? ……服は濡れてねえな」
背中に「喧嘩上等」の四文字を刻む、白一色の特攻服。
ハードに決めた金髪モヒカン。
鶏冠野郎と罵る輩は、拳ひとつで黙らせる、喧嘩を愛し、喧嘩に愛された男。
整備工場で働きだしても、喧嘩だけはやめられない。
売られた喧嘩は必ず買う。
敗色が濃厚であろうとも、己を貫き通す男、ショウ。
彼の辞書に「臆病」という文字はない。
硬派な男。
軟弱な要素など欠片もない。
軟派な男など男ではなく、女にモテるなど敗北でしかない。
ゆえに、たとえ女の誘惑があろうとも、けっして相手などしない。
硬派な男。
ショウは立ちあがり、ぼんやりと光る、ダンジョンコアに背を向けた。
女じゃねえんだ。
宝石みたいなもんに興味はねぇ。
彼は階段に向かい、二十段ほどの階段をのぼる。
水の匂い。
あたたかい陽光。
どこまでも蒼い空がみえる。
ダンジョンの外に立った彼は、清らかな風を感じた。
大きな湖があった。
湖の周りには森林があった。
周囲を見まわしながら湖へと近づく。
左側には、湖に流れこむ川がある。
背後は、足元まで伸びた草が広がる、丘陵となっている。ダンジョンの出入口だけ、遺跡のような構造物となっていた。
まったく記憶にねえ場所だな。
ショウは湖の淵にしゃがみこみ、水面をのぞいた。
見慣れた姿が水鏡にうつる。
小魚の群れが泳いでいるのもみえた。
「もしかして、俺は、死んだのか?」
崖から海に落下して、命を落とした。
あの世に落ちた。
いや、あの世に昇り、天国にいるのではないか。
「死んだら地獄に堕ちると思っていたんだが……」
ガキのころ、ばあちゃんに念仏を唱えさせられた結果か?
「……参ったな。死んだら鬼と喧嘩できると思ってたのによぉ」
祖母の教育により、死後の世界をふつうに信じていた男、ショウ。小学生のころ、将来の夢と題した作文に、鬼よりも強くなる、と書いていた男である。
子どもの頃から、死ぬことに恐怖などなかった。
自分が死んだと思いいたっても、後悔や不安は欠片もなかった。
悔いるとすれば、ナムアミダブツ、と唱えさせられたことだけである。
水に手をつける。
逃げてゆく小魚の群れを目で追いながら、心地よい感覚を味わう。
「死んでも感覚はあるのか……微妙に腹も減ってるな」
わからないことを考えるのも、じっとしているのも性に合わない。
彼は、三途の川(仮)に沿って、上流へ歩いていくことにした。
川幅は二十メートルほど。
水深はわからないが、渡れないことはない。
腹が減ったら、魚を捕まえるか。
学校をサボりまくった中学生時代の、山籠もりの経験が生きるだろう。
火をつけるものがないが、まあ、なんとかなるか。
彼のアウトドア思考は、五分ほどで終了した。
サバイバル思考というなら続行中といえるが、それどころではない。
身体の奥底から、歓喜がこみあげていた。
「なんだよ、おい。ちゃんと地獄じゃねえかよ」
彼の視線の先、三途の川(仮)の向こう岸に、薄緑色の鬼がいた。
オーガ。
二メートルを超える巨体。
角と牙をもち、鋼のごとき皮膚と、分厚い筋肉でおおわれた鬼系モンスター。
タフな肉体と破壊力ある殴打が脅威。
B級冒険者でも、倒すのに苦労する難敵である。
「おーにさーん、こーちらー」
ひそやかに呼びかける、ショウの肉体に気合いがみなぎる。
雄叫びをあげて、迫りくるオーガ。
川のなかほどで溺れていたようにも見えたが、そんなことはどうでもよい。
夢の対決をまえに、身体が熱くてたまらない。
眼前に、鬼が立つ。
ショウは、呼吸の荒々しい鬼の腹に、渾身の一撃を繰り出した。
3
デルタ王国。
ダンジョンが多く、兇悪なモンスターがあらわれる国。
腕に覚えのある冒険者たちが、オメガの前に立ち寄る地方である。
故郷アルファ王国を離れた若者、アルベルト。
彼はいま、治安の悪い街の、荒々しい冒険者が集まる酒場にいた。本来、低レベルの若造など、すぐにカモにされてしまうのだが、カウンター席のそばに立っていても何事も起きない。彼の首には奴隷の証があり、となりには主人である、闇系統の魔術師がいるからである。
「なに辛気くさい顔をしてるのよ、アルベルト」
美しき黒羽の鳥を使い魔とするほどの、優秀な魔術師。
ミルクをちびちびと飲む小娘であっても、どんな恐ろしい呪いをかけられるかわからない。
