ダンジョンマスター(裏ボス候補)
1
千年の歴史をつむぐ国家、アルファ王国。
その地にて、異世界人を召喚する、儀式の準備が進んでいるという。
世界中に伝えられ、語られている物語では、五百年前に召喚された異世界人が、兇悪なモンスターを倒し、数多くのダンジョンを制覇し、魔王を封印して、世界を救ったとされている。
世界各地に残された伝承をあつめて調査する研究者たちは、異世界人は一人ではなく、何人か、あるいは何度となく、召喚されてきたと推測している。
本当のところは誰も知らない。
アルファ王国の王族たちでさえ、すべてを知るわけではない。
儀式をとりおこなうのは、神殿の巫女である。神代の時代より力を継承してきたとされる、その巫女が、王族や神官たちに告げているのだ。
すべてを知るのは、神々だけである、と。
五百年に一度おこなわれてきた、異世界人召喚の儀式。
儀式をとりおこなう巫女。
先代の巫女。
神々に祈りをささげる彼女たちは、すべてを知っていた。
神代のダンジョン。その古城で眠る異世界人もまた、すべてを知る存在であり、いま、五百年におよぶ束縛から、解き放たれんとしていることを。
2
「知らない天井だ」
言わねばならない気がして口にした男。
名前は、トーシロー。
三十歳。
外の匂い。痛いところはないが、少し寒い。ひんやりする石造りの床から上半身を起こして、あたりの様子をうかがう。ぼんやりと明るい。天井までは五メートルくらい。十平方メートルていどの、正方形の石室。
誰もいない。
ひとりで中央に寝ていたらしい。
足側には上にのぼる階段があった。
頭側には台座があり、光を放つ、クリスタルのようなものが置かれている。空間がぼんやりと明るいのは、それのおかげだろう。
「どこだ、ここは? おれはたしか、一人旅の途中で……」
愛犬が十九歳で世を去った。
ペットロスを癒すために、富士登山を計画したはず。
そして、なんとなく樹海に入ったような気がしないでもない。
「……なにかに憑りつかれ……オーケー、落ち着こう。それからどうした……どこかで足を滑らせたような、引っぱられたような……浮いたような、落っこちたような……服は、汚れてないな」
ジムで購入したジャージを着ていた。
筋トレをするときも、ジョギングをするときも、街へ買い物に出るときも、山に登るときも、樹海に入るときも、そしてもちろん、犬の散歩に出かけるときも、ジャージであれば問題ない。
これぞまさにパーフェクトファッション。
スーツ着用のみが許されるという、企業の在り方にこそ問題があるとおもえてくる。だからといって、ジャージを押しとおして出勤するほどのこだわりはない。ジャージしか着用しない女性を愛する、というわけでもない。
トーシローは立ちあがり、光を放つ、クリスタルのようなものに近づいた。
「まるで飛行せ……さわっても大丈夫、だよな?」
そっと手を近づける。
ふれた瞬間、まばゆい光に目をやかれる。
両手で目蓋を押さえつけ、わめいている最中に、情報が流れこむ。
「……ダンジョン、マスター?」
ダンジョンの機能がわかる。
マスターとはどういう存在なのか。
なにができて、なにができないのか。
それがわかる。
トーシローは階段へ向かう。二十段ほどの階段を上がり、ダンジョンの出口で足をとめた。
森の匂い。
見える景色は、樹海に似ている。
傾斜もあるため、どこかの山の中かもしれない。
木々の隙間から、青い空がみえる。
トーシローは、深く鼻で呼吸した。
花粉による鼻炎の症状は出ない。
体の調子もよい。これまでにないくらい、調子がいい。
「出られないこともないけど、出たら、マスターの権利は放棄とみなされる、か」
ダンジョンマスターとして、モンスターを召喚できることがわかっている。
つまりここは、モンスターが存在する世界。
日本ではない。
自分のいた世界ではない。
ここを出たら、おそらく死ぬ。歩いて五分のところに街道でもあればよいが、そうでなければ確実に死ぬ。
遭難できればまだよい。
獣かモンスターに襲われて、ひどい最期を迎えそうだ。
「知らない世界の……どこなんだろうな、ここは」
地理がまったくわからない。
死にたいわけじゃないトーシローは、もとの部屋に戻ることにした。
