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戦乙女(堕落系ヒロイン)



 千年の歴史をもつ小国、アルファ王国。

 その地にて、異世界人を召喚する、儀式の準備が進んでいるという。


 異世界人とは、英雄となる素質をもった逸材。


 野心あふれる国々が、異世界人を確保するために動いていた。その手段のひとつとして、才能ある若者をアルファ王国に送りこんでいる。

 異世界人のパーティーに入ることができれば、距離が近づく。

 情報収集だけでも、有利にことを運べる。

 旅を通じて親睦を深め、縁を結べれば最上といえよう。


 各国は、それぞれの信念のもとに、策謀をめぐらせる。

 考え方はさまざま。

 しかし、そんな各国にも、ひとつだけ共通認識があった。


「アルファ王国に野心はない」


 かの国は、王族から民草にいたるまで、のどかな気風で知られている。歴史的事実として、アルファ王国は、他国を侵略したことがなく、他国から侵略されたこともない。


 他国から攻めこまれないのは、侵略したところで得るものが少ない、敵となっても怖くない、問題にもならない小国、という理由だけではない。


 古い歴史が伝えられる土地。

 異世界人を召喚する、巫女が祈りをささげる土地。

 低レベルダンジョンしかなく、モンスターの害が少ない土地。


 神々に愛された土地として、一定の尊敬をあつめる国でもあった。


 侵略されることがないので、侵略しようという気もおきない。神々に祈りをささげ、民衆の尊敬をあつめる巫女がおり、その巫女が頭を低くする王族がおり、王族もまた、神々と巫女に敬意をはらい、無理のない政治をおこない、民衆に支持されている。


 世界でもっとも平和な国。

 秘かに敵対視してくる国は、一国のみ。


 そんなアルファ王国に向けて、各国から、若者たちが送りこまれる。


 彼らの多くは、国家の思惑を知らされていない。

 若者たちは純粋に、英雄の仲間となり、世界を救うことを夢みていた。





 広大な山林をぬける狭い道を、一台の馬車が進んでいた。

 まわりには護衛の騎士たちが四人、馬にのって馬車を囲んでいる。


「浮かない顔だね、ローズ」


 馬車のなかには、十六歳になったばかりの、二人の若い娘がいた。

 ひとりは騎士見習い、ユーリ。

 もうひとりは神聖術師、ローズマリア。


「わかってるくせに」

「わからないよ。このあたりにモンスターは少ない。心配することなんてひとつもないじゃないか」


 つまらないね。

 ユーリはうそぶき、ローズマリアに笑みをみせる。


「アルファ王国へ向かい、異世界人の仲間となれ。教皇さまのご命令が、そんなに不服なのかい?」

「ずっと願っていたことだもの、不満なんてないわ。どうして私なのか。それがわからないだけ」


 秩序をもとめる神々の、恩寵を授かる才女、ローズマリア。

 騎士見習いユーリとともに、ガンマ聖王国からアルファ王国に向けて、馬車で運ばれる道中にある。

 送り出される際には、教皇ブリューゲルにより、盛大な式典もおこなわれた。


「世界を救う手助けとなれば、ガンマ聖王国の権威も増すだろう。ローズ以上にふさわしい人材がいないなら、教皇さまといえども利用するさ」

「そう、利用されていることだけはわかる」

「教皇さまの思惑は関係ないさ。私たちは、異世界人とともに世界を救えばいい」


 神聖術師ローズマリア。

 三年ほど前までは、聖女候補の最有力であった娘。

 異世界人とともに成長すべき若手のなかで、彼女よりふさわしい者はいない。


「教皇さまは能力以外の要素をたいせつにされる方でしょう? 神聖術の使い手なら、教皇派のなかにもたくさんいる。前教皇派である私を、教皇さまが選んだ理由がわからない」

