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S級冒険者(主役喰らい)



 千年の歴史と伝統の国、アルファ王国。

 その地にて、異世界人を召喚する、儀式の準備が進んでいるという。


 数を増やすモンスター。

 次々と発見される新たなダンジョン。

 暗黒時代の到来を予感させる事態に、魔王復活がささやかれている。


 多くの人々が、異世界人の到来を待ち望んでいた。

 異世界人とは、物語で伝えられる、英雄のなかの英雄であるのだ。


 しかし、英雄とは、異世界人のための称号ではない。


 S級冒険者。

 有象無象の冒険者たちの頂点に君臨する存在。

 たとえ国家であったとしても、S級冒険者を敵に回すことは危険とされる。

 それだけの戦力を有している。


 世界に五人しかいない、彼らもまた、英雄とよばれる存在であった。





 魔王が封印されているという、神代のダンジョン。地下深くに広がるダンジョンの出入口には、古城があり、そこを中心にして発展した都市が存在していた。ダンジョンの名より、自由都市オメガとよばれている。


 自由都市オメガでは、命知らずの冒険者たちが集まってくる。最難関の未踏破ダンジョンには、そのリスクに見合うだけのリターンがあった。各国が管理しているダンジョンで実力を高めてきた猛者たちが、かならず訪れるのがオメガであり、数多くの冒険者たちが、ここで命を落としている。


 冒険者たちは、いつ死んでもおかしくない生き方をしている。享楽的な生活を良しとする傾向があった。とくに酒は欠かせない存在であり、自由都市オメガには、多くの酒場が必要とされていた。


 酒場にはそれぞれ特色があった。

 とある高級酒場は、静かに酒を飲む者が集う場所だった。

 この日は、とくに静かだった。


「傷は癒えたのか?」

「ああ、問題ない……気にするな」

「……すまねえ。やはり俺たちでは、お前の足を引っぱるだけだった」


 自由都市オメガにある、高級酒場のテーブル席で、とあるパーティーの解散が決定した。何度となくオメガを探索して、生き残ってきた、A級冒険者が集まるパーティーであった。その実力と実績は、オメガにおいても尊敬されていた。


「謝るのはこっちだ。最奥を目指したのは」

「俺たちだ。俺たち全員が夢をみていた。俺たちなら、踏破できると」


 話しているのは、ふたりの男。

 ひとりは細身で中背の、若い男。

 もうひとりは、無精鬚を生やす、赤いローブを着た男。


「俺たちなら、お前をサポートできると過信した」


 彼ら以外のメンバーは、数日前の探索で命を落としていた。


 死に別れた仲間は、これまでにもいた。

 今回死んだ仲間たちは、少し永く、深く、付き合いすぎていた。

 