3
ダンジョンマスターとなった異世界人、トーシロー。
彼は、コアがある台座の近くに腰をおろし、目の前の空間にあらわれた、半透明の画面をながめていた。
イメージを具現化できるシステムがあり、基本、なんでもありらしい。
彼は、タッチパネルを操作して、情報の整理を行っている。
「ダンジョンは大地からエネルギーを吸収して、コアに貯めている。ダンジョン内の生命体が発散するエネルギーも吸収している。ダンジョン内で死んだものからも、もれなく吸収する。アイテムなどの物質も、エネルギーに変換できる……。
たまったエネルギーは……ポイントとして数値でも表示しようか。
これを利用することで、ダンジョンを創りかえたり、罠を設置したりできる。また、アイテム、武具、モンスターなど、必要ポイントさえあればいかなるものでも召喚できる。マスター自身の強化にも利用できる」
画面に表示されている初期ポイントは、100,000。
マスターしかいない現在、1日当たり100ポイント吸収する。
ダンジョンを成長させれば、吸収率は向上する。
「ちょっと試してみようか」
イスとテーブルを召喚してみる。
検索リストに入力。ずらっと表示された中から、消費ポイントの少ない、粗末なものを選ぶ。
ついでに食糧と水も、容器とセットで召喚してみる。
こちらもポイントの少ない、こちらの世界の粗末なパンなどだ。
「計100ポイントだけど、まあいいや。召喚、実行……おおっ!」
床が光りだして、複雑な円形の紋様が浮かびあがる。
中心に、選んだものがあらわれた。
パンと水は、きちんとテーブルの上に置かれている。
トーシローは粗末なイスに腰をおろして、パンを食べてみる。
固く、みょうに酸っぱいが、食べられないことはない。
咀嚼して、水を飲み、考える。
「ダンジョンがどういうものか、マスターになにができるのかは、だいたいわかったけれども……目的がわからん。コアを守るのは大前提として、おれは、ダンジョンを育成すればいいのか?」
オリジナルのダンジョンをつくり、侵入者を始末して、ポイントを稼ぎ、ダンジョンを強化させていく。
そういうゲームがあったような気がする。
存在を知っている程度なので、ゲームの最終目的はわからない。
「ただ……どうやら、世界の敵っぽいな」
RPGならプレイ経験はある。
ダンジョンの奥で待ちかまえるやつは、だいたい敵であった。
「ダンジョン内で死んだものを吸収するっていう、ポイント還元システムもあるからな。侵入者は積極的に始末しよう、ってことだろう……完全に敵だな。マスターと知られたら、間違いなく命を狙われる」
なにが来るのか。
こちらの世界でも、人間がいるのか。
襲いかかる人間を、殺さないといけないのか。
トーシローは召喚リストを検索した。
いかなるものでも召喚できるならば、この世界に暮らしている生命体も召喚できるはず。
調べた結果、人間はいた。
人間じゃない、異種族もいた。
そして、それらは召喚できないこともない。
「消費ポイントがすさまじいな」
トーシローは、モンスターの召喚とは仕組みがちがうことに気づいた。最初に頭のなかへ情報をインストールされたときも、モンスターの召喚ができる、それを一番に理解させられた。モンスターの場合、水や食料と比較しても、少ないポイントで召喚できる。
「モンスターを召喚することが使命なのか?」
不明だが、敵役は確定だろう、と彼は考えた。
どうして自分なのか。
人選ミスではないのか。
答えをくれるものは誰もいない。
「闇の世界? から引き寄せるモンスターとは違い、ほかの生命体の召喚の場合は、無理矢理に拉致する感じなのだろう。なんらかの抵抗があるから、消費ポイントがすさまじいことになる」
また、レベルが高いものほど、消費ポイントが跳ねあがる。
「比較的ポイントが少ないものもいる。レベルが低いだけじゃなくて、無理矢理でないから? どこかから逃げたがっている相手なら、消費ポイントは少なくて済むのか?」
たとえそうでも、モンスターと較べると、ポイントの桁が違う。
「詳細は不明か。とりあえず、これで一般人のステータスがわかるな……マスターである、おれのステータスも表示できるはず……おおっ、けっこう高いんじゃないか!?」
