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死霊術師(悪役たりえず)



 千年の歴史をもつ最古の国、アルファ王国。

 その地にて、異世界人を召喚する、儀式の準備が進んでいるという。


 その噂をきいた、多くの民衆が希望を抱き、多くの者たちが夢をみた。しかし、すべての人間が異世界人の到来を喜んだわけではない。

 世界には様々な人間がいる。

 秩序をもとめる神々を信仰する人々のほかに、混沌をもとめる神々を信仰する者たちがいる。本来、善神や悪神といった区別はない。忌避されるべき神など存在しない。しかし、醜い欲望さえも肯定する神々がいることも確かであった。


 人間は、ときにモンスターよりも残酷で、愚かな獣となる。


 己の欲望を満たすために、平然と他者を犠牲にする。そのような人間たちが、己の栄華をもとめて、混沌をもとめる神々に祈りをささげた。世界に混沌が生じれば、神々の力を授かると信じている。かつて世界の秩序を崩壊させたとされる魔王は、彼らにとって尊ぶべき存在であった。


 彼らは、神代のダンジョンに封印されし、魔王の復活を望んでいる。


 異世界人の召喚がどのような影響をおよぼすのか。

 傲慢に解釈して捨ておく者。

 苦々しく受けとり熟考する者。

 試練ととらえて行動をおこす者。

 彼らに共通するのは、己の利を求め、他者を利用することだけである。





 死霊術師。

 それは死をつかさどる最凶の魔術師。

 闇系統の魔術のなかでも、ギフトがなければ習得は不可能とされている、恐るべき魔術をあつかう存在。

 混沌をもとめる神々の、恩寵を授かりし者である。


 アルファ王国に、夕闇が迫る。


 王都の西門において、沈む太陽の光を背に、ひとりの魔術師がたたずんでいた。

 闇色のローブをまとっている。

 背丈をこえる杖の先に、黒羽の鳥が止まっている。


 闇系統の魔術師と、その使い魔であることは、子どもであっても察しがつく。


 敵に回せば、どのような呪いをかけられるか、知れたものではない。このように美しい鳥を使い魔とする、優秀な魔術師を襲うものは、まずいないだろう。たとえ見た目が、ただの小娘であっても。


「ふっ、ついに来たわ……この私が」


 ひとりの小柄な娘が、門をくぐった大通りの、真ん中に立っていた。


 こういう田舎者も時々いるため、王都を出入りする、人々の流れは止まらない。誰もなにも言わず、関わり合いになろうとはしない。大型の車が通らないかぎり、あるいは、身内や仲間でもないかぎり。


『いいから歩け、ケイシー』


 念話である。

 娘のほかには、「カァー」という、鳴き声しか聞こえない。

 忠告したのは杖のうえに立つ黒羽の鳥。

 娘の使い魔である。


「口が悪いわ……主人である、このケイシーボーンに対して」

 

 この小柄な娘は、闇系統の魔術をあつかう、ギフト持ちの魔術師であった。


 この世に未練をのこした者がいる。その遺体を白骨化させ、骨にふたたび魂を宿らせることで、恐れを知らぬ不死の戦士、スケルトンをつくりだす。それを操り、使役する。スケルトンの戦闘力は、生前の強さと、魔術師の力量に左右される。