下手に文句をつけて敵に回すのは、危険極まるのである。
『言ってやるな、ケイシー。落ちこむのも無理はない』
念話である。
主人であるケイシーと、下僕であるアルベルト以外には伝わらない。
彼女たちがいったように、アルベルトは落ち込んでいた。
死霊術をあつかえる恐るべき魔術師、ケイシーの、奴隷の扱いに苦悩していたわけではない。彼女はアルベルトのことを、出来の悪い弟のように見なしている節がある。出来のよい姉の姿を見せつけようとするので、その後始末が面倒ではあるが、奴隷生活には慣れてしまったといえる。
辛気くさい顔をしているのは、冒険者ギルドでステータスを調べた結果である。
俊敏さを上昇させるギフトを有していた彼は、なんと、混沌をもとめる神々からも、新たなギフトを授かっていることが判明したのだ。
『ステータスの成長率が大幅に増大する。英雄クラスのレアギフトじゃない。よかったわね。あんた、ほんとに英雄になれるわよ』
念話である。
これほどの恩寵を授かったと知られれば、国家が人材確保に動くであろう。
面倒事を避けるため、他言無用と、使い魔に注意されている。
『ただし、童貞を失った瞬間、レベルとステータスはリセットされて、すべてのギフトを消失する』
使い魔カーズの補足説明に、アルベルトは歎いた。
彼は英雄になれるチャンスを与えられた。
もうひとつの夢を犠牲にすることで、夢を叶える力を与えられたのだ。
『なんでこんな条件がつくのかしら?』
『神々は気まぐれだが、バランスを重視している』
『英雄になりたいなら、これぐらいは我慢しろってこと?』
『そういうことだろう』
アルベルトは静かに泣いていた。
『素晴らしい恩寵を授かったことは確かだ。帝国あたりに捕まったら、即刻去勢されそうなギフトだな』
それはそれで恩寵を失うかも。
それもそうだな。
と、アルベルトをおいて、好き勝手に語りあう主人たち。
『もっとも、面倒事は避けるにこしたことはない』
『つまり、とっとと童貞を捨てさせる?』
『アルベルトの存在理由はケイシーの守り役だ。死なないていどの能力があれば問題ない』
『私は、英雄クラスの強さをもってもらいたいかな』
『戦いにつかうなら、強いにこしたことはないが』
『死んでもスケルトンにつかえるでしょう?』
『それはやめてやれ。未練が強すぎて、女しか襲わなくなっても困るだろう?』
アルベルトは涙を流しながら、弟分であった少年、ジョルジュのことを考えていた。魔術師ディバレーのもとで、魔術の修業に励んでいる、あいつはいま、どんなエロいことになっているのか、と。
4
混沌をもとめる神々のお気に入り、ケイシーボーン。
彼女は様々な恩寵を授かる闇系統の魔術師であり、死霊術をあつかえる。
この世に未練をのこした人物、その遺体を白骨化させ、骨にふたたび魂を宿らせることで、恐れを知らぬ不死の戦士、スケルトンをつくりだす。それを操り、使役する。スケルトンの戦闘力は、生前の強さと、魔術師の力量に左右される。
彼女は、スケルトンをつくり、使役することのできる死霊術師でもあった。
ケイシーたちがデルタ王国を訪れたのも、強いスケルトンになりそうな人材がいるのではと考えたからだ。オメガならばA級冒険者も集まるが、それほどの強者が相手となると、こちらの身も危ない。オメガに向かうのは、対抗しうるだけの戦力を揃えてからだ。
「ねえ、スケルトンって、マジックバックにいれて運べるのかしら?」
『それだと出し入れが面倒で使いにくい。どこかに保管して、戦闘時に召喚するものだろう。古の死霊術師はそうしていたと伝えられている』
「なるほど、秘密基地っすね」
『せめてアジトと表現しろ。妙にスケールが小さくなる』
スケルトン候補を求めるケイシーは、いま、使い魔と奴隷を引きつれて、湖畔を目指して移動していた。冒険者ギルドからの依頼で、湖畔近くの森に生える、薬草の採取をするためである。
兇悪なモンスターがうろつく場所。
個人で動くには危険だが、パーティー単位で動くには報酬が安い。
二人と一羽なら悪くない。悪くないだけで良くもないのだが、優秀な魔術師とおだてられたため、ケイシーが安請け合いをしたのだ。