現地人と比較すると、異世界人であるトーシローの能力は高い。
「おれ、魔術師タイプなのか?」
彼は魔力値が高かった。
情報をみていくと、ギフト持ちであることがわかる。
適性は、闇系魔術であることも。
「すでにつかえる魔術が……『死霊術』? えぇ、なにそれこわい!?」
死霊術師。
それは死をつかさどる最凶の魔術師。
この世に未練をのこした者たちの、遺体や魂を利用して、操り、使役する、恐るべき魔術師である。
「……完全に悪の魔術師だな。そんなものに適性あったら、ダンジョンマスターにも選ばれても仕方がない気がする。いや、これに選ばれたから、そっちに適性をもったのか? せめてそっちであってほしいんだけど……」
トーシローは、壊れそうなテーブルに上半身をあずける。
死にたいわけじゃない。
ならば、どうやって生きるべきか。
ダンジョンを離れて生きていける気はしない。
マスターとして、ダンジョンとともに生きるしか術はない。
いつやってくるかわからない、侵入者をどうするのか。
人間を殺すことができるのか。
殺した相手を利用できる、死霊術師でもあるわけだが……。
「……やってみるか」
彼は立ちあがり、テーブル、イス、容器をポイントに還元した。
それほど残虐な性格である自覚はない。
実際にどうなるか、そのときが来るまではわからない。
「とにかく、逃げ道は確保しておこう」
それを忘れず、50,000ポイントほどを利用してダンジョンを創りかえてみる。いきなり全ポイントをつかうほど思いきりはよくない。
利用するポイントで、二階層のダンジョンをつくる。
「住環境も忘れない」
隠れ部屋。
バス、トイレ付きのワンルーム設計。
「一階は迷路設計。罠も設置しておこう。侵入者があらわれたら気づけるように、アラーム機能も追加して……モンスターは、やっぱりゴブリンかな。弱いけど、ポイント少ないし。こいつらがいるだけで、吸収するポイントも増えるだろう」
やってみなければわからない。
トーシローは、おもいつくまま適当にダンジョンを設計して、創造した。
4
「……まさか、全滅したのか?」
召喚したゴブリン二十体が、全滅して、ポイントに還元されていた。マスターがふかふかベッドで昼寝をしている最中に、いったい何がおこったというのか。
目の前に浮かぶ画面には、記録が残されている。
侵入者はひとりもいない。
「なんてこった。これが、ゲームとの違いなのか……」
召喚したゴブリンたちは、すべて、ダンジョンの罠にかかって死んでいた。
シンプルな落し穴に落っこちたらしい。
きちんと自動で蓋が閉じる素敵な落し穴にしたのが、ゴブリン的には悪かったのかもしれない。
「モンスターが歩いても反応しないじゃない。ゲームの罠だと……」
どうしよう。
モンスターには反応しないように設定できないのだろうか。
再設定に頭を悩ませるトーシローであったが、彼は気づいた。
ゴブリン一体を召喚するのに、10ポイント。
ゴブリン一体が死んで還元されたのが、11ポイント。
「……いやいや、それはどうだろうな。それはマスターとしてどうなんだろう。相手はモンスターだけれども、闇の世界? から侵略してくる感じの存在なわけだけれども、そういうマッチポンプ的なことをするのはいかがなものだろう」
一時間後。
罠の設定はそのままに、1分ごとにゴブリンが召喚される、無限式の召喚陣ができあがっていた。
5
「しかし、誰もこないな」
貯まったポイントで自身の強化を試みているトーシロー。
魔術師タイプではあるけれど、死霊術をつかいたいとはおもわないため、肉体強化、体術などのスキルを取得していた。いざ脱出となったとき、無事に逃げられるだけの体力がほしかった。
いい汗をかいて、シャワーを浴びる。
水分と、ドライフルーツを口にして、目の前の画面をながめる。
「来るとすれば敵だから、来てほしいわけじゃないんだが」
順調であった。
ゴブリンが秒単位で死んでいる。
「侵入者に倒された場合、還元ポイントは減少するのかな?」
もはや感覚は麻痺している。
三階層にして、ゴブリンの数を増やそうかと考える。
そして気づく。
「そういや、宝箱とか設置してないな」
ダンジョンといえば宝箱。
得るものなくして誰が来るであろうか。