 娘は、スケルトンをつくり、使役することのできる死霊術師でもあった。


 混沌をもとめる神々の恩寵を授かりし者。

 黒羽の鳥を使い魔とするほどの、才能にめぐまれた魔術師であった。


『はっ、スケルトンしかつくれねぇ半端者の分際で、主人面してんじゃねえよ』


 使い魔のほうが立場が上という、めずらしい魔術師でもあった。


『このポンコツが』


 夕闇が迫る王都に、黒羽の鳥が舞う。

 その鳴き声の下では、己の背丈をこえた杖をふりまわす、小柄な娘がいた。





 ケイシ―は、中級の宿に泊った。

 もちろん、使い魔である黒羽の鳥もいっしょである。


 死霊術師は、どの国においても危険視されている。かつてひとりの死霊術師が、不死の軍勢をつくりあげ、世界征服を企んだという歴史があるのだ。

 国によっては、見つけ次第つかまえて、処刑をおこなうという。

 異世界人の召喚という大切な儀式をひかえる、アルファ王国においても、見つかればどのような目にあうかわからない。 


 才能あふれるギフト持ちの魔術師であり、死霊術をつかえないこともないケイシーが、なぜ、危険をおかしてまで、王都にやってきたのか。


「召喚の儀式なんてさせない……この私が」


 異世界人召喚の儀式を阻止するためである。

 しかし、いったいどうやって妨害するというのか。

 彼女の頭のなかに、具体的な策はなかった。


「どうすればいいとおもう?」


 とりあえず動き出し、あとで使い魔に丸投げするのが、彼女の流儀である。


『声に出すな、ケイシー』

「どうして?」

『聞かれていい内容じゃねえだろ』


 鳴き声をあげずに念話をおくる使い魔。

 鳥の声は騒音にしかならないが、なると宿に迷惑がかかる。

 彼は周りを気づかえる、賢い鳥なのだ。


『とにかく情報取集だ。今夜にでも、俺が様子を探ってくる』

『わかった。それじゃあ、私はなにをしようか』

『なにもするな』

「えっ?」

『いいかケイシー、お前は、なにもするな』


 主人を支える賢い鳥は、子どもでもわかるように言ってきかせる。


『異世界人召喚の儀式は、神代の時代から力を継承してきた、神殿の巫女がおこなう神事だ。アルファ王国の王族や貴族なんて飾りでしかない。

 儀式がどういったものなのか。異世界人とはなにか。

 それらを知るのは継承者である巫女か、隠居した先代の巫女しかいない。

 その女たちこそ、アルファ王国が誇る千年の歴史だ。

 それ以外の情報に価値はない』


 娘はうなずく。

 前にも聞いたはずだが、きっと忘れている。


『どうすれば儀式の邪魔をできるのか……必要なアイテムを盗めばいいのか、呪いをかければよいのか……最悪、継承者である巫女がいればそれでいいって可能性もある。そうなると、巫女を始末しないかぎり儀式の妨害は不可能となる。

 それらを探るためには、巫女のいる神殿に近づくしかないが……危険すぎる。聖王国の教会か、あるいはそれ以上に危険な場所だ。近づけば一発で、死霊術をあつかえると見抜かれるだろう』


 危険なのは、闇の魔力をおびた使い魔である、彼も同じこと。

 しかし、彼はただの賢い鳥ではない。

 闇夜を舞い、闇夜を味方につける、美しき黒羽の鳥である。


『俺なら逃げきることはできる。そのまま王都を離れるだろうから、三日たっても俺が戻らなかったら、ケイシーも王都から撤退しろ』


 彼は、嘴を器用につかって窓を開け、窓枠を蹴って飛びあがる。


『いい夜だが、お前は眠りな、ケイシー。あと、窓はちゃんと閉めとけよ』


 少し過保護なところもある使い魔は、巫女がいる神殿を目指した。

 彼は、ケイシーが大人しくしていることを祈っていたが、部屋に残された娘は、窓を閉めながら考えていた。

 情報収集といえば、やっぱり酒場よね、と。





 ケイシ―は、馬車に揺られていた。

 檻のなか、手足には枷がはめられ、首には奴隷用の魔道具がはめられている。

 周りには、彼女と同じように枷をはめられ、奴隷の首輪をつけられた人間たちがいた。陰鬱で、瞳に輝きがない。生きる気力を失っている。

 王都の外にいた。

 夜間は出入りできないはずだが、どこかに運ばれているらしい。


 眠りから目覚めたケイシーは、とにかく経緯を思い出すことにした。


 そう、宿のなかだった。

 彼女はめずらしく、自分で考えていた。

 闇系統の魔術師ともなると、相手の口は重くなるだろう、と。


 彼女には経験があった。

 興味本位で酒場に出向き、ひとりでミルクを飲むという経験が。

 だれにも声をかけられなかったものの、使い魔はいたし、さみしくはなかったし、周りから聞こえてくる会話はおもしろくもあった。

 それはそれで楽しいのだが、今回は積極的に情報を集めたかった。


 そこで、彼女は着がえることにした。マジックバッグに、旅のあれこれと闇色のローブ、杖をしまいこみ、中から普段着を取り出した。それなりにいい服であり、これを着て出歩けば、裕福な商人の娘にしか見えないだろう。


