死霊術師(悪役たりえず)
1
千年の歴史をもつ最古の国、アルファ王国。
その地にて、異世界人を召喚する、儀式の準備が進んでいるという。
その噂をきいた、多くの民衆が希望を抱き、多くの者たちが夢をみた。しかし、すべての人間が異世界人の到来を喜んだわけではない。
世界には様々な人間がいる。
秩序をもとめる神々を信仰する人々のほかに、混沌をもとめる神々を信仰する者たちがいる。本来、善神や悪神といった区別はない。忌避されるべき神など存在しない。しかし、醜い欲望さえも肯定する神々がいることも確かであった。
人間は、ときにモンスターよりも残酷で、愚かな獣となる。
己の欲望を満たすために、平然と他者を犠牲にする。そのような人間たちが、己の栄華をもとめて、混沌をもとめる神々に祈りをささげた。世界に混沌が生じれば、神々の力を授かると信じている。かつて世界の秩序を崩壊させたとされる魔王は、彼らにとって尊ぶべき存在であった。
彼らは、神代のダンジョンに封印されし、魔王の復活を望んでいる。
異世界人の召喚がどのような影響をおよぼすのか。
傲慢に解釈して捨ておく者。
苦々しく受けとり熟考する者。
試練ととらえて行動をおこす者。
彼らに共通するのは、己の利を求め、他者を利用することだけである。
2
死霊術師。
それは死をつかさどる最凶の魔術師。
闇系統の魔術のなかでも、ギフトがなければ習得は不可能とされている、恐るべき魔術をあつかう存在。
混沌をもとめる神々の、恩寵を授かりし者である。
アルファ王国に、夕闇が迫る。
王都の西門において、沈む太陽の光を背に、ひとりの魔術師がたたずんでいた。
闇色のローブをまとっている。
背丈をこえる杖の先に、黒羽の鳥が止まっている。
闇系統の魔術師と、その使い魔であることは、子どもであっても察しがつく。
敵に回せば、どのような呪いをかけられるか、知れたものではない。このように美しい鳥を使い魔とする、優秀な魔術師を襲うものは、まずいないだろう。たとえ見た目が、ただの小娘であっても。
「ふっ、ついに来たわ……この私が」
ひとりの小柄な娘が、門をくぐった大通りの、真ん中に立っていた。
こういう田舎者も時々いるため、王都を出入りする、人々の流れは止まらない。誰もなにも言わず、関わり合いになろうとはしない。大型の車が通らないかぎり、あるいは、身内や仲間でもないかぎり。
『いいから歩け、ケイシー』
念話である。
娘のほかには、「カァー」という、鳴き声しか聞こえない。
忠告したのは杖のうえに立つ黒羽の鳥。
娘の使い魔である。
「口が悪いわ……主人である、このケイシーボーンに対して」
この小柄な娘は、闇系統の魔術をあつかう、ギフト持ちの魔術師であった。
この世に未練をのこした者がいる。その遺体を白骨化させ、骨にふたたび魂を宿らせることで、恐れを知らぬ不死の戦士、スケルトンをつくりだす。それを操り、使役する。スケルトンの戦闘力は、生前の強さと、魔術師の力量に左右される。
娘は、スケルトンをつくり、使役することのできる死霊術師でもあった。
混沌をもとめる神々の恩寵を授かりし者。
黒羽の鳥を使い魔とするほどの、才能にめぐまれた魔術師であった。
『はっ、スケルトンしかつくれねぇ半端者の分際で、主人面してんじゃねえよ』
使い魔のほうが立場が上という、めずらしい魔術師でもあった。
『このポンコツが』
夕闇が迫る王都に、黒羽の鳥が舞う。
その鳴き声の下では、己の背丈をこえた杖をふりまわす、小柄な娘がいた。
3
ケイシ―は、中級の宿に泊った。
もちろん、使い魔である黒羽の鳥もいっしょである。
死霊術師は、どの国においても危険視されている。かつてひとりの死霊術師が、不死の軍勢をつくりあげ、世界征服を企んだという歴史があるのだ。
国によっては、見つけ次第つかまえて、処刑をおこなうという。
異世界人の召喚という大切な儀式をひかえる、アルファ王国においても、見つかればどのような目にあうかわからない。
才能あふれるギフト持ちの魔術師であり、死霊術をつかえないこともないケイシーが、なぜ、危険をおかしてまで、王都にやってきたのか。
「召喚の儀式なんてさせない……この私が」