「それなら簡単だよ」

「そうなの?」

「もちろん、顔で選んだに決まっているじゃないか」

「ユーリ!」

「たわわに育った大きな胸も、重要ポイントだ」

「ちょっと!? もう、さわらないでったら!!」


 怒りをあらわす乙女は、美しさにおいても他を圧倒していた。若さゆえに、まだまだ色気は少ない。この可愛らしい娘が、さらに美しく成長することを、誰もが期待してしまう。

 もっとも、からかう乙女も美しかった。女性的なふくらみには欠けるが、ローズマリアのとなりにあっても、可憐さを失うことはない。

 神聖術師ローズマリア。

 騎士見習いユーリ。

 若い娘たちのやりとりが聞こえてしまう、ベテラン馭者の手汗はひどい。


「ようするに教皇さまは、私たちの魅力で、英雄をたらしこめばいいとお考えなのさ」

「選ばれたのは、女として?」

「いっただろう? ローズ以上の人材はいないって」


 ユーリは語る。神聖術師としての才能と、男を魅了する、女としての器量に満ち溢れているのは、ローズマリアしかいないと。ローズマリアがいくなら、そこそこ美しい女もおまけでついてくると。


「教皇派の人間が理想とはいえ、下手な人材を送って嫌われでもしたら、なんの意味もない」


 物語で伝えられる異世界人は男であった。

 民衆レベルの情報しかないと、召喚される異世界人は、男がひとりと思いこむ。

 ユーリも同じように考えていた。


「ひとりの男を奪いあい、勝ち得るだけの女を派遣する。俗物な指導者が考えそうなことじゃないか」

「……ユーリがおまけってことはないと思うんだけどなあ」

「ローズには負けるよ」


 ふたりとも、教皇ブリューゲルを俗物な指導者とみなしていた。地位と金銭をもとめる。思想を共有するものを優遇して、反するものを遠ざける。その程度の男としか思っていなかった。


「これもいったけれど、教皇さまの思惑なんてどうでもいいんだ。私はローズとともに戦い、聖騎士になる。神々に認められる聖騎士となり、天界の騎士、ヴァルキリーになる」


 一片の悔いもなく、誇り高く戦いつづけた者。

 神々に認められた勇敢なる者には、死後、光の柱が降りるとされる。

 それは神々による導きであり、その者の魂を、神々のいる天界まで昇らせる。


「それが私の夢だからな」


 教皇にどんな思惑があろうと、変わらずに夢を追っている。

 頼もしい友人に、ローズマリアは安らぎを得た。

 彼女がともにいてくれたら、なにがあろうと心配はないと。


「私もがんばらないと──!?」


 馬のいななきとともに、馬車が揺れる。

 急停止により体勢を崩すローズマリアを、ユーリが支えた。 


「なにごとだ!?」

「モンスターです! 出てはなりません!」


 ユーリの叫びに、馭者がこたえた。


 窓を開けて外の様子をうかがう。護衛の騎士ともども、囲まれていた。グレイウルフの群れに、ゴブリン、ゴブリンソルジャー、ゴブリンキャプテンが混在する、数えきれぬほどのゴブリンの軍勢。


「なんだ、この数は!?」

「これは、闇系統の魔術?」


 神聖術師であるローズマリアは、すぐに魔術を感知できた。


「出ます」

「わかった。ローズの護衛はまかせろ」


 ふたりの乙女が馬車から降り立った。


「我々も参戦いたします」

「無茶をしますなあ」


 護衛メンバーの隊長が、やれやれとばかりに肩をすくめる。

 ローズマリアが神聖術により、仲間に加護を与え、戦えない馭者や馬たちに防護壁をほどこした。

 低レベルの少女に、易々とできる芸当ではない。

 ユーリ以外の人間が驚くなか、さらに魔力を高め、ローズマリアは、隠れている魔術師の居場所を特定した。


「そちらの樹の後ろに魔術師がひとり。あと、そちらの枝にも何かがいます」


 がさりと枝葉が音をたて、鳩サイズの悪魔系モンスター、インプが逃げ出した。

 同時に、樹の裏側にひそんでいた、黒いローブをまとう男があらわれる。

 

「さすがは聖女となりうる小娘だ」


 モンスターを従える闇系統の魔術師。


「魔王さま復活の妨げとならぬよう、ここで始末させてもらおう」

「させぬよ」


 護衛隊長が大剣を構えた。

 ほかの者も同様に、残りの三方を守護する。

 ユーリもまた、ローズマリアを守るために剣を構える。


「こちらはこれだけの数をそろえたというのに、そちらは護衛が四名に、見習いの小娘がひとり……あれだけ盛大に宣伝をしておきながら、教皇は、襲撃があることを予想していなかったのかな?」