薬草の識別は使い魔のカーズが、採取作業はアルベルトが行なう予定である。暇を持てますケイシーが変なキノコに手をつけたりしないよう注意するのは、一人と一羽の共同作業となる。そして、道案内は使い魔の仕事である。
『この川に沿って歩けば湖畔にいける』
モンスターの襲撃もなく、ここまでは、順調に進んでいた。
なにやら聞こえる。
モンスターらしき雄叫びと、もうひとつ、ちがう叫び声が聞こえる。
ケイシーたちは警戒しつつ進んだ。
見えたのは、人型の何かと何かが戦っている光景。
「ねえ、なにあれ?」
『オーガだな』
「えっ、オーガ!?」
「そっちじゃなくて、そのオーガと殴り合ってるのは、なに?」
『紅白の服、いや、赤いのは血だな。もともとは白一色……みたことのない衣装だな。民族衣装なのか? 金色の鶏冠頭……亜人? いや、人間か?』
「人間なの? あれって」
「そんな、オーガと真っ向から殴り合える人間なんて!?」
『A級冒険者ならありえるな』
「……すごい」
距離がある。
戦う姿がはっきりと見えたわけではない。
しかし、アルベルトのなかに、ふつふつと熱いものが湧きあがってくる。
「すごい」
なんで素手なのか。
武器も防具もなしにオーガと殴り合うとか、頭がおかしいんじゃないのか。
主人と使い魔が話しあうそばで、アルベルトは夢中になっていた。
「あっ!!」
赤くて白い、金色鶏冠の人間が、こちらに吹っ飛ばされてきた。
十数メートルという距離。
地面に叩きつけられた人間、若い男が、血を吐きながら立ちあがる。
目が合った。
「こんなところによぉ、なんでおまえらみたいなガキがいるんだ? 外人みてえだが……いや、そっちの女、その格好は、あれか? もしかして、死神ってやつか? カラスも一緒っていうのが、それっぽいがよぉ」
血に染まる白い服。
だらりと動かない左腕。
全身血だらけで、ボロボロだというのに、瞳はギラギラと輝いている。
「死神だろうがなんだろうが、女なんぞに用はねえんだよ」
迫りくるオーガ。
迎え撃つ男の背中に、不思議な形。
文字らしき紋様。
「俺の、喧嘩の邪魔だけはすんじゃねえぞ」
喧嘩上等。
その四文字が、アルベルトの目に焼き付いた。
『おい、とりあえず退くぞ!』
「アルベルト!」
アルベルトは動かない。
恐怖はなかった。声も聞こえていなかった。
ただ、魅入っていた。
男の背中に。
強く、熱く、握りこまれる、男の右拳に。
襲いかかるオーガの腹に、男の右拳が突きささる。
一撃。
その一撃で、オーガは腹をぶち抜かれた。
汚いものをぶちまけて吹き飛び、オーガは倒れ伏した。
それを成し遂げた男もまた、その場に倒れる。
アルベルトは魅入っていた。
その光景のすべてに。
倒れて動かない男に。
身体の奥底から、熱いものがこみあげてきて、自然、涙があふれた。
『ケイシー』
「えいっ」
「ぎゃあぁぁぁーー!!」
アルベルトもまた、地に伏して転げまわった。
5
「英雄、ですか?」
『そうだ』
美しき黒羽の鳥、カーズが、アルベルトに教えた。
オーガを倒した見知らぬ男を、埋葬したあとのことだ。
「よくわかんないけど強かったし、いいスケルトンになると思わない?」
ケイシーが、きれいに白骨化させるため、遺体を燃やそうと提案するさなか、天から光の柱が降りてきた。
男の魂を導き、天に昇らせるために。
その美しい光景に、アルベルトは心を奪われ、ケイシーは泣き叫んだ。
『一片の悔いもなく、誇り高く戦いつづけた者。神々に認められた勇敢なる者には、死後、光の柱が降りるとされる。それは神々による導きであり、その者の魂を、神々のいる天界まで昇らせる。彼らは神々の戦士となり、ヴァルキリー、あるいは英霊と呼ばれる』
農村で生まれ育ったアルベルトが知らない話。
それは神聖術に詳しい者、あるいは歴史学者のみが知る伝説である。
『英霊召喚。神聖術を極めたものだけが可能な召喚術だ。アルファ王国の巫女ならば可能かもしれんが……そいつらが召喚する英霊たちの強さは、一騎当千。モンスターの軍勢を蹴散らすとされる」
神聖術師の多い、ガンマ聖王国においても、知るものは少ない。
『異世界人の物語が広まって変わってしまったが、もともと英雄というのは、英霊たちのことを指していたとされる』
スケルトンにできなかった男を埋葬したのち、湖畔の森で薬草を採取した。
「ねえ、アルベルト」
「なんですか?」
「その服、これからずっと着るわけ?」