 盗難防止の魔術をしかけたマジックバッグをのこして、彼女は宿をはなれた。


 ケイシーの考えは間違っていなかった。

 魔術に長けるものでなければ、彼女が魔術師であるとは見抜けなかった。

 つまり、ただの不用心な小娘にしか見えなかった。


 王都は、治安のよい都市ではあったが、犯罪者はどこにでもいる。


「そこのお嬢ちゃん、ちょっと手を貸してくれないかい?」

「えっ? いやだけど?」


 酒くさい中年オヤジに声をかけられ、油断したところを別の男たちに襲われて、気を失った。


 そして現在、馬車で運ばれている。

 檻に入れられ、手足には枷がはめられ、奴隷の首輪がはめられている。


 ケイシーはゆっくりと鉄格子に手をかけ、かるく頭を打ちつけた。


 彼女は悔やみ、焦っていた。

 魔術を封じられているわけではない。いざとなったら逃げられる自信もある。ただ、また使い魔に怒られ、罵倒されるかと思うと、落ち着いてなどいられない。

 なんとかうまい言い訳はないものかと、彼女は焦りまくっていた。

 何度となく、鉄格子に頭を打ちつける。


「そのくらいでやめときなよ」


 狂気じみた娘に声をかけたのは、となりにいた若者だった。彼にしてみれば、ケイシーは自分より年下の女の子にみえる。気力は失えど、小さい女の子の自虐行為は、みるにたえなかった。同じ境遇にありながらも、彼は、見知らぬ相手を心配することができたのだ。


「うるさい」


 うるさいのはケイシーのほうだが、本人にその自覚はない。

 気づかいを罵倒でかえされ、繊細な心を傷つけられた若者のおかげで、ケイシーの思考は切り替わった。


「そう、とにかく情報収集……」


 ケイシーは、声をかけてきた若者に目を向ける。

 体格はいい。金持ちにはみえない。道端で襲われたわけではなさそうだ。どこぞの農村の、次男か三男あたりだろう。冒険者にあこがれて王都に出向き、借金にまみれて奴隷に落ちた。そんなところにちがいない。

 彼女は決める。

 とりあえずこいつから、現状を説明させよう、と。


 



 奴隷商人が率いる一団は、予定どおりの行程を進んでいた。モンスターが兇暴化する、夜間を旅するものはまずいない。自分たちも危険ではあるが、非正規の奴隷も多いため、人目を避けて移動する必要があった。

 護衛は十分に数をそろえている。

 問題はない。


「予定どおり、ここで休憩をはさむぞ」


 森に囲まれた、ひらけた土地で一団は止まった。

 奴隷商人やその部下、護衛たちが火を焚き、食事のための準備をはじめる。

 見張りと食事は交代制。

 檻に入れられた奴隷たちに、分け前はない。


「ちゃんと見張っとけよ」

「モンスターだけじゃねえぞ、野盗にも注意しろ」

「ここらにいた盗賊団は、このまえ壊滅したって聞いたぞ?」

「そうなのか?」

「見まわしたところで死体なんか見つかるかよ。どうせ、モンスターが食い散らかしてる」

「残っていても骨ぐらいか」


『……それはいいことを聞いた』


 無駄に念話をおくるケイシ―。

 彼女は静かに魔力をめぐらせ、語りかけ、呼びよせていた。


 腰をおろした護衛たちが、気を緩めようとしたとき、敵襲が告げられる。


 森から姿を現したのは、グレイウルフの集団。

 鋭い爪と牙をもった獣型のモンスターが、群れをなして襲いかかる。

 さらに奥から、緑色の肌をもつ小型の鬼、ゴブリンの集団があらわれる。


「なぜだ!? こんなに、一気に!?」


 それでも、護衛たちは落ち着いていた。

 雇い主である奴隷商人たちを一ヵ所に集めて、周囲をかためる。商品である奴隷たちは、檻に守られているようなもの。馬もおびえて動かない。モンスターは家畜も襲うが、人間がいればそちらを優先して襲う性質がある。そちらに気を配る必要はないと断じた。