「これからどうするんだ?」

「故郷にもどる」

「シグマ、だったか」

「ああ、引退したら城に来いと、王に招かれていたからな」

「魔術師を育成しろ、と?」

「そんなところだ」


 炎帝バッカス。

 いい加減な風体に反した、面倒見の良さは知っている。


「あんたなら、うまくやるさ」

「ありがとよ。それで、お前はやはり、最奥を目指すのか?」

「ああ」

「ひとりでも、やるんだろうな」


 五人目のS級冒険者である若き英雄、斬鬼ヤクモ。

 めずらしい黒髪に、黒い瞳。物語のなかの英雄とおなじ、(カタナ)の使い手。

 戦う姿と実力において、異世界人の子孫ではないかと噂される。A級冒険者が集まったパーティーにおいても、その実力には大きな差があった。


「単独で挑むほど馬鹿じゃない。パーティーメンバーを探すさ」

「オメガ攻略を目指すなら、S級の連中を勧誘するしかないぞ?」

「そっちは、おそらく無理だ」

「だろうな。この都市にいない時点で、投げている可能性が高い」


 S級冒険者となった四人のうち、国の要職についたのが三人で、残りの一人は行方不明。竜王に挑んで返り討ちにあった、というのが有力な説となっている。


「ほとんど引退したようなものだが、熱がくすぶっている可能性もある。機会があれば、誘ってはみる」

「ちゃんと選べよ? あいつら仲が悪いらしいからな」

「噂だろう?」

「S級たちがパーティーを組んでオメガに挑む、なんてことを、いままで誰も考えなかったと思うのか?」


 実際にパーティーが組まれたという話はない。


「相性が悪いのか、オメガに挑む気を完全に失っているのか……」

「そんなことより、そっちは、と言ったな? S級以外に当てがあるってことか?」

「素質のあるやつを育てる」

「おいおい、ずいぶん気の遠い話だな」

「そうでもない。メンバーになる見込みは小さいが」


 異世界人が召喚されるという噂は、自由都市オメガにも伝わっていた。


「異世界人なら素質はあるはずだ」

「……なるほど。素質だけなら、お前を超えるかもしれない」

「ああ、メンバーにならないとしても、興味はある」

「パーティーはレベル差が小さいほうがいいからな。しかし、お前なら、いい導き手になれるだろう」

「教師役は、すでに用意されているはずだ」

「S級冒険者以上をか? ありえねぇよ」

「いずれS級をこえる逸材だ。教師役に必要なのは、戦力だけじゃない」

「それをふくめて、お前ならやれるさ」


 神代のダンジョン、オメガを攻略する。


 彼らもまた、夢をみたのだ。

 多くの民衆たちと同じように。

 異世界人の召喚に、消えかけていた夢をみた。


「アルファ王国。低レベルダンジョンしかない、歴史と伝統だけの国」

「引退は延期して、いっしょにこないか?」


 バッカスは、目を閉じた。


 浮かんでくるのは、これまでの冒険の数々だった。

 死んでいった仲間たちがそこにいた。

 彼の冒険は、仲間とともに終わりを告げていた。


 バッカスは首を横に振った。

 ヤクモは、小さくはない未練を封じて、それに応じた。


 彼らは静かに酒を飲み、かけがえのない仲間たちの、冥福を祈った。





「召喚される異世界人を引きこむため、すでに各国が動き出しているだろう。そのひとつとして、素質のある若手を送りこむはずだ。異世界人のパーティーに参加させることができれば、有利にことを運べる。そういう皮算用をするだろうからな」