アルベルトは、男が着ていた上衣を、もらい受けることにした。
喧嘩上等を背負った衣装。染みついた血のあとは、川で洗ったていどでは落ちなかった。白い服ではよく目立つ。それでいいとアルベルトはおもった。優秀ではあるケイシーに乾かしてもらい、着用している。サイズはちょうどよかった。
「俺、英雄になるって、決めましたから」
あの男のようになりたい。
物語の英雄以上に、彼は英雄だった。
「この気持ちを忘れないためにも、これを着ようと思います」
ケイシーには不評であったが、べつにいいだろう、と使い魔がいった。
本人が英雄を目指すならば、それもよい、とも使い魔はいった。
スケルトン候補ね。
そんなケイシーのつぶやきが、森のなかに消えた。
幸運なことに、帰り道でダンジョンを発見した。
『まだ新しい。未発見のものだ。攻略するなら早いほうがいいな』
翌日、攻略に向かった。
ギルドには報告していない。
ダンジョンコアを破壊できれば、レアなアイテムや恩寵が手に入る。
おいしいものを分けてやるほど、使い魔カーズは甘くない。
「俺にやらせてください」
アルベルトの成長のために、彼を中心に攻略をすすめた。
「なんで素手なの?」
『あいつの真似だろう』
「なんでふつうに倒せるの?」
『わからん。また知らぬ間に恩寵を授かっているのか?』
その推測は当たっていた。アルベルトが男の衣装を身にまとい、誓いを立てたとき、彼は男がもっていた二つの恩寵を継承していた。
ひとつ、武器や防具に頼らないほど攻撃力が上昇する。
ひとつ、ダメージを負うほど攻撃力が上昇する。
呪いに近いギフトのことを、アルベルトも、よくわからないままに感じていた。
『ゴブリンジェネラル』
「ひとりではきつくない?」
「やらせてください。お願いします」
ダンジョン最奥の地で、アルベルトは、傷だらけになりながらも敵を撃破した。
ダンジョンコアを破壊。
出現した宝箱のなかには、マジックアイテムがあった。
どんな汚れもきれいにできる、割とレアなアイテムであった。
「なんでこう、ちょうどいいものがでるんですか?」
『神々の計らいというやつだろう』
「低レベルダンジョンだったし、バランスはいいのかもね」
喧嘩上等を背負う、真白な衣装を身にまとい、アルベルトは戦いをもとめる。
戦いの場となれば、そこに強い人材もいるだろう。スケルトン候補を見つけるため、スケルトン候補を育成するため、ケイシーたちは次なるダンジョンを目指した。
俺は、英雄になる。
アルベルトは拳をつくり、誓いを固めた。
上を目指すもの、気に入ったものたちに、神々は試練を与える。
アルベルトもまた、いずれ知ることになるであろう。
数々の女難を。
媚薬という、恐るべき薬の力を。
そのときアルベルトはどうなってしまうのか。
力を失ったとき、ふたたび立ちあがることができるのだろうか。
アルベルトもまた、混沌をもとめる神々の、お気に入りとなっている。
6
ショウは、鬼の腹に先制の一撃を放ったとき、絶望的な差を実感した。
当然といえた。
いかに英雄の素質を秘める異世界人とはいえ、オーガに挑むのは早すぎた。
相手が殴りかかる。
迫ってきた右腕を、かろうじて回避する。
意識したものではない。
避けられたのは、身体が勝手に動いた結果にすぎない。
「ああ、なら勝てるな」
ショウの口角があがる。
オーガが腕を振りまわし、彼を襲う。
大木でぶん殴られそうな圧力、死の気配を肌で感じながら、勘だけで避けつづけて、相手の腹を殴りつづける。
分厚いタイヤを殴っている感覚。
まったく効いている気がしない。
それでも撃ちこむ。
何十発でも。
何百発でも。
どちらかが動けなくなるまで撃ちこみつづける。
短い応酬の果てに、オーガの殴打がショウをとらえた。
左腕のガードの上から殴られ、数メートルは吹っ飛ばされた。
受け身をとって転がる。
自分から跳んで、衝撃を身体のなかに入れないよう、そらしたはず。
にもかかわらず、吐血。
左腕や肋骨にヒビがはいった。
「ああ、最高だ」
これが鬼。
これでこそ鬼。
憧れていた、鬼との喧嘩だ。
向かってくるオーガを、こちらから迎え撃つ。
まともに喰らえば必死の殴打をかいくぐり、相手の腹を殴りつける。
先ほどと同じ、ではない。
手ごたえが違う。
なぜ?
