戦乙女(堕落系ヒロイン)
1
千年の歴史をもつ小国、アルファ王国。
その地にて、異世界人を召喚する、儀式の準備が進んでいるという。
異世界人とは、英雄となる素質をもった逸材。
野心あふれる国々が、異世界人を確保するために動いていた。その手段のひとつとして、才能ある若者をアルファ王国に送りこんでいる。
異世界人のパーティーに入ることができれば、距離が近づく。
情報収集だけでも、有利にことを運べる。
旅を通じて親睦を深め、縁を結べれば最上といえよう。
各国は、それぞれの信念のもとに、策謀をめぐらせる。
考え方はさまざま。
しかし、そんな各国にも、ひとつだけ共通認識があった。
「アルファ王国に野心はない」
かの国は、王族から民草にいたるまで、のどかな気風で知られている。歴史的事実として、アルファ王国は、他国を侵略したことがなく、他国から侵略されたこともない。
他国から攻めこまれないのは、侵略したところで得るものが少ない、敵となっても怖くない、問題にもならない小国、という理由だけではない。
古い歴史が伝えられる土地。
異世界人を召喚する、巫女が祈りをささげる土地。
低レベルダンジョンしかなく、モンスターの害が少ない土地。
神々に愛された土地として、一定の尊敬をあつめる国でもあった。
侵略されることがないので、侵略しようという気もおきない。神々に祈りをささげ、民衆の尊敬をあつめる巫女がおり、その巫女が頭を低くする王族がおり、王族もまた、神々と巫女に敬意をはらい、無理のない政治をおこない、民衆に支持されている。
世界でもっとも平和な国。
秘かに敵対視してくる国は、一国のみ。
そんなアルファ王国に向けて、各国から、若者たちが送りこまれる。
彼らの多くは、国家の思惑を知らされていない。
若者たちは純粋に、英雄の仲間となり、世界を救うことを夢みていた。
2
広大な山林をぬける狭い道を、一台の馬車が進んでいた。
まわりには護衛の騎士たちが四人、馬にのって馬車を囲んでいる。
「浮かない顔だね、ローズ」
馬車のなかには、十六歳になったばかりの、二人の若い娘がいた。
ひとりは騎士見習い、ユーリ。
もうひとりは神聖術師、ローズマリア。
「わかってるくせに」
「わからないよ。このあたりにモンスターは少ない。心配することなんてひとつもないじゃないか」
つまらないね。
ユーリはうそぶき、ローズマリアに笑みをみせる。
「アルファ王国へ向かい、異世界人の仲間となれ。教皇さまのご命令が、そんなに不服なのかい?」
「ずっと願っていたことだもの、不満なんてないわ。どうして私なのか。それがわからないだけ」
秩序をもとめる神々の、恩寵を授かる才女、ローズマリア。
騎士見習いユーリとともに、ガンマ聖王国からアルファ王国に向けて、馬車で運ばれる道中にある。
送り出される際には、教皇ブリューゲルにより、盛大な式典もおこなわれた。
「世界を救う手助けとなれば、ガンマ聖王国の権威も増すだろう。ローズ以上にふさわしい人材がいないなら、教皇さまといえども利用するさ」
「そう、利用されていることだけはわかる」
「教皇さまの思惑は関係ないさ。私たちは、異世界人とともに世界を救えばいい」
神聖術師ローズマリア。
三年ほど前までは、聖女候補の最有力であった娘。
異世界人とともに成長すべき若手のなかで、彼女よりふさわしい者はいない。
「教皇さまは能力以外の要素をたいせつにされる方でしょう? 神聖術の使い手なら、教皇派のなかにもたくさんいる。前教皇派である私を、教皇さまが選んだ理由がわからない」
「それなら簡単だよ」
「そうなの?」
「もちろん、顔で選んだに決まっているじゃないか」
「ユーリ!」
「たわわに育った大きな胸も、重要ポイントだ」
「ちょっと!? もう、さわらないでったら!!」
怒りをあらわす乙女は、美しさにおいても他を圧倒していた。若さゆえに、まだまだ色気は少ない。この可愛らしい娘が、さらに美しく成長することを、誰もが期待してしまう。
もっとも、からかう乙女も美しかった。女性的なふくらみには欠けるが、ローズマリアのとなりにあっても、可憐さを失うことはない。