「当然、予測しておられた」


 護衛隊長の発言に、乙女たちが驚く。


「いや、予測したのではなく、作りだされたというべきだろう。宣伝も、式典も、邪教徒どもをおびき出すための、演出のひとつ」

「我々をおとりに!?」

「ご安心ください。すべては、教皇さまの筋書きどおりです」


 四名の護衛たちは、懐から宝玉を取り出した。

 マジックアイテム。

 使うものの姿やレベルを偽装する。

 それを使用していた護衛たちが、本来の姿をあらわした。


「あなたがたは!?」


 聖騎士。

 ガンマ聖王国を守護する、神々の恩寵を授かった騎士。

 現教皇ブリューゲルにより、教皇派のみで構成されたとはいえ、並の騎士とは比較にならない強さをもつ。


「かかれぇ!!」


 大剣の一振りで、モンスターの群れが蹴散らされていく。

 わずかな時間で形勢が決まる。

 敵魔術師はローズマリアだけでも殺そうとしたが、魔術は本人に、モンスターは護衛のユーリにはじき返される。

 失敗を悟り、マジックアイテムでの転移を試みたが、すでに遅い。


「滅せよ、邪教徒」


 容赦のない一振りで胴体を斬り裂かれ、言葉ひとつ残せずに絶命した。


「大丈夫かい、ローズ」

「ええ、だいじょうぶ」


 傷ひとつない。

 ただ、モンスターの亡骸が散らばる光景、血の臭いに、気分が悪くなる。


「ありがとうございました」


 守ってくれた聖騎士に礼をつげる。

 教皇派の信徒である聖騎士たちとは、心理的に距離があったが、礼を失するわけにはいかない。

 ユーリもまた、剣をおさめ、礼儀をただした。


「なに、我々は使命を果たしただけのこと。礼にはおよびませんよ」


 護衛隊長は手をあげ、部下に合図をおくった。


 一閃。

 馭者の首がとんだ。

 頭は落ちて転がり、首から下の身体が、血を噴き出しながら倒れる。


「なっ!?」

「なにをしている!?」

「すべて、教皇さまの筋書きどおりです」


 馬がいななき、暴れ出すのを、聖騎士のひとりがなだめる。


 ローズマリアと護衛隊長だった男の間に、ユーリが割りこんだ。剣を構え、ローズマリアを背に、じりじりと男から距離をとるが、すでに囲まれている。逃げ場などない。

 ローズマリアは声を失ったまま。

 ユーリは、どうしようもないことを理解しながら、それでも、隙を探す。


「目的はなんだ!?」

「邪教徒をおびき寄せて始末する。それはあくまでもついでです。本命は、ローズマリア嬢、あなたの命ですよ」


 ローズを守る。

 たとえ自分の身を辱しめることになっても。

 自分のすべてを犠牲にしても、大切な親友を守ってみせる。


「なぜ、ローズの命を?」


「教皇さまは、ローズマリア嬢を高く評価されているのですよ。聖女となるだけの素質の持ち主。彼女が力をもち、教団内で支持をあつめれば、真の神々を軽視する風潮が強まるであろうと」