 彼らは中級程度の冒険者であり、数もそろっていた。

 守備に徹すれば問題はない。

 ダンジョンでの戦闘にくらべれば、この程度の敵はどうにでもなる。

 少しずつ削り、状況を打開する。


「たしかにおかしい……これは、何者かが呼びよせているとしか思えない」


 護衛のひとり。

 魔術師である彼は、闇系魔術師の存在を疑う。

 探せば、あとは容易だ。

 馬車に積まれた檻のなかにいる小娘が、魔力を練りあげていると気づく。


「あいつだ!! あの小娘が呼びよせてやがる!!」


『気づいたようね。でも、もう遅いわ』


 念話では誰にも伝わらない。

 それには気づかず、魔力を放出するケイシー。

 すさまじい魔力であることは、魔術師でなくとも理解できた。

 優越感から笑みを浮かべるケイシーに、焦りと怒りを感じた奴隷商人が、部下に命じて、檻の鍵を探させる。また、檻のなかにいる奴隷たちに、そいつを殺せと命じた。


「馬鹿な!? どうして首輪が反応しない!?」


 主人の命令によって激痛がはしる。

 首にはめられた奴隷用の魔道具が、なぜ起動しないのか。


『彼らの所有権は、すでに私の手のうちにある』


 またも念話。

 まったく会話が成り立たない。

 そしてそのことに気づかないケイシー。


 それでも彼女は、才能にあふれる、ギフト持ちの魔術師であった。正当ではない手段ではめた奴隷用の魔道具など、彼女の手にかかれば簡単に外せるし、書き換えもできる。移動しているときから、こそこそとやっていたのだ。


 カタカタ。

 カタカタ。


 戦闘音にまぎれて、森の暗闇から、不吉な音が聞こえる。


 カタカタ。

 カタカタ。


 糸で操られた人形のように、骸骨たちの行進がつづく。


「スケルトンだと!?」

「そんな馬鹿な……まさか、あの小娘、死霊術師か!?」

「ふざけるなっ!? そんな高等魔術師が、なんで奴隷に混じってやがる!?」


 奴隷商人や護衛たちは、自分たちが狡猾な罠にかけられたと考えた。

 まったくの誤解であったが、いまはそれどころではない。


 カタカタ。

 カタカタ。


 恐れを知らぬ、不死の戦士たちが襲いかかる。


 向けられたボロボロの剣を、剣士である護衛がはじきとばし、その流れでスケルトンを斬り裂く。ものすごく簡単に、斬り裂いてしまった。ほかの護衛たちも、モンスターの攻勢を警戒しつつ、それぞれスケルトンを破壊していく。


「えっ!? 弱い!?」

「弱っ!? なんだこのスケルトンども、すっげぇ弱い!?」


「杖がないからっ! 杖があったら全然ちがうからっ!!」


 ようやく声をあげ、必死に言い訳をするケイシー。

 スケルトンの強さが、魔術師の力量に左右されることは、じつはそんなに知られていない。

 彼女はさらに魔力を高めた。

 膨大な魔力をみせつけて誤魔化そうとしていた。


 破壊されたはずのスケルトンたちが、もとに戻っていく。

 どれだけ弱くとも、破壊されるつど修復され、戦線にもどる、不死の戦士。


 相手にとっては恐怖でしかない。

 魔術師をどうにかすればよいのだが、彼らの周囲は、モンスターとスケルトンたちに囲まれていた。


「魔術だ! ほかの奴隷ごと、あいつを殺せ!」


 リーダー格の男が叫んだ。抗議する雇い主を無視して、ふたたび叫ぶ。しかし、護衛の魔術師は理解している。あの恐るべき魔力をもつ死霊術師を、自分の魔術でたおすことはできない。


「撤退だ!」


 包囲の一角を崩そうとして、護衛だったものたちが攻勢にでた。

 防衛陣が崩れて、モンスターが一気に攻勢にでる。スケルトンも地味に襲いかかる。弱いものから死んでいった。奴隷商人の部下がたおれ、主人もたおれ、護衛だったものも負傷を追い、見捨てられて息絶えた。