神聖術師ローズマリア。
騎士見習いユーリ。
若い娘たちのやりとりが聞こえてしまう、ベテラン馭者の手汗はひどい。
「ようするに教皇さまは、私たちの魅力で、英雄をたらしこめばいいとお考えなのさ」
「選ばれたのは、女として?」
「いっただろう? ローズ以上の人材はいないって」
ユーリは語る。神聖術師としての才能と、男を魅了する、女としての器量に満ち溢れているのは、ローズマリアしかいないと。ローズマリアがいくなら、そこそこ美しい女もおまけでついてくると。
「教皇派の人間が理想とはいえ、下手な人材を送って嫌われでもしたら、なんの意味もない」
物語で伝えられる異世界人は男であった。
民衆レベルの情報しかないと、召喚される異世界人は、男がひとりと思いこむ。
ユーリも同じように考えていた。
「ひとりの男を奪いあい、勝ち得るだけの女を派遣する。俗物な指導者が考えそうなことじゃないか」
「……ユーリがおまけってことはないと思うんだけどなあ」
「ローズには負けるよ」
ふたりとも、教皇ブリューゲルを俗物な指導者とみなしていた。地位と金銭をもとめる。思想を共有するものを優遇して、反するものを遠ざける。その程度の男としか思っていなかった。
「これもいったけれど、教皇さまの思惑なんてどうでもいいんだ。私はローズとともに戦い、聖騎士になる。神々に認められる聖騎士となり、天界の騎士、ヴァルキリーになる」
一片の悔いもなく、誇り高く戦いつづけた者。
神々に認められた勇敢なる者には、死後、光の柱が降りるとされる。
それは神々による導きであり、その者の魂を、神々のいる天界まで昇らせる。
「それが私の夢だからな」
教皇にどんな思惑があろうと、変わらずに夢を追っている。
頼もしい友人に、ローズマリアは安らぎを得た。
彼女がともにいてくれたら、なにがあろうと心配はないと。
「私もがんばらないと──!?」
馬のいななきとともに、馬車が揺れる。
急停止により体勢を崩すローズマリアを、ユーリが支えた。
「なにごとだ!?」
「モンスターです! 出てはなりません!」
ユーリの叫びに、馭者がこたえた。
窓を開けて外の様子をうかがう。護衛の騎士ともども、囲まれていた。グレイウルフの群れに、ゴブリン、ゴブリンソルジャー、ゴブリンキャプテンが混在する、数えきれぬほどのゴブリンの軍勢。
「なんだ、この数は!?」
「これは、闇系統の魔術?」
神聖術師であるローズマリアは、すぐに魔術を感知できた。
「出ます」
「わかった。ローズの護衛はまかせろ」
ふたりの乙女が馬車から降り立った。
「我々も参戦いたします」
「無茶をしますなあ」
護衛メンバーの隊長が、やれやれとばかりに肩をすくめる。
ローズマリアが神聖術により、仲間に加護を与え、戦えない馭者や馬たちに防護壁をほどこした。
低レベルの少女に、易々とできる芸当ではない。
ユーリ以外の人間が驚くなか、さらに魔力を高め、ローズマリアは、隠れている魔術師の居場所を特定した。
「そちらの樹の後ろに魔術師がひとり。あと、そちらの枝にも何かがいます」
がさりと枝葉が音をたて、鳩サイズの悪魔系モンスター、インプが逃げ出した。
同時に、樹の裏側にひそんでいた、黒いローブをまとう男があらわれる。
「さすがは聖女となりうる小娘だ」
モンスターを従える闇系統の魔術師。
「魔王さま復活の妨げとならぬよう、ここで始末させてもらおう」
「させぬよ」
護衛隊長が大剣を構えた。
ほかの者も同様に、残りの三方を守護する。
ユーリもまた、ローズマリアを守るために剣を構える。
「こちらはこれだけの数をそろえたというのに、そちらは護衛が四名に、見習いの小娘がひとり……あれだけ盛大に宣伝をしておきながら、教皇は、襲撃があることを予想していなかったのかな?」
「当然、予測しておられた」
護衛隊長の発言に、乙女たちが驚く。
「いや、予測したのではなく、作りだされたというべきだろう。宣伝も、式典も、邪教徒どもをおびき出すための、演出のひとつ」
「我々をおとりに!?」
「ご安心ください。すべては、教皇さまの筋書きどおりです」