「異世界人の仲間になれるのは、ローズしかいないはずだ!」

「そんなもの、どうでもいい」

「なんだと!?」

「悪を討ち滅ぼすのは、我々、聖騎士の役目だ」


 彼らの瞳に宿る光をみて、ユーリは交渉をあきらめた。


「ユーリ、逃げて」

「断る」

「ユーリ!!」

「ここでローズを見捨てたら、ヴァルキリーになれないじゃないか」

「ユーリ……」


 あきらめない。

 ユーリは剣を構えて、退くことのできない戦いに挑む。

 死なせない。

 ローズマリアは涙をぬぐい、自分のすべてを神聖術にのせる。


「真の神々に、祈りをささげなさい」


 ふたりの乙女を両断すべく、聖騎士が大剣を構えた。


 ローズマリアは祈りをささげた。

 これまで祈りをささげてきた、秩序をもとめる神々に。





 ガンマ聖王国。

 神聖なる国家を自負しており、秩序をもとめる神々を信仰する、敬虔な信徒たちの総本山とされる。

 歴史は浅くとも、一定の権威をもつ国である。


 神聖術をあつかう者たちは、多くがこの国で生まれ、修行をつんでいる。

 多くの聖職者が集い、秩序をもとめる神々に祈りをささげており、ほかの土地と比較して、モンスターの被害はわずかであった。

 新しいダンジョンもまた、いまのところ発見されていない。


(まこと)の神々に祈りをささげる、このガンマ聖王国に、新たなダンジョンなどできようはずがない」


 教皇ブリューゲル。

 荘厳なる教会の壇上にたち、指導者として演説する男。


 この国に王はいない。

 教皇の座につくものが、政治を動かしている。

 三年前に就任した現教皇、ブリューゲルは、秩序をもとめる神々のなかでも、とくに厳格な秩序をもとめる神々を信仰していた。

 過激ともいえる思想ゆえに、混沌をもとめる神々と、それを信仰する者たちを、悪とみなして排除する。

 死霊術師は死刑。

 闇系統の魔術師は、厳重に魔術を封じられたのち、国外追放となる。

 なにもしなくともそうなる。

 敵対すれば、モンスターと同じく、抹殺対象とされる。


「たとえ発生しようとも、君たち聖騎士が、速やかに攻略するであろう」


 壇上に立つ彼のまえには、教団の信徒からなる聖騎士たちが整列している。

 ブリューゲルが教皇の座について以降、古参の実力者たちが任を解かれ、教皇派の信徒のみで構成されている。戦力は低下したとされるが、それでもなお、各国の軍隊に勝るとも劣らない、強者の威容を誇っている。


 ローズマリアやユーリなど、穏健であった前教皇を支持していた者たちは、その多くが、ブリューゲルを見誤っていた。彼は地位や金銭を求めてはいたが、それらはすべて、自らの信仰を、世界に広げるためであった。


 教皇ブリューゲルは訴える。


「世界に光をもたらすのは、アルファ王国などに召喚された異世界人ではない。英雄などと伝えられてはいるが、所詮、悪を封じただけにすぎない」


 アルファ王国では、すべての神々に祈りを捧げるという。

 許されることではなかった。

 真の神々を軽視する国の、見せかけの平和が許せなかった。


「魔王を討ちたおし、闇を払うのは君たちだ。君たちこそ、英雄なのだ。真の神々を信仰する、我らガンマ聖王国こそ、世界に救いをもたらす存在なのだ」


 教皇が訴え、信徒たちが賛同の叫びで応える。

 神と正義を信じる彼らの瞳には、狂気とよべる光が宿っていた。


 異様な熱気で包まれる、荘厳なる教会。

 秩序をもとめる神々に祈りがささげられる、ガンマ聖王国。

 上空から眺めれば、荘厳なる教会を中心にして、都市自体が巨大な魔術陣となっているのがわかる。


 そして上空からの視点を、アルファ王国の方角に、すすーっと移動させると、そこには広大な山林が広がっている。


 未開発の山々は、モンスターが少なく、薬になる草木、木の実やキノコといった恵み、野生動物が多い。どこかに亜人族が暮らしているとされ、採集依頼を受けた冒険者や、猟師以外、足を踏みいれることはない。

