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英霊(永遠のヒーロー)



 千年の歴史を伝える国、アルファ王国。

 その地にて、異世界人を召喚する、儀式の準備が進んでいるという。


 伝えられる物語において、異世界人とは、英雄のなかの英雄であった。


 多くの人々は、召喚される異世界人はひとりであると思いこんでいる。各地に残る伝承を調べるものたちは、異世界人は複数あらわれると推測している。異世界人が、アルファ王国の神殿だけでなく、世界のどこかにあらわれる可能性を知るものは、ごく一部でしかない。


 五百年に一度おこなわれてきた、異世界人召喚の儀式。


 アルファ王国の神殿において、祈りをささげる巫女は知っていた。神々が干渉をくり返してきた世界が、ひどくもろいことを。混沌にある闇の勢力が干渉をつづけている、この世界では、小さな亀裂があとをたたないことを。大きな亀裂が生じれば、世界を崩壊させる危険性があることを。


 巫女はすべてを知っていた。


 神々の働きによって、世界の秩序が保たれていることを。

 一定の周期において、秩序を乱す事態が生じることを。


 五百年に一度、ふたつの世界が重なる。


 次元をたがえる二つの世界が、互いに影響をおよぼしあう。

 世界は揺らぎ、闇の世界の干渉が強まり、数多くの亀裂が生じる。

 モンスターの数が増え、いくつものダンジョンが誕生する。


 亀裂は、わずかではあるが重なる世界にも生まれ、エネルギーの流入がおこる。


 濃い世界から、薄い世界へ。

 異世界から、魂というエネルギーをもつ人間が、流れにのまれてやってくる。


 アルファ王国でおこなわれる、異世界人召喚の儀式とは、流されてきた異世界人を安全な場所に集わせる救済措置であり、同時に、世界の秩序の回復と強化を、強い魂をもつ異世界人に協力させるための、神々の計らい。


 しかし、時空すら制御できる神々であっても、すべてを制御できるわけではない。混沌となる事態をおもしろがっている、やっかいな神々もいる。不意であるのか故意であるのか、救済の網をとおりぬけてしまう人間がいる。