四名の護衛たちは、懐から宝玉を取り出した。
マジックアイテム。
使うものの姿やレベルを偽装する。
それを使用していた護衛たちが、本来の姿をあらわした。
「あなたがたは!?」
聖騎士。
ガンマ聖王国を守護する、神々の恩寵を授かった騎士。
現教皇ブリューゲルにより、教皇派のみで構成されたとはいえ、並の騎士とは比較にならない強さをもつ。
「かかれぇ!!」
大剣の一振りで、モンスターの群れが蹴散らされていく。
わずかな時間で形勢が決まる。
敵魔術師はローズマリアだけでも殺そうとしたが、魔術は本人に、モンスターは護衛のユーリにはじき返される。
失敗を悟り、マジックアイテムでの転移を試みたが、すでに遅い。
「滅せよ、邪教徒」
容赦のない一振りで胴体を斬り裂かれ、言葉ひとつ残せずに絶命した。
「大丈夫かい、ローズ」
「ええ、だいじょうぶ」
傷ひとつない。
ただ、モンスターの亡骸が散らばる光景、血の臭いに、気分が悪くなる。
「ありがとうございました」
守ってくれた聖騎士に礼をつげる。
教皇派の信徒である聖騎士たちとは、心理的に距離があったが、礼を失するわけにはいかない。
ユーリもまた、剣をおさめ、礼儀をただした。
「なに、我々は使命を果たしただけのこと。礼にはおよびませんよ」
護衛隊長は手をあげ、部下に合図をおくった。
一閃。
馭者の首がとんだ。
頭は落ちて転がり、首から下の身体が、血を噴き出しながら倒れる。
「なっ!?」
「なにをしている!?」
「すべて、教皇さまの筋書きどおりです」
馬がいななき、暴れ出すのを、聖騎士のひとりがなだめる。
ローズマリアと護衛隊長だった男の間に、ユーリが割りこんだ。剣を構え、ローズマリアを背に、じりじりと男から距離をとるが、すでに囲まれている。逃げ場などない。
ローズマリアは声を失ったまま。
ユーリは、どうしようもないことを理解しながら、それでも、隙を探す。
「目的はなんだ!?」
「邪教徒をおびき寄せて始末する。それはあくまでもついでです。本命は、ローズマリア嬢、あなたの命ですよ」
ローズを守る。
たとえ自分の身を辱しめることになっても。
自分のすべてを犠牲にしても、大切な親友を守ってみせる。
「なぜ、ローズの命を?」
「教皇さまは、ローズマリア嬢を高く評価されているのですよ。聖女となるだけの素質の持ち主。彼女が力をもち、教団内で支持をあつめれば、真の神々を軽視する風潮が強まるであろうと」
「異世界人の仲間になれるのは、ローズしかいないはずだ!」
「そんなもの、どうでもいい」
「なんだと!?」
「悪を討ち滅ぼすのは、我々、聖騎士の役目だ」
彼らの瞳に宿る光をみて、ユーリは交渉をあきらめた。
「ユーリ、逃げて」
「断る」
「ユーリ!!」
「ここでローズを見捨てたら、ヴァルキリーになれないじゃないか」
「ユーリ……」
あきらめない。
ユーリは剣を構えて、退くことのできない戦いに挑む。
死なせない。
ローズマリアは涙をぬぐい、自分のすべてを神聖術にのせる。
「真の神々に、祈りをささげなさい」
ふたりの乙女を両断すべく、聖騎士が大剣を構えた。
ローズマリアは祈りをささげた。
これまで祈りをささげてきた、秩序をもとめる神々に。
3
ガンマ聖王国。
神聖なる国家を自負しており、秩序をもとめる神々を信仰する、敬虔な信徒たちの総本山とされる。
歴史は浅くとも、一定の権威をもつ国である。
神聖術をあつかう者たちは、多くがこの国で生まれ、修行をつんでいる。
多くの聖職者が集い、秩序をもとめる神々に祈りをささげており、ほかの土地と比較して、モンスターの被害はわずかであった。
新しいダンジョンもまた、いまのところ発見されていない。
「真の神々に祈りをささげる、このガンマ聖王国に、新たなダンジョンなどできようはずがない」
教皇ブリューゲル。
荘厳なる教会の壇上にたち、指導者として演説する男。
この国に王はいない。
教皇の座につくものが、政治を動かしている。
三年前に就任した現教皇、ブリューゲルは、秩序をもとめる神々のなかでも、とくに厳格な秩序をもとめる神々を信仰していた。