 炎帝バッカス。

 智略の面でもパーティーを支えつづけた男は、夢を託した仲間のために、情報を集めて分析を終えていた。


「下手に動くと、何カ国も敵に回しそうだな」

「気をつけろよ」

「ああ」


 ヤクモは、頼りになる男をみた。

 仲間を失い、死に場所を求めていた男の姿は、ここにはいない。


「おいおい、なにを笑っていやがる」

「いや、なに、あぶれた連中を育てるのも、悪くないとおもっただけだ」


 別れの挨拶はすでに済ませた。

 炎帝バッカスは、自由都市オメガから旅立つ、最後の仲間の背中を見送った。


「……お前ならやれるさ」


 S級冒険者、斬鬼ヤクモ。

 愛刀「大蛇丸」をふるう、歴代最強の刀剣士。


 刀だけではなく、体術、武器全般にも才能を発揮する。秩序をもとめる神々に愛され、数多くの恩寵、ギフトを授かった天才であり、神聖術、風系統の魔術すらあつかえる。

 それだけではない。

 なんと彼は、相反するとされる、混沌をもとめる神々からも愛されていた。

 底知れぬ体力と魔力という恩寵を授かる、彼の最大の強さとは、そのおそるべき継戦能力にあった。


 かつてゴブリンの大軍勢が街に迫りつつあったとき、兵士の指示に従わず、軍勢に向かって進み、ただひとり、戦いつづけた少年につけられた異名──斬鬼。


 どんな困難であっても、少年は生き残ってきた。

 信じがたい問題があっても、斬りふせるだけの力があった。

 モンスターと戦いつづけた少年は、生き残り、若者となり、英雄となった。


 単独で戦いつづけることができる、最強の冒険者。

 兇悪なモンスターを斬りふせてきた、最強の刀剣士。

 斬鬼ヤクモ。


 炎帝バッカスの脳裏には、頼もしい若者の姿が刻み込まれていた。


「物騒な世の中だが、あいつなら、なんの心配もいらなねえ、はずだ」


 炎帝バッカスは、自身の旅支度をはじめていた。

 いや、はじめようとしていたのだが、まったく手につかない。

 なにかとても重要なことを忘れている気がしているのに、それがなんなのかわからない。

 喪失感を抱えていた彼は、最後の仲間が去っていったことの、女々しい心情ではないかと結論づけたのだが、そういうものじゃない気がしている。


 夜になり、旅支度をあきらめると、彼は酒を飲みにでかけた。

 静かな酒場で時間を過ごし、過ぎ去りし日々を振り返る。


「昔、パーティー内で決めたルールが、なにか、こう……」


 ルールは習慣となり、日常となる。

 無意識の領域となったルールを思い出すのは、なかなかの難事である。


 バッカスは思い出そうとしていた。兇悪なモンスターを斬りふせる、頼もしい若者の姿ではない。ボロボロの格好で道を歩いていた、少年の姿を。出会った頃の、野盗のごときヤクモの姿を。モンスターを斬りふせながら、自分の家をさがしていた少年の姿を。


「………知らない場所に行くときは、あいつをひとりにするな、だったか」


 すっきりしたバッカスは、静かに残った酒を飲み、グラスを空にしたあと、天井を眺めた。しばらく天井をながめたあと、今度はテーブルに両肘をついて、両手で頭をささえる。静かな酒場に、過去を悔いる数々の言葉が、静かに響いた。


 単独で戦える最強の冒険者、斬鬼ヤクモ。

 彼は、ひとりでは目的地にたどり着けない、極度の方向音痴であった。





 襲いかかるオーガを斬りふせながら、山の中をさまよう冒険者、斬鬼ヤクモ。


 オーガ。

 巨体とパワーを誇る、鬼系のモンスター。

 B級冒険者でも手こずる相手が、群れをなして襲いかかってくる。


「数が多いな。近くにダンジョンでもあるのか?」


 そしてここはどこなのか。

 ヤクモは周辺を見まわしながら、愛刀「大蛇丸」をふるう。

 鋼といわれるオーガの皮膚も、ヤクモが使いこなす大蛇丸の敵ではない。

 オーガを紙切れ同然に斬りふせながら、ヤクモは選択する。


「調べるか」


 風系統の魔術に、周辺の気配を探る術がある。

 超一流の使い手ともなれば、半径数キロにわたって地理がわかる。

 ヤクモは周囲に魔術を放つ。


「間違いない。ダンジョンだ」


 わりと近いところに人里もみつけた。

 地理をつかんだヤクモは、とりあえず人里を目指してオーガを斬りふせる。

 二匹たおした時点で、すでに方向は狂っていた。





 殴りかかってくるオーガソルジャー、オーガキャプテン、オーガジェネラルたちを斬り伏せながら、ヤクモは、ダンジョン内をさまよっていた。

 階段があったら下りてみる。

 条件反射的に進んでしまう最強の冒険者は、コアのある最奥の部屋に到達した。二百平方メートルほどの石室、その中央に、オーガキングが待ちかまえている。


「まあいい。ついでだ」


 ヤクモは大蛇丸を鞘におさめる。わずかに腰を落とし、抜刀の構え。オーガキングが雄叫びをあげ、足を一歩踏み出す、瞬間、ヤクモは間合いを詰め、敵に死を与えていた。

 一歩、二歩、よろけたオーガキングの背後で、ヤクモは愛刀を鞘におさめる。

 巨体が崩れて轟音が響いた。


 始末した敵には目もくれず、ヤクモは、光を放つコアをながめていた。


 コアを破壊すると、ダンジョンの活動を停止させるだけでなく、レアなアイテムの入った宝箱があらわれたり、恩寵を授かったりする。しかし、万が一、国が管理するダンジョンであったら、コアを破壊すると面倒なことになる。