 世界はすでに重なりはじめた。

 異世界人の流入は、すでにはじまっている。





「知らねぇ天井だ」


 言わねばならない気がして口にした若者。

 名前は、ショウ。

 十八歳。


 冷たい石造りの床から上半身を起こして、あたりの様子をうかがう。ぼんやりと明るい。天井までは五メートルほど。十平方メートルていどの、正方形の石室。

 誰もいない。

 ひとりで中央に寝ていた。

 足側には上にのぼる階段があった。

 頭側には台座があり、光を放つ、クリスタルのようなものが置かれている。空間がぼんやりと明るいのは、それのおかげであろう。


「……俺はたしか、崖から海へ落ちたはずだ」


 チキンレース。

 崖に向かって、二台のバイクが並走する。

 先に逃げたほうが負け。

 臆病者を決める、シンプルなゲーム。


「くそっ、記憶がとんでやがる。どこだよ、ここは? 俺が勝ったのは間違いねえとして、落ちたときに頭でも打ったか? ……服は濡れてねえな」


 背中に「喧嘩上等」の四文字を刻む、白一色の特攻服。

 ハードに決めた金髪モヒカン。


 鶏冠(とさか)野郎と罵る輩は、拳ひとつで黙らせる、喧嘩を愛し、喧嘩に愛された男。


 整備工場で働きだしても、喧嘩だけはやめられない。

 売られた喧嘩は必ず買う。

 敗色が濃厚であろうとも、己を貫き通す男、ショウ。

 彼の辞書に「臆病」という文字はない。

 硬派な男。

 軟弱な要素など欠片もない。

 軟派な男など男ではなく、女にモテるなど敗北でしかない。

 ゆえに、たとえ女の誘惑があろうとも、けっして相手などしない。

 硬派な男。


 ショウは立ちあがり、ぼんやりと光る、ダンジョンコアに背を向けた。


 女じゃねえんだ。

 宝石みたいなもんに興味はねぇ。


 彼は階段に向かい、二十段ほどの階段をのぼる。

 水の匂い。

 あたたかい陽光。

 どこまでも蒼い空がみえる。


 ダンジョンの外に立った彼は、清らかな風を感じた。


 大きな湖があった。

 湖の周りには森林があった。

 周囲を見まわしながら湖へと近づく。

 左側には、湖に流れこむ川がある。

 背後は、足元まで伸びた草が広がる、丘陵となっている。ダンジョンの出入口だけ、遺跡のような構造物となっていた。


 まったく記憶にねえ場所だな。


 ショウは湖の淵にしゃがみこみ、水面をのぞいた。

 見慣れた姿が水鏡にうつる。

 小魚の群れが泳いでいるのもみえた。


「もしかして、俺は、死んだのか?」


 崖から海に落下して、命を落とした。

 あの世に落ちた。

 いや、あの世に昇り、天国にいるのではないか。


「死んだら地獄に堕ちると思っていたんだが……」


 ガキのころ、ばあちゃんに念仏を唱えさせられた結果か?


「……参ったな。死んだら鬼と喧嘩できると思ってたのによぉ」


 祖母の教育により、死後の世界をふつうに信じていた男、ショウ。小学生のころ、将来の夢と題した作文に、鬼よりも強くなる、と書いていた男である。

 子どもの頃から、死ぬことに恐怖などなかった。

 自分が死んだと思いいたっても、後悔や不安は欠片もなかった。

 悔いるとすれば、ナムアミダブツ、と唱えさせられたことだけである。


 水に手をつける。

 逃げてゆく小魚の群れを目で追いながら、心地よい感覚を味わう。


「死んでも感覚はあるのか……微妙に腹も減ってるな」


 わからないことを考えるのも、じっとしているのも性に合わない。

 彼は、三途の川(仮)に沿って、上流へ歩いていくことにした。


 川幅は二十メートルほど。

 水深はわからないが、渡れないことはない。

 腹が減ったら、魚を捕まえるか。

 学校をサボりまくった中学生時代の、山籠もりの経験が生きるだろう。

 火をつけるものがないが、まあ、なんとかなるか。


 彼のアウトドア思考は、五分ほどで終了した。

 サバイバル思考というなら続行中といえるが、それどころではない。

 身体の奥底から、歓喜がこみあげていた。


「なんだよ、おい。ちゃんと地獄じゃねえかよ」


 彼の視線の先、三途の川(仮)の向こう岸に、薄緑色の鬼がいた。


 オーガ。

 二メートルを超える巨体。

 角と牙をもち、鋼のごとき皮膚と、分厚い筋肉でおおわれた鬼系モンスター。

 タフな肉体と破壊力ある殴打が脅威。

 B級冒険者でも、倒すのに苦労する難敵である。


「おーにさーん、こーちらー」


 ひそやかに呼びかける、ショウの肉体に気合いがみなぎる。


 雄叫びをあげて、迫りくるオーガ。

 川のなかほどで溺れていたようにも見えたが、そんなことはどうでもよい。

 夢の対決をまえに、身体が熱くてたまらない。


 眼前に、鬼が立つ。

 ショウは、呼吸の荒々しい鬼の腹に、渾身の一撃を繰り出した。





 デルタ王国。

 ダンジョンが多く、兇悪なモンスターがあらわれる国。

 腕に覚えのある冒険者たちが、オメガの前に立ち寄る地方である。


 故郷アルファ王国を離れた若者、アルベルト。


 彼はいま、治安の悪い街の、荒々しい冒険者が集まる酒場にいた。本来、低レベルの若造など、すぐにカモにされてしまうのだが、カウンター席のそばに立っていても何事も起きない。彼の首には奴隷の証があり、となりには主人である、闇系統の魔術師がいるからである。


「なに辛気くさい顔をしてるのよ、アルベルト」


 美しき黒羽の鳥を使い魔とするほどの、優秀な魔術師。

 ミルクをちびちびと飲む小娘であっても、どんな恐ろしい呪いをかけられるかわからない。

 下手に文句をつけて敵に回すのは、危険極まるのである。


『言ってやるな、ケイシー。落ちこむのも無理はない』


 念話である。

 主人であるケイシーと、下僕であるアルベルト以外には伝わらない。


 彼女たちがいったように、アルベルトは落ち込んでいた。


 死霊術をあつかえる恐るべき魔術師、ケイシーの、奴隷の扱いに苦悩していたわけではない。彼女はアルベルトのことを、出来の悪い弟のように見なしている節がある。出来のよい姉の姿を見せつけようとするので、その後始末が面倒ではあるが、奴隷生活には慣れてしまったといえる。