過激ともいえる思想ゆえに、混沌をもとめる神々と、それを信仰する者たちを、悪とみなして排除する。
死霊術師は死刑。
闇系統の魔術師は、厳重に魔術を封じられたのち、国外追放となる。
なにもしなくともそうなる。
敵対すれば、モンスターと同じく、抹殺対象とされる。
「たとえ発生しようとも、君たち聖騎士が、速やかに攻略するであろう」
壇上に立つ彼のまえには、教団の信徒からなる聖騎士たちが整列している。
ブリューゲルが教皇の座について以降、古参の実力者たちが任を解かれ、教皇派の信徒のみで構成されている。戦力は低下したとされるが、それでもなお、各国の軍隊に勝るとも劣らない、強者の威容を誇っている。
ローズマリアやユーリなど、穏健であった前教皇を支持していた者たちは、その多くが、ブリューゲルを見誤っていた。彼は地位や金銭を求めてはいたが、それらはすべて、自らの信仰を、世界に広げるためであった。
教皇ブリューゲルは訴える。
「世界に光をもたらすのは、アルファ王国などに召喚された異世界人ではない。英雄などと伝えられてはいるが、所詮、悪を封じただけにすぎない」
アルファ王国では、すべての神々に祈りを捧げるという。
許されることではなかった。
真の神々を軽視する国の、見せかけの平和が許せなかった。
「魔王を討ちたおし、闇を払うのは君たちだ。君たちこそ、英雄なのだ。真の神々を信仰する、我らガンマ聖王国こそ、世界に救いをもたらす存在なのだ」
教皇が訴え、信徒たちが賛同の叫びで応える。
神と正義を信じる彼らの瞳には、狂気とよべる光が宿っていた。
異様な熱気で包まれる、荘厳なる教会。
秩序をもとめる神々に祈りがささげられる、ガンマ聖王国。
上空から眺めれば、荘厳なる教会を中心にして、都市自体が巨大な魔術陣となっているのがわかる。
そして上空からの視点を、アルファ王国の方角に、すすーっと移動させると、そこには広大な山林が広がっている。
未開発の山々は、モンスターが少なく、薬になる草木、木の実やキノコといった恵み、野生動物が多い。どこかに亜人族が暮らしているとされ、採集依頼を受けた冒険者や、猟師以外、足を踏みいれることはない。
そんな山々の奥地に、人知れずダンジョンが存在していた。
洞窟型の入り口。
モンスターがトラップで自滅している、異常なダンジョン。
最奥の地には、疑似太陽がめぐる、のどかな田園風景が広がっており、清らかな小川のそばに、ログハウスが建っている。
ウッドデッキ。
木材を加工してつくられたテーブル。
そのうえにあらわれた、液体入りの瓶を、イスに腰かける、ひとりの男が観察している。
「だからなんで媚薬やねん」
トーシロー。
異世界人にして、ダンジョンの支配者。
白いラインのはいった黒ジャージを身にまとう彼は、恒例のランダム召喚により、今日もまた、お宝アイテムである媚薬を入手していた。
「まあいいや。これも、侵入者対策のトラップに利用しよう」
彼は、一度だけ、自分の身体で、媚薬を試していた。
効果は絶大であった。
二度と使用しないことを誓うほどに。
霧状にして吹きかけたら、敵戦力が崩壊すると思えるほどに。
トーシローは、自身とダンジョンを強化しつづけていた。
誰も来ないと思いつつも。
ぼっちの寂しさを味わいつつも。
「ああ、ひとりごとが止まらない。使い魔のギーはいるけれど、ここはやはり、モフモフが必要ではないだろうか?」
グレイウルフ。
鋭い牙と爪をもつ、狼型のモンスター。
「いけるのか? ペットとして、いけるのか?」
召喚して、襲われでもしたら、始末しなくてはならない。
そうなった場合、本気で泣く自信がある。
「テイマースキル、いや、魔術でなんとか……いやいや、操るのはなんか違う。そう、愛されたい。純粋に愛されたい……やはり、モンスター以外を召喚すべきか」
拉致召喚。
抵抗感のすさまじい召喚法である。
モンスター召喚と違い、消費ポイントが大きい。
「牧草地もつくったし、こっちの世界の、乳牛とかを召喚してもいいよな」
しかし、どこの牧場から拉致するのだろうか?