 そんな山々の奥地に、人知れずダンジョンが存在していた。

 洞窟型の入り口。

 モンスターがトラップで自滅している、異常なダンジョン。

 最奥の地には、疑似太陽がめぐる、のどかな田園風景が広がっており、清らかな小川のそばに、ログハウスが建っている。

 ウッドデッキ。

 木材を加工してつくられたテーブル。

 そのうえにあらわれた、液体入りの瓶を、イスに腰かける、ひとりの男が観察している。


「だからなんで媚薬やねん」


 トーシロー。

 異世界人にして、ダンジョンの支配者。

 白いラインのはいった黒ジャージを身にまとう彼は、恒例のランダム召喚により、今日もまた、お宝アイテムである媚薬を入手していた。


「まあいいや。これも、侵入者対策のトラップに利用しよう」


 彼は、一度だけ、自分の身体で、媚薬を試していた。

 効果は絶大であった。

 二度と使用しないことを誓うほどに。

 霧状にして吹きかけたら、敵戦力が崩壊すると思えるほどに。


 トーシローは、自身とダンジョンを強化しつづけていた。


 誰も来ないと思いつつも。

 ぼっちの寂しさを味わいつつも。


「ああ、ひとりごとが止まらない。使い魔のギーはいるけれど、ここはやはり、モフモフが必要ではないだろうか?」


 グレイウルフ。

 鋭い牙と爪をもつ、狼型のモンスター。


「いけるのか? ペットとして、いけるのか?」


 召喚して、襲われでもしたら、始末しなくてはならない。

 そうなった場合、本気で泣く自信がある。


「テイマースキル、いや、魔術でなんとか……いやいや、操るのはなんか違う。そう、愛されたい。純粋に愛されたい……やはり、モンスター以外を召喚すべきか」


 拉致召喚。

 抵抗感のすさまじい召喚法である。

 モンスター召喚と違い、消費ポイントが大きい。


「牧草地もつくったし、こっちの世界の、乳牛とかを召喚してもいいよな」


 しかし、どこの牧場から拉致するのだろうか?

 考えるほどに、気がひける。


「捨て犬か、捨て猫か、捨て乳牛か、そのあたりの判別ができない。情報というなら、意思疎通のできる相手のほうがいい。こちらの世界について情報が欲しいし、ついでに農作物の収穫にも人手が……これ、召喚した相手を、元の場所にもどせないのか? たしか記憶をいじる魔術があったはず。きちんと帰せるなら、情報を聞きだして、記憶を消して……」


 空間に浮かぶ半透明の画面をまえに、つぶやきつづけるトーシロー。


「可能ではある。消費ポイントに目をつぶれば」


 彼は迷っていた。

 半分以上、やる気ではいた。

 しかし、迷いはする。

 人道的に、ポイント的に。


 迷っていると、ふいに映像が乱れた。


「はあ? スーパーセール?」


 胡散くさい表示が画面に浮かび、召喚者リストとして、情報が示される。

 女性。

 十六歳。

 その他のステータスがずらりと並ぶ。

 情報は二人分。

 セット召喚、などという表記もある。


「ポイントは破格……とはいえ、いきなりの作為的な現象。嫌な予感しかしない。画面が変えられない時点でいろいろとおかしい。ややこしいプログラムに感染したパソコンみたいな──!? アラーム!? カウントダウン!?」


 警告音とともに、減少していく秒数。

 さらに新たな表記が浮かぶ。


『めんどくさいやつらが、ここのダンジョン機能に目をつけました。

 この二名を召喚してください。

 時間内に召喚しないと、このダンジョンは崩壊します』


「……オーケー。落ち着こう……こういうときは、とりあず強制シャットダウンを─!?」


 小川とログハウスの間に、複雑な円形の模様、召喚陣が輝きはじめた。


「押してませんけど!?」

『ご購入ありがとうございました』

「買ってませんけど!!」


 トーシローの訴えを無視するように、画面が消えてなくなる。

 同時に、召喚陣の輝きが強まる。


 召喚陣が消え去ったとき、そこにはふたりの乙女がいた。


 刀身の折れた剣を手にして、片ひざをついている、騎士風の乙女。

 その前に立ち、杖をつき出している、白いローブを身にまとう乙女。


 どちらも動かず、茫然としているように見える。


 トーシローもまた、事態の展開についていけない。

 ふたりの乙女の、荒い呼吸音をききながら、現実逃避する頭が推察する。

 激しい戦闘のさなかの、危機的状況にあったっぽいな、と。


 乙女たちが周囲を見まわして、トーシローを見つける。


 田園風景になじむ、ログハウスのウッドデッキ。

 木材加工のテーブル。

 イスに腰かける、黒ジャージの男。


 平穏そのものといえなくもないこの光景。

 いきなり拉致されてきた乙女たちは、どのような印象を抱くのだろうか。


「何者だ!? ここはどこだ!?」

「この感覚、闇系統の魔術師!?」


 あきらかな不審者に見えるらしい。

 疑心暗鬼をつのらせる乙女たちを眺めながら、トーシローは、どうしたものかと、現実逃避する頭で考えていた。





 シャワーを浴びて汚れを落とした乙女たち。


 白いジャージのローズマリア。

 黄色いジャージのユーリ。


 ウッドデッキのテーブルで、のどかな田園風景を眺めることなく、食事に夢中である。


 クリームシチューがおいしいらしい。

 パンがもうない。


「パンのおかわり、いる?」


 トーシローがたずねると、ユーリは気持ちのいい返事をした。ローズマリアも恥ずかしそうに、お願いしますとこたえた。 


 不審者から一転、すでに良好な関係を築いている。これもすべて、突如としてシステムウィンドウに表示された、彼方からのカンペのおかげであろう。乙女たちのなかで、トーシローという人物は、異世界人の特徴をもった神々の使徒、ということになっている。