 辛気くさい顔をしているのは、冒険者ギルドでステータスを調べた結果である。


 俊敏さを上昇させるギフトを有していた彼は、なんと、混沌をもとめる神々からも、新たなギフトを授かっていることが判明したのだ。


『ステータスの成長率が大幅に増大する。英雄クラスのレアギフトじゃない。よかったわね。あんた、ほんとに英雄になれるわよ』


 念話である。

 これほどの恩寵を授かったと知られれば、国家が人材確保に動くであろう。

 面倒事を避けるため、他言無用と、使い魔に注意されている。


『ただし、童貞を失った瞬間、レベルとステータスはリセットされて、すべてのギフトを消失する』


 使い魔カーズの補足説明に、アルベルトは歎いた。


 彼は英雄になれるチャンスを与えられた。

 もうひとつの夢を犠牲にすることで、夢を叶える力を与えられたのだ。


『なんでこんな条件がつくのかしら?』

『神々は気まぐれだが、バランスを重視している』

『英雄になりたいなら、これぐらいは我慢しろってこと?』

『そういうことだろう』


 アルベルトは静かに泣いていた。


『素晴らしい恩寵を授かったことは確かだ。帝国あたりに捕まったら、即刻去勢されそうなギフトだな』


 それはそれで恩寵を失うかも。

 それもそうだな。

 と、アルベルトをおいて、好き勝手に語りあう主人たち。


『もっとも、面倒事は避けるにこしたことはない』

『つまり、とっとと童貞を捨てさせる?』

『アルベルトの存在理由はケイシーの守り役だ。死なないていどの能力があれば問題ない』

『私は、英雄クラスの強さをもってもらいたいかな』

『戦いにつかうなら、強いにこしたことはないが』

『死んでもスケルトンにつかえるでしょう?』

『それはやめてやれ。未練が強すぎて、女しか襲わなくなっても困るだろう?』


 アルベルトは涙を流しながら、弟分であった少年、ジョルジュのことを考えていた。魔術師ディバレーのもとで、魔術の修業に励んでいる、あいつはいま、どんなエロいことになっているのか、と。





 混沌をもとめる神々のお気に入り、ケイシーボーン。

 彼女は様々な恩寵を授かる闇系統の魔術師であり、死霊術をあつかえる。


 この世に未練をのこした人物、その遺体を白骨化させ、骨にふたたび魂を宿らせることで、恐れを知らぬ不死の戦士、スケルトンをつくりだす。それを操り、使役する。スケルトンの戦闘力は、生前の強さと、魔術師の力量に左右される。


 彼女は、スケルトンをつくり、使役することのできる死霊術師でもあった。


 ケイシーたちがデルタ王国を訪れたのも、強いスケルトンになりそうな人材がいるのではと考えたからだ。オメガならばA級冒険者も集まるが、それほどの強者が相手となると、こちらの身も危ない。オメガに向かうのは、対抗しうるだけの戦力を揃えてからだ。


「ねえ、スケルトンって、マジックバックにいれて運べるのかしら?」

『それだと出し入れが面倒で使いにくい。どこかに保管して、戦闘時に召喚するものだろう。古の死霊術師はそうしていたと伝えられている』

「なるほど、秘密基地っすね」

『せめてアジトと表現しろ。妙にスケールが小さくなる』


 スケルトン候補を求めるケイシーは、いま、使い魔と奴隷を引きつれて、湖畔を目指して移動していた。冒険者ギルドからの依頼で、湖畔近くの森に生える、薬草の採取をするためである。


 兇悪なモンスターがうろつく場所。

 個人で動くには危険だが、パーティー単位で動くには報酬が安い。

 二人と一羽なら悪くない。悪くないだけで良くもないのだが、優秀な魔術師とおだてられたため、ケイシーが安請け合いをしたのだ。

 薬草の識別は使い魔のカーズが、採取作業はアルベルトが行なう予定である。暇を持てますケイシーが変なキノコに手をつけたりしないよう注意するのは、一人と一羽の共同作業となる。そして、道案内は使い魔の仕事である。