考えるほどに、気がひける。
「捨て犬か、捨て猫か、捨て乳牛か、そのあたりの判別ができない。情報というなら、意思疎通のできる相手のほうがいい。こちらの世界について情報が欲しいし、ついでに農作物の収穫にも人手が……これ、召喚した相手を、元の場所にもどせないのか? たしか記憶をいじる魔術があったはず。きちんと帰せるなら、情報を聞きだして、記憶を消して……」
空間に浮かぶ半透明の画面をまえに、つぶやきつづけるトーシロー。
「可能ではある。消費ポイントに目をつぶれば」
彼は迷っていた。
半分以上、やる気ではいた。
しかし、迷いはする。
人道的に、ポイント的に。
迷っていると、ふいに映像が乱れた。
「はあ? スーパーセール?」
胡散くさい表示が画面に浮かび、召喚者リストとして、情報が示される。
女性。
十六歳。
その他のステータスがずらりと並ぶ。
情報は二人分。
セット召喚、などという表記もある。
「ポイントは破格……とはいえ、いきなりの作為的な現象。嫌な予感しかしない。画面が変えられない時点でいろいろとおかしい。ややこしいプログラムに感染したパソコンみたいな──!? アラーム!? カウントダウン!?」
警告音とともに、減少していく秒数。
さらに新たな表記が浮かぶ。
『めんどくさいやつらが、ここのダンジョン機能に目をつけました。
この二名を召喚してください。
時間内に召喚しないと、このダンジョンは崩壊します』
「……オーケー。落ち着こう……こういうときは、とりあず強制シャットダウンを─!?」
小川とログハウスの間に、複雑な円形の模様、召喚陣が輝きはじめた。
「押してませんけど!?」
『ご購入ありがとうございました』
「買ってませんけど!!」
トーシローの訴えを無視するように、画面が消えてなくなる。
同時に、召喚陣の輝きが強まる。
召喚陣が消え去ったとき、そこにはふたりの乙女がいた。
刀身の折れた剣を手にして、片ひざをついている、騎士風の乙女。
その前に立ち、杖をつき出している、白いローブを身にまとう乙女。
どちらも動かず、茫然としているように見える。
トーシローもまた、事態の展開についていけない。
ふたりの乙女の、荒い呼吸音をききながら、現実逃避する頭が推察する。
激しい戦闘のさなかの、危機的状況にあったっぽいな、と。
乙女たちが周囲を見まわして、トーシローを見つける。
田園風景になじむ、ログハウスのウッドデッキ。
木材加工のテーブル。
イスに腰かける、黒ジャージの男。
平穏そのものといえなくもないこの光景。
いきなり拉致されてきた乙女たちは、どのような印象を抱くのだろうか。
「何者だ!? ここはどこだ!?」
「この感覚、闇系統の魔術師!?」
あきらかな不審者に見えるらしい。
疑心暗鬼をつのらせる乙女たちを眺めながら、トーシローは、どうしたものかと、現実逃避する頭で考えていた。
4
シャワーを浴びて汚れを落とした乙女たち。
白いジャージのローズマリア。
黄色いジャージのユーリ。
ウッドデッキのテーブルで、のどかな田園風景を眺めることなく、食事に夢中である。
クリームシチューがおいしいらしい。
パンがもうない。
「パンのおかわり、いる?」
トーシローがたずねると、ユーリは気持ちのいい返事をした。ローズマリアも恥ずかしそうに、お願いしますとこたえた。
不審者から一転、すでに良好な関係を築いている。これもすべて、突如としてシステムウィンドウに表示された、彼方からのカンペのおかげであろう。乙女たちのなかで、トーシローという人物は、異世界人の特徴をもった神々の使徒、ということになっている。
ダンジョンマスターであることは知られているので、目の前でパンを召喚する。