「一度もどって、ギルドに報告すべきか」


 それにしても、ここはどこなのか。

 思案するヤクモであったが、気配を察して、背後の出入口に意識だけ向ける。


「破壊してくださってかまいませんわ」


 美しい声だった。

 女の、貴族令嬢のような、上品な口調。

 モンスターがはびこるダンジョンには、あまりにも不釣り合い。

 いったい、何者なのか。

 ヤクモは振りかえり、警戒の度合いを引きあげた。


 オーガがあふれだす、ダンジョン最奥の地である。一瞬、オーガではないかと疑ってしまいそうだが、人間である。人間としては巨体でも、オーガにしては小柄すぎる。人間の言葉をつかうオーガなどいない。ならば鬼系統のユニークモンスターかと疑いたくもなるが、人間である。それも、高貴な身分の、女性である。


 オーガのごとき、屈強な筋肉でおおわれた大柄の女性は、ボディラインがよくわかる、薄手の戦闘服でその身を包みこんでいた。両腕には金属製のガントレッドを装着している。どちらも相当なレア武装。オーガキング以上の、強者の気配が漂っていた。


 声色美人である女性は、臆することなく、不敵な笑みを浮かべている。

 ヤクモが分析を終えるのを、待っていたかのような態度だ。


「失礼、自己紹介がおくれました。わたくし、ベータ帝国第一皇女、アマゾネスと申します。以後お見知りおきを……S級冒険者、斬鬼、ヤクモさま」


「俺を知っているのか?」


「黒い瞳に黒い髪。刀をつかう強者となれば、まず、斬鬼ヤクモさまを思い浮かべるのは当然です。もっとも今回は、我が帝国の情報網のなかに、あなたが入りこんだわけですが」


 どうやらここはベータ帝国の領域。

 ようやく場所がわかり地図上の位置を思い浮かべる。

 アルファ王国は、だいぶ遠い。


「皇帝の娘ゆえ、そうやすやすと頭を下げるわけにはまいりませんが、今回は礼をいわせていただきます。ヤクモさまがおられなければ……ヤクモさまがいち早くオーガの群れに気づき、討伐していただいたおかげで、我が領民の損害は、軽微なものですみました」


「旅のついでだ。気にするな」

「ご謙遜を」

「ほんとうのことだ。ここにダンジョンがあることも知らなかった」

「まあ、それではふつうに旅をして、このような山中を歩いておられたと?」

「ああ」

「ご冗談を」

「ほんとうだ。道に迷ったんだ」

「ふふっ、意外と照れ屋さんなのですね」


 信じてくれない。

 ヤクモは説得をおきらめた。


「S級冒険者、斬鬼ヤクモがなにゆえ我が帝国に、と警戒していたのですが……人知れずモンスターの大群を駆除して、ダンジョンを制覇するという、まさかの慈善活動。ふふっ、どうやらわたしくは、冒険者というものに偏見をもっていたようですね」


 根強い思い込みにより、好感度は急上昇。

 帝国皇女アマゾネスは、ヤクモを帝国に招待しようと考える。


「まあいい。とりあえずコアを──!?」


 石室に倒れていたオーガキングが消えて、召喚陣が輝く。

 モンスターの再召喚。

 ただちにコアを破壊したヤクモであったが、すでに遅かった。


 ダンジョンモンスターの大量死。

 S級冒険者が発するエネルギー。

 オートモードのコアは、斬鬼ヤクモという、規格外の存在を感知していた。

 彼に試練を与えるべく、貯めこんだエネルギーのすべてを費やし、規格外のモンスターを召喚する。


 オーガキングの比ではない巨体。

 紅く輝く鱗におおわれた、巨大なそれには、兇悪な牙と爪があり、翼があった。

 黄金に輝く瞳が、斬鬼ヤクモを敵として見すえている。


「レッド、ドラゴン……」


 アマゾネスがつぶやき、レッドドラゴンが咆える。

 部屋の三分の一を埋めるような巨体が発する咆哮は、魔術による保護をつきぬけ、聴覚を刺激する。

 