『この川に沿って歩けば湖畔にいける』


 モンスターの襲撃もなく、ここまでは、順調に進んでいた。


 なにやら聞こえる。

 モンスターらしき雄叫びと、もうひとつ、ちがう叫び声が聞こえる。

 ケイシーたちは警戒しつつ進んだ。

 見えたのは、人型の何かと何かが戦っている光景。


「ねえ、なにあれ?」

『オーガだな』

「えっ、オーガ!?」

「そっちじゃなくて、そのオーガと殴り合ってるのは、なに?」

『紅白の服、いや、赤いのは血だな。もともとは白一色……みたことのない衣装だな。民族衣装なのか? 金色の鶏冠頭……亜人? いや、人間か?』

「人間なの? あれって」

「そんな、オーガと真っ向から殴り合える人間なんて!?」

『A級冒険者ならありえるな』

「……すごい」


 距離がある。

 戦う姿がはっきりと見えたわけではない。

 しかし、アルベルトのなかに、ふつふつと熱いものが湧きあがってくる。


「すごい」


 なんで素手なのか。

 武器も防具もなしにオーガと殴り合うとか、頭がおかしいんじゃないのか。

 主人と使い魔が話しあうそばで、アルベルトは夢中になっていた。


「あっ!!」


 赤くて白い、金色鶏冠の人間が、こちらに吹っ飛ばされてきた。

 十数メートルという距離。

 地面に叩きつけられた人間、若い男が、血を吐きながら立ちあがる。

 目が合った。

 

「こんなところによぉ、なんでおまえらみたいなガキがいるんだ? 外人みてえだが……いや、そっちの女、その格好は、あれか? もしかして、死神ってやつか? カラスも一緒っていうのが、それっぽいがよぉ」


 血に染まる白い服。

 だらりと動かない左腕。

 全身血だらけで、ボロボロだというのに、瞳はギラギラと輝いている。


「死神だろうがなんだろうが、女なんぞに用はねえんだよ」


 迫りくるオーガ。

 迎え撃つ男の背中に、不思議な形。

 文字らしき紋様。


「俺の、喧嘩の邪魔だけはすんじゃねえぞ」


 喧嘩上等。

 その四文字が、アルベルトの目に焼き付いた。


『おい、とりあえず退くぞ!』

「アルベルト!」


 アルベルトは動かない。

 恐怖はなかった。声も聞こえていなかった。

 ただ、魅入っていた。

 男の背中に。

 強く、熱く、握りこまれる、男の右拳に。


 襲いかかるオーガの腹に、男の右拳が突きささる。


 一撃。

 その一撃で、オーガは腹をぶち抜かれた。

 汚いものをぶちまけて吹き飛び、オーガは倒れ伏した。


 それを成し遂げた男もまた、その場に倒れる。


 アルベルトは魅入っていた。

 その光景のすべてに。

 倒れて動かない男に。

 身体の奥底から、熱いものがこみあげてきて、自然、涙があふれた。


『ケイシー』

「えいっ」

「ぎゃあぁぁぁーー!!」


 アルベルトもまた、地に伏して転げまわった。





「英雄、ですか?」

『そうだ』


 美しき黒羽の鳥、カーズが、アルベルトに教えた。

 オーガを倒した見知らぬ男を、埋葬したあとのことだ。


「よくわかんないけど強かったし、いいスケルトンになると思わない?」


 ケイシーが、きれいに白骨化させるため、遺体を燃やそうと提案するさなか、天から光の柱が降りてきた。

 男の魂を導き、天に昇らせるために。

 その美しい光景に、アルベルトは心を奪われ、ケイシーは泣き叫んだ。


『一片の悔いもなく、誇り高く戦いつづけた者。神々に認められた勇敢なる者には、死後、光の柱が降りるとされる。それは神々による導きであり、その者の魂を、神々のいる天界まで昇らせる。彼らは神々の戦士となり、ヴァルキリー、あるいは英霊と呼ばれる』


 農村で生まれ育ったアルベルトが知らない話。

 それは神聖術に詳しい者、あるいは歴史学者のみが知る伝説である。


『英霊召喚。神聖術を極めたものだけが可能な召喚術だ。アルファ王国の巫女ならば可能かもしれんが……そいつらが召喚する英霊たちの強さは、一騎当千。モンスターの軍勢を蹴散らすとされる」


 神聖術師の多い、ガンマ聖王国においても、知るものは少ない。


『異世界人の物語が広まって変わってしまったが、もともと英雄というのは、英霊たちのことを指していたとされる』


 スケルトンにできなかった男を埋葬したのち、湖畔の森で薬草を採取した。


「ねえ、アルベルト」

「なんですか?」

「その服、これからずっと着るわけ?」


 アルベルトは、男が着ていた上衣を、もらい受けることにした。


 喧嘩上等を背負った衣装。染みついた血のあとは、川で洗ったていどでは落ちなかった。白い服ではよく目立つ。それでいいとアルベルトはおもった。優秀ではあるケイシーに乾かしてもらい、着用している。サイズはちょうどよかった。