異世界人召喚の儀式を阻止するためである。
しかし、いったいどうやって妨害するというのか。
彼女の頭のなかに、具体的な策はなかった。
「どうすればいいとおもう?」
とりあえず動き出し、あとで使い魔に丸投げするのが、彼女の流儀である。
『声に出すな、ケイシー』
「どうして?」
『聞かれていい内容じゃねえだろ』
鳴き声をあげずに念話をおくる使い魔。
鳥の声は騒音にしかならないが、なると宿に迷惑がかかる。
彼は周りを気づかえる、賢い鳥なのだ。
『とにかく情報取集だ。今夜にでも、俺が様子を探ってくる』
『わかった。それじゃあ、私はなにをしようか』
『なにもするな』
「えっ?」
『いいかケイシー、お前は、なにもするな』
主人を支える賢い鳥は、子どもでもわかるように言ってきかせる。
『異世界人召喚の儀式は、神代の時代から力を継承してきた、神殿の巫女がおこなう神事だ。アルファ王国の王族や貴族なんて飾りでしかない。
儀式がどういったものなのか。異世界人とはなにか。
それらを知るのは継承者である巫女か、隠居した先代の巫女しかいない。
その女たちこそ、アルファ王国が誇る千年の歴史だ。
それ以外の情報に価値はない』
娘はうなずく。
前にも聞いたはずだが、きっと忘れている。
『どうすれば儀式の邪魔をできるのか……必要なアイテムを盗めばいいのか、呪いをかければよいのか……最悪、継承者である巫女がいればそれでいいって可能性もある。そうなると、巫女を始末しないかぎり儀式の妨害は不可能となる。
それらを探るためには、巫女のいる神殿に近づくしかないが……危険すぎる。聖王国の教会か、あるいはそれ以上に危険な場所だ。近づけば一発で、死霊術をあつかえると見抜かれるだろう』
危険なのは、闇の魔力をおびた使い魔である、彼も同じこと。
しかし、彼はただの賢い鳥ではない。
闇夜を舞い、闇夜を味方につける、美しき黒羽の鳥である。
『俺なら逃げきることはできる。そのまま王都を離れるだろうから、三日たっても俺が戻らなかったら、ケイシーも王都から撤退しろ』
彼は、嘴を器用につかって窓を開け、窓枠を蹴って飛びあがる。
『いい夜だが、お前は眠りな、ケイシー。あと、窓はちゃんと閉めとけよ』
少し過保護なところもある使い魔は、巫女がいる神殿を目指した。
彼は、ケイシーが大人しくしていることを祈っていたが、部屋に残された娘は、窓を閉めながら考えていた。
情報収集といえば、やっぱり酒場よね、と。
4
ケイシ―は、馬車に揺られていた。
檻のなか、手足には枷がはめられ、首には奴隷用の魔道具がはめられている。
周りには、彼女と同じように枷をはめられ、奴隷の首輪をつけられた人間たちがいた。陰鬱で、瞳に輝きがない。生きる気力を失っている。
王都の外にいた。
夜間は出入りできないはずだが、どこかに運ばれているらしい。
眠りから目覚めたケイシーは、とにかく経緯を思い出すことにした。
そう、宿のなかだった。
彼女はめずらしく、自分で考えていた。
闇系統の魔術師ともなると、相手の口は重くなるだろう、と。
彼女には経験があった。
興味本位で酒場に出向き、ひとりでミルクを飲むという経験が。
だれにも声をかけられなかったものの、使い魔はいたし、さみしくはなかったし、周りから聞こえてくる会話はおもしろくもあった。
それはそれで楽しいのだが、今回は積極的に情報を集めたかった。
そこで、彼女は着がえることにした。マジックバッグに、旅のあれこれと闇色のローブ、杖をしまいこみ、中から普段着を取り出した。それなりにいい服であり、これを着て出歩けば、裕福な商人の娘にしか見えないだろう。
盗難防止の魔術をしかけたマジックバッグをのこして、彼女は宿をはなれた。
ケイシーの考えは間違っていなかった。
魔術に長けるものでなければ、彼女が魔術師であるとは見抜けなかった。
つまり、ただの不用心な小娘にしか見えなかった。
王都は、治安のよい都市ではあったが、犯罪者はどこにでもいる。
「そこのお嬢ちゃん、ちょっと手を貸してくれないかい?」
「えっ? いやだけど?」
酒くさい中年オヤジに声をかけられ、油断したところを別の男たちに襲われて、気を失った。