 ダンジョンマスターであることは知られているので、目の前でパンを召喚する。


「このパンも、どこかから拉致してきたのかい?」

「さあ? 神さまがやっているなら、原材料から作ったのかもしれない」


 トーシローは期待していた。

 可愛らしいお嬢さんたちとの語らいが楽しいだけではない。


 ダンジョンマスターという存在を、この世界の住人は知らなかった。

 異世界人の存在を、物語の英雄として知っている。


 軽く会話したていどで、知らない情報がどんどん出てくる。あまり長居はしないらしいので、それまでに、できるだけの情報は手に入れておきたい。


 なにから尋ねるべきか考えていると、頭のなかにメッセージが届く。


「帰ってきたか」

「ほかにもだれかいるのかい?」

「ダンジョンの外を探ってくれる、使い魔がね」


 ダンジョンの入り口にいる、使い魔のギーを召喚する。


「ギー!」

『おかえり』

「あっ」

「ギッ!?」


 ローズマリアの反応と、使い魔であるインプの挙動がおかしい。

 双方から事情を聞いて、トーシローは興奮する。


「ガンマ聖王国だっけ!?」

「はい」


 ポイントを消費して召喚した、この世界の地図をながめる。

 精度は低い。

 ガンマ聖王国を探す。

 そこからアルファ王国の方角にある、広大な山林。


「そうか、うちのダンジョン、このあたりにあるのか……見つかるわけねぇな」


 トーシローは使い魔を存分にねぎらった。

 ローズマリアとユーリにも感謝を伝えた。


「ダンジョンから出た場合、とりあえず聖王国を目指すか」

「闇系統の魔術をつかえるなら、行かないほうがいいですよ」

「そうなの?」

「魔術を封じられたうえで、国外追放だな」

「えぇ、それじゃあ、死霊術もダメ?」

「即刻死刑です」

「こわいな!? 無理、ぜったい行かない!」


 他の近い国を探すトーシロー。

 ふたりの乙女は、食べすぎた身体をいたわりながら、相談をはじめる。


「私たちも、ガンマ聖王国にはもどれない」

「ええ、今度こそ、確実に殺される」

「逃げた私たちを、探しまわってもいるはずだ」

「元の場所にもどれるそうだけど、聖騎士たちが見張っている可能性は高い。危険すぎるわ」

「このダンジョンの出入り口から、山林をこえて進むのも危険だろう。私たちの実力では、アルファ王国にたどり着けるかもわからない」

「トーシローさま。私たちを、アルファ王国へ送ることは可能ですか?」


「ちょっと待ってよ……できなかったと思うんだけど……君たちの場合、神さま特典とかいう、よくわからないシステムがあるから……ああ、うん、いけるね」


 このときトーシローはひらめいた。

 もしかしてこれで、元の世界にもどれるのでは、と。

 彼が可能性を探り、その絶望的な条件を知って固まっている最中にも、乙女たちの相談はつづく。


「どうする、ローズ?」

「お願いするのがいいとは思う、けれど」

「聖騎士たちが本気なら、アルファ王国でも狙ってくる?」

「たぶん」

「でも、行くんだろう?」

「ええ、進まないわけにはいかないもの」


 夢のために、乙女たちは決意を固める。


「トーシローさま」

「そういうわけだから、お願いできるかい?」


 トーシローは腕を組み、少しの間、沈黙をたもった。


「ふたりの決意は伝わった……だが、断る」


「えぇ!?」

「どうしてそうなるんだい、トーシロー?」

「話を聞いているかぎり、このままだと殺される可能性が高すぎる」

「それは」

「それでも、私たちは行くと決めたんだ」

「アルファ王国に行くのはいい。ただし、殺されないだけの準備をしてからだ」


 困惑する乙女たちを前に、トーシローは不敵に笑う。


「異世界人のパーティーに入れなくても、殺されるよりはいいだろう。聖騎士とやらを返り討ちにするだけの、実力と装備品、各種アイテムを揃えようじゃないか」