理由はわからない。
考えている余裕などない。
横っ面にオーガの拳が迫る。
避けられない。
当たってから、攻撃の方向に首をひねる。
流しきれない衝撃に、奥歯をもっていかれる。
踏ん張り、地面を蹴りつけ、腹に一撃をくれる。
手ごたえがわかる。
かわす。
殴る。
避けきれない。
裂傷。
殴る。
吐血。
殴る。
骨がきしむ。
殴る。
吹っ飛ばされる。
転がり、勢いで立ちあがり、雄叫びをあげる。
傷を負うたびに、手ごたえが変わる。
ダメージが深まるほどに、鬼の腹に拳が突きささる。
なぜ?
そんなこと、どうでもいい。
感じている。
熱を。
歓喜を。
鬼の横面を下からぶん殴る。
ショウが初めて、オーガを後ろへふっ飛ばした。
「生きてるときよりもよぉ、生きてるっつー実感があるのは、どうなんだろうなぁ。まあ、どうでもいいがな……さあ、存分に殴り合おうや」
血を撒き散らしながらの殴り合い。
ダメージは深刻。
不意に膝が動かなくなり、オーガの右拳が胴体を襲った。
左腕でガードをする。
完全にへし折れる左腕。
肋骨を粉砕され、そのまま十数メートルも吹き飛ばされる。
まともな受け身も取れず、地面に叩きつけられた。
終わる。
いや、まだだ。
血反吐を吐きながら、それでも立ちあがる。
近いところに、高校生ぐらいの子どもと、中学生ぐらいの子どもがいた。カラスもいる。
コスプレをしている。
地獄でコスプレ?
「こんなところによぉ、なんでおまえらみたいなガキがいるんだ? 外人みてえだが……いや、そっちの女、その格好は、あれか? もしかして、死神ってやつか? カラスも一緒っていうのが、それっぽいがよぉ」
わからない。
わかっているのは、痛みを感じなくなってきたこと。
気持ちよくすらある。
死ぬのがわかる。
自分の命が終わろうとしている。
もしかして、俺はまだ死んでいなかったのか?
やはり死神?
まあ、どうでもいい。
「死神だろうがなんだろうが、女なんぞに用はねえんだよ」
向かってくる鬼。
助かる。
もう、そっちに行くだけの余裕はない。
「俺の、喧嘩の邪魔だけはすんじゃねえぞ」
一撃ぶち込むだけでいい。
それだけいい。
わかる。
握った拳の感覚でわかる。
全身全霊。
すべてをのせた一撃が、鬼の腹をぶち破る。
俺の勝ちだ。
ショウは地面に倒れた。
薄れていく意識のなかで、悪くない、と彼はおもった。
悲鳴のようなものが聞こえた気もするが、そんなものはどうでもいい。
最高の喧嘩ができた。
俺にしては、悪くない終わり方だ。
悔いのない一生。
未練はない。
充足感に満たされながら、彼は逝った。
享年十八歳。
異世界の地にて、オーガと死闘を繰り広げた男、ショウ。
彼の魂を天界に引きあげるべく、導きの光が降りてくる。肉体から離れた魂となって、彼の意識は目覚めた。
浮いている。
いや、上昇している。
こちらを見あげながら、死神女が泣いている。
泣き叫んでいる。
なぜだ?
わからないが、女を泣かせるのは趣味じゃない。
となりのガキ、なんとか……なんでお前も泣きそうなんだよ。
ショウは光に包まれた。
目をあけると、そこには闘技場があった。
映画で観たことのある、コロッセオのような場所。
そしてそこでは、男たちが殴り合いの喧嘩をしている。
じつに楽しそうに、生き生きとしながら。
周りにいる男たちも、似たような面をしている。
「よお、新入り」
後ろから声をかけられる。振りかえれば男がいた。オーガ並みの体格と筋肉をもつ、パンツ一丁の鬚面野郎がいた。
まわりを見わたせば、素肌面積の大きい男たちが、汗をほとばしらせながら、肉体の鍛錬に励んでいる。
地獄ではない。
絵面は地獄であっても、天界の一区画である。
「とりあえず、殴り合いでもするかい?」
上等だ。
ショウは口角をつりあげて、鬚面男との喧嘩に挑んだ。