 包囲網から脱出できたのは、二人だけだった。

 彼らはそのまま、来た道を走り去った。


「まあ、こんなもんか」


 気のぬける声とともに、スケルトンたちが崩れていく。


 血臭ただよう殺戮現場。

 そこに残されたのは、檻の中の奴隷たち。

 彼らは震えていた。

 周囲にはモンスターの群れがいて、檻のなかの、獲物たちを狙っている。モンスターに喰い殺される恐怖をまえにして、彼らは、自分たちが生きていることを思い出した。


「いやだ! 死にたくない!!」 


 ひとりが叫び、悲鳴が飛びかう。

 失っていた、生き残ろうとする力があらわれる。

 檻の中央で押しあう奴隷たちとは別に、ケイシーはひとり、魔力を高めて宣言する。


『我、混沌をもとめる神々を信仰する者。

 混沌をもとめる神々の恩寵を授かりし者。

 地元のモンスターは、だいたい友だち』


 最後は嘘である。

 ケイシーに友だちなどいない。


 それでも、敵に回すべき存在ではない、ということはモンスターに伝わる。モンスターの群れは、遺体とともに、森の奥へと姿を消した。


 ケイシーは考える。

 ふたり逃したが、奴隷商人は始末した。ならばつぎは、王都で自分を襲ってきた連中に復讐を果たすべきだろう。王都に戻らねばならない……。さっきのふたりが、王都方面へ逃げたのは好都合だ。

 とりとめなく考えながら、とりあえず檻から出る。


「できるだけ早く王都に帰らないと……あれが戻らないうちに」


 使い魔にバレないうちに、王都の宿にもどりたい。


 ケイシーは檻のなかの、おびえる奴隷たちをみる。馭者ができるものはいないだろうか。じっとみて観察するが、彼らは、この惨劇をもたらした死霊術師である、小柄な娘に恐怖していた。ケイシーがひとことでも話しかければ、パニックを起こしそうな気配がある。

 ケイシーはうなった。

 どうしよう、とりあえず記憶を消しておこうか、と決めかけたとき、ひとりの若者が、すこしだけ彼女のほうに近づいた。


「俺は、死ねない」


 情報を吐かせた若者であった。

 身体を震わせてはいるが、それでも、瞳には光があった。

 奴隷には似合わない、生きる気力が。

 生き残ってやるという強い意思が。


「俺は! 巨乳のお姉さんとエロいことをして!! 英雄になるんだ!!!」


 誓った目標が。

 熱い情熱が。

 夢が。

 混沌となり、アルベルトという名の若者を動かし、叫ばせていた。


「……順番おかしくない?」

『頭がおかしいんだ、ケイシーと同じくらいな』


 びくついたケイシーの横に、どさりと何かが落ちてきた。

 マジックバッグ。

 王都の宿に置いたはずの、彼女のマジックバッグである。


 そのうえに、黒羽の美しい鳥が、ばさりと舞いおりた。


『俺が目を離した短時間で、どうしてここまで迷惑をかけられるんだ? あぁ?』


 これから帰るところだったとか、べつに迷惑をかけたわけじゃないとか、語れば語るほど悪化する、使い魔の心象。

 黒羽の鳥は念話のため、人間に、くわしいやり取りはわからない。

 ただ、地面に正座して状況を報告する小柄な娘が、鳥に叱られているとしか想像できない。


『死霊術師の存在がばれてるじゃねえか! わかってんのか!? そいつらがまともに報告したら、賞金をかけられて追いまわされるんだぞ!』


「悪人面だったしー。だいじょうぶだと思うしー。なんだったらいまから追いかけるしー」


 カァー、と鳴き声をあげる鳥が恐ろしいが、じっとしてはいられなかった若者、アルベルトがたずねる。


「……きみは、俺たちを、どうする気だ?」

「えっ? べつに、どうもしないけど?」

「殺さないのか? 死霊術師であると、知られたのに?」

「あとで記憶をいじるから」

「どうにかするんじゃないか!」

「そんなことより、このなかに馭者ができる人っていない?」

 