「まあいい。ついでだ」


 ヤクモはわずかに腰を落とし、抜刀の構えをとった。


 自分を殺しうる難敵。しかし、臆する必要はない。大空を舞うための翼も、このような狭い空間では無意味。地を這う巨大なトカゲでしかない。そして愛刀「大蛇丸」は、ドラゴンの強固な鱗さえ斬り裂く。


 双方ともに、高まる魔力。

 レッドドラゴンが口を開け、巨大な火炎を吹きつける。


「……バッカスに、みやげ話ができた」


 刀で火炎を斬り裂き、風の魔術で防護壁をつくる。

 

「炎帝があやつる炎は、ドラゴンより強力だ」


 走り抜けるとともに敵を斬りつける。

 怒りの声をあけるレッドドラゴンに、まっすぐ刃をむける。

 対峙するドラゴン。

 鋭い牙がのぞく巨大な顎に、皇女が踊り出る。


「オラァ!!」


 上品さの欠片もない叫び声とともに、ぶん殴られたドラゴンの顎が跳ねあがる。


「助太刀いたします」


 無用であると伝えるべきか。

 ヤクモは一瞬迷ったが、臆することのない皇女の姿に、頼もしさを感じた。


「ああ、たのむ」


 ふたりは不敵に笑い、レッドドラゴンに立ち向かった。





「つまりヤクモさまは、異世界人を見定め、可能ならばパーティーメンバーに誘いたいと?」


 帝都に向かう豪奢な馬車のなかに、皇女アマゾネスと斬鬼ヤクモが姿があった。


「ああ」

「なんのために?」

「オメガ攻略のために」

「あくまでも個人の希望であり、国に雇われたわけではないのですね?」

「ああ、これは俺の、俺たちの、夢のためだ」


 夢を叶えるために、自由都市オメガを出発した。

 そしていま、目的地であるアルファ王国から、さらに遠ざかっている。


「しかし、それは難しいといわざるをえません」

「だろうな。各国が、動いているのだろう?」

「ふふっ、さすがですね」


 皇女アマゾネスの好感度は上昇をつづけている。なぜアルファ王国に向かい、方向違いのベータ帝国にいるのか。そのような疑問が気にならないほどに、信頼できる存在となっている。


「べつに異世界人である必要はないんだ。素質のあるものを育てようとは思っているが、ほかに強いやつを、たとえば、あんたのような人が、パーティーに入ってくれると助かる」


 ヤクモは、皇女アマゾネスの戦闘力を高く評価していた。

 立場ゆえ、難しいとわかってはいるが、試してみて損はない。


「どうだ。俺の仲間になってくれないか?」


 皇女アマゾネスは瞳を閉じた。


 誘われている。

 命をあずけるパーティーの一員として。

 もしかすると、これは遠回しの求婚かもしれない。


 激しく迷ったが、皇女アマゾネスは首を横に振った。


「わたくしはベータ帝国第一皇女。この身はすべて、帝国のためにあります」


 異世界人を籠絡するために、この身を捧げる覚悟を決めた。

 ゆえに、どれだけ愛されようとも、己の願いなど考慮してはならない。


「そうか。ならば、仕方ない」


 振られたことに気づかないまま、ヤクモは身を引いた。

 そして考える。

 ここはやはり、アルファ王国を目指すべきではないかと。

 