「このパンも、どこかから拉致してきたのかい?」
「さあ? 神さまがやっているなら、原材料から作ったのかもしれない」
トーシローは期待していた。
可愛らしいお嬢さんたちとの語らいが楽しいだけではない。
ダンジョンマスターという存在を、この世界の住人は知らなかった。
異世界人の存在を、物語の英雄として知っている。
軽く会話したていどで、知らない情報がどんどん出てくる。あまり長居はしないらしいので、それまでに、できるだけの情報は手に入れておきたい。
なにから尋ねるべきか考えていると、頭のなかにメッセージが届く。
「帰ってきたか」
「ほかにもだれかいるのかい?」
「ダンジョンの外を探ってくれる、使い魔がね」
ダンジョンの入り口にいる、使い魔のギーを召喚する。
「ギー!」
『おかえり』
「あっ」
「ギッ!?」
ローズマリアの反応と、使い魔であるインプの挙動がおかしい。
双方から事情を聞いて、トーシローは興奮する。
「ガンマ聖王国だっけ!?」
「はい」
ポイントを消費して召喚した、この世界の地図をながめる。
精度は低い。
ガンマ聖王国を探す。
そこからアルファ王国の方角にある、広大な山林。
「そうか、うちのダンジョン、このあたりにあるのか……見つかるわけねぇな」
トーシローは使い魔を存分にねぎらった。
ローズマリアとユーリにも感謝を伝えた。
「ダンジョンから出た場合、とりあえず聖王国を目指すか」
「闇系統の魔術をつかえるなら、行かないほうがいいですよ」
「そうなの?」
「魔術を封じられたうえで、国外追放だな」
「えぇ、それじゃあ、死霊術もダメ?」
「即刻死刑です」
「こわいな!? 無理、ぜったい行かない!」
他の近い国を探すトーシロー。
ふたりの乙女は、食べすぎた身体をいたわりながら、相談をはじめる。
「私たちも、ガンマ聖王国にはもどれない」
「ええ、今度こそ、確実に殺される」
「逃げた私たちを、探しまわってもいるはずだ」
「元の場所にもどれるそうだけど、聖騎士たちが見張っている可能性は高い。危険すぎるわ」
「このダンジョンの出入り口から、山林をこえて進むのも危険だろう。私たちの実力では、アルファ王国にたどり着けるかもわからない」
「トーシローさま。私たちを、アルファ王国へ送ることは可能ですか?」
「ちょっと待ってよ……できなかったと思うんだけど……君たちの場合、神さま特典とかいう、よくわからないシステムがあるから……ああ、うん、いけるね」
このときトーシローはひらめいた。
もしかしてこれで、元の世界にもどれるのでは、と。
彼が可能性を探り、その絶望的な条件を知って固まっている最中にも、乙女たちの相談はつづく。
「どうする、ローズ?」
「お願いするのがいいとは思う、けれど」
「聖騎士たちが本気なら、アルファ王国でも狙ってくる?」
「たぶん」
「でも、行くんだろう?」
「ええ、進まないわけにはいかないもの」
夢のために、乙女たちは決意を固める。
「トーシローさま」
「そういうわけだから、お願いできるかい?」
トーシローは腕を組み、少しの間、沈黙をたもった。
「ふたりの決意は伝わった……だが、断る」
「えぇ!?」
「どうしてそうなるんだい、トーシロー?」
「話を聞いているかぎり、このままだと殺される可能性が高すぎる」
「それは」
「それでも、私たちは行くと決めたんだ」
「アルファ王国に行くのはいい。ただし、殺されないだけの準備をしてからだ」
困惑する乙女たちを前に、トーシローは不敵に笑う。
「異世界人のパーティーに入れなくても、殺されるよりはいいだろう。聖騎士とやらを返り討ちにするだけの、実力と装備品、各種アイテムを揃えようじゃないか」