「お宝候補は……いろいろあるな。ランダムもあるのか。これだとポイントが少なくてすむな」
とりあえず召喚、実行。
目の前のテーブルにあらわれたのは、小瓶。
なかに液体が入っている。
正体はなにか鑑定してみる。
「精力剤? 当たりか外れかもわからないな……ポイント的には、当たりなのか」
マスター的には微妙だったので、もう一度ランダム召喚をしてみた。
あらわれたアイテムは、媚薬であった。
6
「そうか……ゴブリンとオークは、仲が悪いのか」
ダンジョンはすでに三階層。
二階層にはゴブリンとオーク、緑色の小鬼と、二足歩行する豚のようなモンスター、を召喚したのだが、その二種族で壮絶な殺し合いがおこなわれていた。
オークのほうが能力値は高い。
ゴブリンは数が多い。
殺したり殺されたりで、生き残ったものはレベルが上がってゆく。
最終的には、オークが二匹生き残った。
レベルアップした二匹のオークは、ダンジョンの罠にかかり、死亡した。
7
「よし、ダンジョン外の周辺調査をしてみよう」
マスターの命令にしたがう、使い魔となれるモンスターを探す。
インプ。
鳩サイズの悪魔系モンスターがいた。
そいつを一体、目の前に召喚する。
「ギー!!」
なにを言っているのかわからない。
トーシローが念話スキルを取得するまで、インプはダンジョン内を飛びかっていた。
8
『山のなか? どこまで? どこまでも? 距離とかわかる? わからない? 地図は? かけない? 無理?』
9
ガンマ聖王国に近い、広大な山林の奥地にて、世界に亀裂がはいった。
神々が干渉をくり返してきた世界は、ひどくもろく、ふとしたことで亀裂が生じる。混沌にある闇の勢力が干渉をつづけているため、この世界では、小さな亀裂があとをたたない。
わずかな隙間であれば、短い時間で修復されるため、低級モンスターが入りこむ程度で済む。しかし、大きな亀裂ができてしまうと、流れこむ激流のようなエネルギーが修復を阻害する。穴となり、神々ですら手を焼くようなモンスターが侵入して、世界を崩壊させる危険性があった。
亀裂の規模によっては、神々が動く。
その土地に、核となる宝玉をつかい、亀裂を利用して、ダンジョンを生み出すのだ。
世界の秩序を守るために。
世界に生きるものたちを強化する、試練の場とするために。
ダンジョンマスターとは、ダンジョンと共鳴する存在であり、様々な権限を有している、支配者である。
コアが破壊されると、ダンジョンとともにマスターも死ぬが、ダンジョンとともにあるかぎり年もとらない。食事や睡眠は、望ましくはある、といった程度。なくても生きられる。半神といってもいい存在である。
マスターの権利は、資格を有したものに委譲することも、放棄することも可能。マスターがダンジョン外にでた場合、放棄したとみなされる。
権限を放棄したとき、ダンジョンはオートモードに移行する。定期的にモンスターを召喚したり、アイテムや財宝がはいった宝箱を召喚したり、新たな階層をつくりだしたりする。
ダンジョンを支配する権利を有しているのは、神々に選ばれた存在のみ。
マスターがいるダンジョンは、ごくわずかしか存在しない。
神々の目的は、定期的にモンスターを召喚させ、それを倒させることで世界の住人を強化すること。こちらの世界のエネルギー濃度を高めることにある。
では、ダンジョンマスターの存在意義とはなにか。
秩序をもとめる神々の場合、ほどよい試練の場をつくるための、調整役。
混沌をもとめる神々の場合、とくになし、が一番近い。
11
五百年に一度。
次元の異なる二つの世界が重なり、世界の秩序が乱れる。
闇の世界の干渉が強まり、モンスターの数が増え、多くのダンジョンが誕生することになり、そして、重なる世界から、人間が流されてくる。
ガンマ聖王国に近い、広大な山林の奥地に誕生した、新しいダンジョン。そのダンジョンを支配することになった異世界人、トーシローは、いずれくるかもしれない戦いのために、自身の強化につとめていた。
「これたぶん、モンスター軍団を外に放出しないかぎり、誰もこないな」
ダンジョンの育成も忘れていない。
新たに創った階層では、疑似太陽がのぼる、のどかな田園風景ができあがりつつあった。