「これはすごいな! トーシロー!」

「ええ、私たち、どんどん強くなっています!」


 トーシローは、彼女たち専用のトレーニング階層を用意した。


 ちょうどよいモンスターを召喚して、それを倒させる。彼女たちが成長する分、還元ポイントは減少するが、彼女たちがダンジョン内に滞在しているため、ポイント収入にたいした差はない。ゆえに、どんどんモンスターを召喚して、ふたりの成長をうながす。

 武器も良いものを召喚した。

 防具はいまだにジャージだが、とりあえずはそれでよしとしている。


「じゃあ、次は、オークいっとく?」

「オークか!」

「ええ、問題ありません!」


 乙女たちは挑戦をつづけた。

 乙女たちは成長をつづけた。


 おもしろいように。

 浮かれるほどに。


 とくにユーリは、自信過剰な部分があらわれるほどに。


 トーシローが恒例となったランダム召喚で媚薬を手にいれた。

 なんだいそれは、とユーリがたずねた。

 トーシローは笑いながら、危険な薬について、体験談をまじえて語った。


「情けないなあ、トーシローは」


 こんなもの、私ならぜんぜん平気だ。

 トーシローは本気で訴え、本気で止めたのに、それが背中を押す結果となり、ユーリは媚薬を口にした。

 乙女として、最初は我慢した。

 部屋にこもり、心配する友人に助けをもとめた。

 しかし、毒物ではないので、神聖術でも治まらない。

 どうしようもなかった。

 本人も、友人も、どうしようもなかった。

 ユーリはトーシローに助けをもとめた。

 結局、エロいことになった。


「こんなものを口にするなんて」


 友人に涙目で叱られ、ユーリは反省した。ついでにトーシローも反省した。

 ユーリは泣いて謝ったが、ローズのお説教は長かった。

 ユーリは本気で泣いた。

 子どもように泣いたせいで、子どもの喧嘩になった。


「べつにいいもん。悪いことしてないもん。狙いどおりだもん」

「我慢できなかっただけでしょ!」

「ローズにだって無理だもん」

「私はこんなものに負けません!」


 やめよう、それは駄目なパターンだ。

 トーシローの訴えもむなしく、ローズマリアは媚薬を口にした。

 案の定、エロいことになった。


 ローズマリアは静かに涙を流した。

 そばには友人がついていた。

 ふたりは仲直りをした。

 いいように考えて、祝うことにした。

 お酒を飲んだ。


「教皇、ぶっ殺す」


 不穏な言葉が飛びかった。

 いろいろ吹っ切れて、ローズマリアは強くなった。

 おねだり上手になったユーリは、スイーツやレアアイテムを入手した。


「ローズの胸を揉んでいいから」


 そんな言葉を口にするぐらい、エロへの抵抗は小さくなった。

 乱れに乱れた己のありさまを思い返せば、羞恥心にもだえるものの、悪くはなかったというのが、友人との共通認識であった。

 ここはひとつ友人の背中を押してあげようとたくらみ、友人のワインにこっそり媚薬を仕込むような真似をして、まったく同じことをされていた乙女たちがいた。

 乙女たちは心を許しあう親友であった。

 ともにあれば心配などなかった。

 ともにあれば安らぎがあった。

 ともにあれば強くなれた。

 ともにあれば、エロには抵抗も限界もなかった。


 神聖術師ローズマリア。

 騎士見習いユーリ。


 ジャージ姿の乙女たちは、強さをもとめてモンスターを倒す。


「ふたりには、ずっとここにいてほしいんだけどな」

「そういうわけにはまいりません」

「そうだ。私たちには夢があるんだ」


 楽しい農作業、おいしい食事、そしてエロいことをくり返しながら、乙女たちは成長をつづける。いつの日か、乙女たちはダンジョンを離れるであろう。そのうちきっと、旅立つであろう。それがいつになるのかは、乙女たちの秘密である。

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