5
「これはすごいな! トーシロー!」
「ええ、私たち、どんどん強くなっています!」
トーシローは、彼女たち専用のトレーニング階層を用意した。
ちょうどよいモンスターを召喚して、それを倒させる。彼女たちが成長する分、還元ポイントは減少するが、彼女たちがダンジョン内に滞在しているため、ポイント収入にたいした差はない。ゆえに、どんどんモンスターを召喚して、ふたりの成長をうながす。
武器も良いものを召喚した。
防具はいまだにジャージだが、とりあえずはそれでよしとしている。
「じゃあ、次は、オークいっとく?」
「オークか!」
「ええ、問題ありません!」
乙女たちは挑戦をつづけた。
乙女たちは成長をつづけた。
おもしろいように。
浮かれるほどに。
とくにユーリは、自信過剰な部分があらわれるほどに。
トーシローが恒例となったランダム召喚で媚薬を手にいれた。
なんだいそれは、とユーリがたずねた。
トーシローは笑いながら、危険な薬について、体験談をまじえて語った。
「情けないなあ、トーシローは」
こんなもの、私ならぜんぜん平気だ。
トーシローは本気で訴え、本気で止めたのに、それが背中を押す結果となり、ユーリは媚薬を口にした。
乙女として、最初は我慢した。
部屋にこもり、心配する友人に助けをもとめた。
しかし、毒物ではないので、神聖術でも治まらない。
どうしようもなかった。
本人も、友人も、どうしようもなかった。
ユーリはトーシローに助けをもとめた。
結局、エロいことになった。
「こんなものを口にするなんて」
友人に涙目で叱られ、ユーリは反省した。ついでにトーシローも反省した。
ユーリは泣いて謝ったが、ローズのお説教は長かった。
ユーリは本気で泣いた。
子どもように泣いたせいで、子どもの喧嘩になった。
「べつにいいもん。悪いことしてないもん。狙いどおりだもん」
「我慢できなかっただけでしょ!」
「ローズにだって無理だもん」
「私はこんなものに負けません!」
やめよう、それは駄目なパターンだ。
トーシローの訴えもむなしく、ローズマリアは媚薬を口にした。
案の定、エロいことになった。
ローズマリアは静かに涙を流した。
そばには友人がついていた。
ふたりは仲直りをした。
いいように考えて、祝うことにした。
お酒を飲んだ。
「教皇、ぶっ殺す」
不穏な言葉が飛びかった。
いろいろ吹っ切れて、ローズマリアは強くなった。
おねだり上手になったユーリは、スイーツやレアアイテムを入手した。
「ローズの胸を揉んでいいから」
そんな言葉を口にするぐらい、エロへの抵抗は小さくなった。
乱れに乱れた己のありさまを思い返せば、羞恥心にもだえるものの、悪くはなかったというのが、友人との共通認識であった。
ここはひとつ友人の背中を押してあげようとたくらみ、友人のワインにこっそり媚薬を仕込むような真似をして、まったく同じことをされていた乙女たちがいた。
乙女たちは心を許しあう親友であった。
ともにあれば心配などなかった。
ともにあれば安らぎがあった。
ともにあれば強くなれた。
ともにあれば、エロには抵抗も限界もなかった。
神聖術師ローズマリア。
騎士見習いユーリ。
ジャージ姿の乙女たちは、強さをもとめてモンスターを倒す。
「ふたりには、ずっとここにいてほしいんだけどな」
「そういうわけにはまいりません」
「そうだ。私たちには夢があるんだ」
楽しい農作業、おいしい食事、そしてエロいことをくり返しながら、乙女たちは成長をつづける。いつの日か、乙女たちはダンジョンを離れるであろう。そのうちきっと、旅立つであろう。それがいつになるのかは、乙女たちの秘密である。