「俺、英雄になるって、決めましたから」


 あの男のようになりたい。

 物語の英雄以上に、彼は英雄だった。


「この気持ちを忘れないためにも、これを着ようと思います」


 ケイシーには不評であったが、べつにいいだろう、と使い魔がいった。

 本人が英雄を目指すならば、それもよい、とも使い魔はいった。

 スケルトン候補ね。

 そんなケイシーのつぶやきが、森のなかに消えた。


 幸運なことに、帰り道でダンジョンを発見した。


『まだ新しい。未発見のものだ。攻略するなら早いほうがいいな』


 翌日、攻略に向かった。

 ギルドには報告していない。

 ダンジョンコアを破壊できれば、レアなアイテムや恩寵が手に入る。

 おいしいものを分けてやるほど、使い魔カーズは甘くない。


「俺にやらせてください」


 アルベルトの成長のために、彼を中心に攻略をすすめた。


「なんで素手なの?」

『あいつの真似だろう』

「なんでふつうに倒せるの?」

『わからん。また知らぬ間に恩寵を授かっているのか?』


 その推測は当たっていた。アルベルトが男の衣装を身にまとい、誓いを立てたとき、彼は男がもっていた二つの恩寵を継承していた。

 ひとつ、武器や防具に頼らないほど攻撃力が上昇する。

 ひとつ、ダメージを負うほど攻撃力が上昇する。

 呪いに近いギフトのことを、アルベルトも、よくわからないままに感じていた。


『ゴブリンジェネラル』

「ひとりではきつくない?」

「やらせてください。お願いします」


 ダンジョン最奥の地で、アルベルトは、傷だらけになりながらも敵を撃破した。


 ダンジョンコアを破壊。

 出現した宝箱のなかには、マジックアイテムがあった。

 どんな汚れもきれいにできる、割とレアなアイテムであった。 


「なんでこう、ちょうどいいものがでるんですか?」

『神々の計らいというやつだろう』

「低レベルダンジョンだったし、バランスはいいのかもね」


 喧嘩上等を背負う、真白な衣装を身にまとい、アルベルトは戦いをもとめる。


 戦いの場となれば、そこに強い人材もいるだろう。スケルトン候補を見つけるため、スケルトン候補を育成するため、ケイシーたちは次なるダンジョンを目指した。


 俺は、英雄になる。

 アルベルトは拳をつくり、誓いを固めた。


 上を目指すもの、気に入ったものたちに、神々は試練を与える。


 アルベルトもまた、いずれ知ることになるであろう。

 数々の女難を。

 媚薬という、恐るべき薬の力を。

 そのときアルベルトはどうなってしまうのか。

 力を失ったとき、ふたたび立ちあがることができるのだろうか。


 アルベルトもまた、混沌をもとめる神々の、お気に入りとなっている。





 ショウは、鬼の腹に先制の一撃を放ったとき、絶望的な差を実感した。


 当然といえた。

 いかに英雄の素質を秘める異世界人とはいえ、オーガに挑むのは早すぎた。


 相手が殴りかかる。

 迫ってきた右腕を、かろうじて回避する。

 意識したものではない。

 避けられたのは、身体が勝手に動いた結果にすぎない。


「ああ、なら勝てるな」


 ショウの口角があがる。

 オーガが腕を振りまわし、彼を襲う。

 大木でぶん殴られそうな圧力、死の気配を肌で感じながら、勘だけで避けつづけて、相手の腹を殴りつづける。

 分厚いタイヤを殴っている感覚。

 まったく効いている気がしない。

 それでも撃ちこむ。

 何十発でも。

 何百発でも。

 どちらかが動けなくなるまで撃ちこみつづける。


 短い応酬の果てに、オーガの殴打がショウをとらえた。


 左腕のガードの上から殴られ、数メートルは吹っ飛ばされた。

 受け身をとって転がる。

 自分から跳んで、衝撃を身体のなかに入れないよう、そらしたはず。

 にもかかわらず、吐血。

 左腕や肋骨にヒビがはいった。


「ああ、最高だ」


 これが鬼。

 これでこそ鬼。

 憧れていた、鬼との喧嘩だ。


 向かってくるオーガを、こちらから迎え撃つ。

 まともに喰らえば必死の殴打をかいくぐり、相手の腹を殴りつける。

 先ほどと同じ、ではない。

 手ごたえが違う。

 なぜ?