 王都に戻ると告げたケイシーを、使い魔がとめる。


『やめとけ。王都は危険だ』

「なんで?」

『あの巫女はだめだ。俺たちの手におえる相手じゃねぇ。聖王国の教皇でも、もう少し可愛らしいだろうよ』

「ちゃんと逃げられたじゃない」

『見逃されただけだ。そうでなければ死んでいた』


 ここまでいうからには、ほんとうに危険なのだろう。

 ケイシーは使い魔の忠告に従い、王都から離れることにした。





 朝になって、馬車は動き出した。

 奴隷から解放された人々が、ケイシーに手を振って感謝をあらわしている。


 彼らのなかに、ケイシーが死霊術師である、という記憶はない。彼らにとってのケイシーは、奴隷商人、モンスター、野盗から救ってくれた恩人であり、それを為すだけの力をもった、優れた魔術師であった。

 そう、彼らにとってケイシーとは、たまたま襲撃現場にあらわれた、美しすぎるというくらいしか欠点が見つからない、最高の魔術師なのである。


 彼らのなかには、馬車をうごかせる者がいた。

 護衛たちがもっていた武器をつかい、モンスターを追い払うていどの力をもつ、冒険者崩れもいた。

 そして、彼らのなかに、アルベルトの姿はなかった。


「……なんで、俺だけ奴隷のままなのでしょう?」

「さあ? なんでなの?」


 後半は使い魔にたずねている。

 アルベルトだけ記憶をいじらず、奴隷としてケイシーと同行する。

 ケイシーは使い魔のいうことを実行しただけだ。


『俺だけじゃあ、ケイシーの面倒をみられないと理解したからだ』


 文句をいうケイシーが通訳をしないため、アルベルトには伝わらない。

 黒羽の鳥は、ケイシーのもつ杖から、アルベルトの頭のうえにのった。

 魔力が流れて、アルベルトに伝わる。


『聞こえるか?』

「おおっ、なんか聞こえる」

『これが念話だ。これからは俺のいうことを聞き、速やかに理解して実行しろ』

「使い魔なのに、すごく偉そうだ」

『ケイシー』

「えいっ」

「ぎゃあぁぁぁーー!!」


 奴隷の首輪が反応して、アルベルトが地面をじたばたと暴れる。


『お前はケイシーの奴隷。そして俺は、ケイシーの上に位置すると理解しろ』

「わかりました」

『よし、それでいい』

「よくない」


 もめる魔術師と使い魔のはざまで、アルベルトはなんとか立ちあがる。


「では、あらためて名を告げる。私の名前はケイシー。あんたのご主人さま、ケイシ―ボーン。こっちは使い魔のカーズ。私が魔術師。私のほうが偉い。私が一番」


『こんなんだが、お前よりふたつも年上の、お姉さんだ』


「えぇ!? 年上!?」

「えいっ」

「ぎゃあぁぁぁーー!!」


 激痛がはしり、のたうちまわるアルベルト。


『行くぞ、ケイシー』

「とっとと起きなさい、アルベルト」


 使い魔と、新たに奴隷を引きつれて、我が道をすすむ。才能あふれるギフト持ちの魔術師にして、使い魔に叱られる残念な魔術師、ケイシー。

 彼女は、世界を旅する。

 いずれきたる異世界人との戦いにむけて、強きスケルトンとなりうる人材を探す旅である。


 混沌をもとめる神々に愛され、恩寵を授かる、能力はすごい魔術師、ケイシー。


 ときどき雰囲気を出したがる。

 周りがみえない。

 使い魔に注意される。

 使い魔のほうが賢い。

 ときどき杖をふりまわす。

 話を聞かない。

 聞いてもすぐに忘れる。

 考えずに行動する。

 ろくなことしか考えない。

 油断する。

 とにかく失敗する。

 才能はすごい。

 すごい才能を無駄にする。

 友だちがいない。

 使い魔に叱られる。

 使い魔の世話になりっぱなし。


 こういうところが、高ポイントとなって評価されている。


 ケーシーボーン、十七歳。

 この小柄なポンコツ娘は、混沌をもとめる神々に、とても気に入られている。

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