「悪いが、ここで降ろしてくれないか?」

「えっ?」

「一刻も早く、アルファ王国に向かいたい」


 突然すぎる申し出に、皇女はひらめく。やはりあれは求婚であったのだと。振られた男が見苦しく付きまとってはならない、彼はそう考えたのだと。


「わかりました」


 皇女は馭者に命じて馬車を停止させた。

 礼を述べ、ドアを開けようとするヤクモに、皇女は声をかける。


「お待ちください」


 彼はS級冒険者、斬鬼ヤクモ。このまま別れてよいのだろうか。帝都に連れてゆき、異世界人の懐柔に向けて、協力を仰がなくてよいのか。いや、彼そのものが、異世界人にも匹敵する存在。彼を帝国に引き入れることこそ、優先すべきではないのか。


「……ひとつだけ、よろしいでしょうか?」


 皇女アマゾネスの心は揺れる。しかし、彼女は振り払う。これは未練であると。彼を愛したいがための、言い訳に過ぎないのだと。


「なんだ?」

「ヤクモさまは、どうしてオメガ攻略を望まれるのですか?」


 引き留めようとする、いくつもの言葉を捨てて、尋ねたのは夢について。


 ヤクモは、目を閉じて、胸の内にある言葉を探した。皇女アマゾネスの眼差しと口調のなかに、ただごとではない想いを感じとった彼は、自らの想いを真剣に見つめ直すことを迫られていた。

 多くの冒険者が命を落とした神代のダンジョン。

 そこを踏破するのは、冒険者にとって、最高の栄誉。

 仲間とともに目指した夢。

 仲間たちに託された夢。

 必ず成し遂げる。

 強い想いは変わらない。

 だが、はじまりはちがう。

 自分が、最奥を目指していた理由は、ちがう。


「……黒い瞳と黒い髪で生まれた俺は、先祖の名をもらったらしい」


「それでは、異世界人の子孫だという噂は」


「事実かどうかは知らん。だが、父から子へ、代々伝えられてきた逸話がある。それによると、異世界人であった先祖の命を、救ってくれたひとがいる。そしてそのひとは、神代のダンジョン、オメガで眠りについているそうだ」


「オメガで眠りについているのは」


「魔王とされているな。先祖代々の話を信じるとしたら、オメガに封印されている魔王とやらは、俺の先祖の、命の恩人ということになる」


 皇女アマゾネスが、皇帝直属の諜報部隊から仕入れた情報によれば、千年前に召喚された異世界人が、五百年前に召喚された異世界人に封印されたという。

 千年前に召喚された異世界人が、魔王。

 だが、彼の先祖の命を救ったのが、その魔王ということになる。


「ヤクモさまは、魔王が、ひとであったとお考えですのね。そして魔王とよばれる人物が、悪ではなかった可能性を疑っていらっしゃる」


「さあ、俺にはなにもわからない。だから俺は、オメガを目指した」


 はじまりはそうだった。

 俺はただ、真実が知りたかっただけだ。


 ヤクモは今度こそドアを開けて、外に出た。


「いずれまた、お会いいたしましょう」


 旅立つ男の背中に向けて、皇女アマゾネスは再会を願った。





 S級冒険者、斬鬼ヤクモは、アルファ王国を目指して旅をつづけた。いくつもの町や村を通り、山道を歩き、山林をすすみ、山脈を越えて、崖をのぼった。


 なにやら巨大な洞窟があり、その入り口にすさまじい存在感を放つものがいる。黒く輝く鱗におおわれ、その巨体には、鋭く兇悪な牙と爪があり、大空を舞うための翼があった。

 銀色に輝く、瞳が開かれる。

 眠たげな眼差しが、不審な侵入者に向けられる。


「まあいい。ついでだ」


 対峙するは、竜王。

 神代の時代より生きつづける、最強最古のドラゴン。


 斬鬼ヤクモは、わずかに腰を落とし、抜刀の構えをみせた。

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