 理由はわからない。

 考えている余裕などない。

 横っ面にオーガの拳が迫る。

 避けられない。

 当たってから、攻撃の方向に首をひねる。

 流しきれない衝撃に、奥歯をもっていかれる。

 踏ん張り、地面を蹴りつけ、腹に一撃をくれる。

 手ごたえがわかる。

 かわす。

 殴る。

 避けきれない。

 裂傷。

 殴る。

 吐血。

 殴る。

 骨がきしむ。

 殴る。

 吹っ飛ばされる。

 転がり、勢いで立ちあがり、雄叫びをあげる。


 傷を負うたびに、手ごたえが変わる。

 ダメージが深まるほどに、鬼の腹に拳が突きささる。

 なぜ?

 そんなこと、どうでもいい。

 感じている。

 熱を。

 歓喜を。

 鬼の横面を下からぶん殴る。

 ショウが初めて、オーガを後ろへふっ飛ばした。


「生きてるときよりもよぉ、生きてるっつー実感があるのは、どうなんだろうなぁ。まあ、どうでもいいがな……さあ、存分に殴り合おうや」


 血を撒き散らしながらの殴り合い。

 ダメージは深刻。

 不意に膝が動かなくなり、オーガの右拳が胴体を襲った。

 左腕でガードをする。

 完全にへし折れる左腕。

 肋骨を粉砕され、そのまま十数メートルも吹き飛ばされる。

 まともな受け身も取れず、地面に叩きつけられた。

 終わる。

 いや、まだだ。

 血反吐を吐きながら、それでも立ちあがる。

 近いところに、高校生ぐらいの子どもと、中学生ぐらいの子どもがいた。カラスもいる。

 コスプレをしている。

 地獄でコスプレ?


「こんなところによぉ、なんでおまえらみたいなガキがいるんだ? 外人みてえだが……いや、そっちの女、その格好は、あれか? もしかして、死神ってやつか? カラスも一緒っていうのが、それっぽいがよぉ」


 わからない。

 わかっているのは、痛みを感じなくなってきたこと。

 気持ちよくすらある。

 死ぬのがわかる。

 自分の命が終わろうとしている。

 もしかして、俺はまだ死んでいなかったのか?

 やはり死神?

 まあ、どうでもいい。


「死神だろうがなんだろうが、女なんぞに用はねえんだよ」


 向かってくる鬼。

 助かる。

 もう、そっちに行くだけの余裕はない。


「俺の、喧嘩の邪魔だけはすんじゃねえぞ」


 一撃ぶち込むだけでいい。

 それだけいい。

 わかる。

 握った拳の感覚でわかる。


 全身全霊。

 すべてをのせた一撃が、鬼の腹をぶち破る。


 俺の勝ちだ。

 

 ショウは地面に倒れた。

 薄れていく意識のなかで、悪くない、と彼はおもった。

 悲鳴のようなものが聞こえた気もするが、そんなものはどうでもいい。

 最高の喧嘩ができた。

 俺にしては、悪くない終わり方だ。

 悔いのない一生。

 未練はない。

 充足感に満たされながら、彼は逝った。

 享年十八歳。


 異世界の地にて、オーガと死闘を繰り広げた男、ショウ。


 彼の魂を天界に引きあげるべく、導きの光が降りてくる。肉体から離れた魂となって、彼の意識は目覚めた。


 浮いている。

 いや、上昇している。

 こちらを見あげながら、死神女が泣いている。

 泣き叫んでいる。

 なぜだ?

 わからないが、女を泣かせるのは趣味じゃない。

 となりのガキ、なんとか……なんでお前も泣きそうなんだよ。


 ショウは光に包まれた。


 目をあけると、そこには闘技場があった。

 映画で観たことのある、コロッセオのような場所。

 そしてそこでは、男たちが殴り合いの喧嘩をしている。

 じつに楽しそうに、生き生きとしながら。

 周りにいる男たちも、似たような面をしている。


「よお、新入り」


 後ろから声をかけられる。振りかえれば男がいた。オーガ並みの体格と筋肉をもつ、パンツ一丁の鬚面野郎がいた。

 まわりを見わたせば、素肌面積の大きい男たちが、汗をほとばしらせながら、肉体の鍛錬に励んでいる。

 地獄ではない。

 絵面は地獄であっても、天界の一区画である。


「とりあえず、殴り合いでもするかい?」


 上等だ。

 ショウは口角をつりあげて、鬚面男との喧嘩に挑んだ。

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