そして現在、馬車で運ばれている。
檻に入れられ、手足には枷がはめられ、奴隷の首輪がはめられている。
ケイシーはゆっくりと鉄格子に手をかけ、かるく頭を打ちつけた。
彼女は悔やみ、焦っていた。
魔術を封じられているわけではない。いざとなったら逃げられる自信もある。ただ、また使い魔に怒られ、罵倒されるかと思うと、落ち着いてなどいられない。
なんとかうまい言い訳はないものかと、彼女は焦りまくっていた。
何度となく、鉄格子に頭を打ちつける。
「そのくらいでやめときなよ」
狂気じみた娘に声をかけたのは、となりにいた若者だった。彼にしてみれば、ケイシーは自分より年下の女の子にみえる。気力は失えど、小さい女の子の自虐行為は、みるにたえなかった。同じ境遇にありながらも、彼は、見知らぬ相手を心配することができたのだ。
「うるさい」
うるさいのはケイシーのほうだが、本人にその自覚はない。
気づかいを罵倒でかえされ、繊細な心を傷つけられた若者のおかげで、ケイシーの思考は切り替わった。
「そう、とにかく情報収集……」
ケイシーは、声をかけてきた若者に目を向ける。
体格はいい。金持ちにはみえない。道端で襲われたわけではなさそうだ。どこぞの農村の、次男か三男あたりだろう。冒険者にあこがれて王都に出向き、借金にまみれて奴隷に落ちた。そんなところにちがいない。
彼女は決める。
とりあえずこいつから、現状を説明させよう、と。
5
奴隷商人が率いる一団は、予定どおりの行程を進んでいた。モンスターが兇暴化する、夜間を旅するものはまずいない。自分たちも危険ではあるが、非正規の奴隷も多いため、人目を避けて移動する必要があった。
護衛は十分に数をそろえている。
問題はない。
「予定どおり、ここで休憩をはさむぞ」
森に囲まれた、ひらけた土地で一団は止まった。
奴隷商人やその部下、護衛たちが火を焚き、食事のための準備をはじめる。
見張りと食事は交代制。
檻に入れられた奴隷たちに、分け前はない。
「ちゃんと見張っとけよ」
「モンスターだけじゃねえぞ、野盗にも注意しろ」
「ここらにいた盗賊団は、このまえ壊滅したって聞いたぞ?」
「そうなのか?」
「見まわしたところで死体なんか見つかるかよ。どうせ、モンスターが食い散らかしてる」
「残っていても骨ぐらいか」
『……それはいいことを聞いた』
無駄に念話をおくるケイシ―。
彼女は静かに魔力をめぐらせ、語りかけ、呼びよせていた。
腰をおろした護衛たちが、気を緩めようとしたとき、敵襲が告げられる。
森から姿を現したのは、グレイウルフの集団。
鋭い爪と牙をもった獣型のモンスターが、群れをなして襲いかかる。
さらに奥から、緑色の肌をもつ小型の鬼、ゴブリンの集団があらわれる。
「なぜだ!? こんなに、一気に!?」
それでも、護衛たちは落ち着いていた。
雇い主である奴隷商人たちを一ヵ所に集めて、周囲をかためる。商品である奴隷たちは、檻に守られているようなもの。馬もおびえて動かない。モンスターは家畜も襲うが、人間がいればそちらを優先して襲う性質がある。そちらに気を配る必要はないと断じた。
彼らは中級程度の冒険者であり、数もそろっていた。
守備に徹すれば問題はない。
ダンジョンでの戦闘にくらべれば、この程度の敵はどうにでもなる。
少しずつ削り、状況を打開する。
「たしかにおかしい……これは、何者かが呼びよせているとしか思えない」
護衛のひとり。
魔術師である彼は、闇系魔術師の存在を疑う。
探せば、あとは容易だ。
馬車に積まれた檻のなかにいる小娘が、魔力を練りあげていると気づく。
「あいつだ!! あの小娘が呼びよせてやがる!!」
『気づいたようね。でも、もう遅いわ』
念話では誰にも伝わらない。
それには気づかず、魔力を放出するケイシー。
すさまじい魔力であることは、魔術師でなくとも理解できた。
優越感から笑みを浮かべるケイシーに、焦りと怒りを感じた奴隷商人が、部下に命じて、檻の鍵を探させる。また、檻のなかにいる奴隷たちに、そいつを殺せと命じた。
「馬鹿な!? どうして首輪が反応しない!?」
主人の命令によって激痛がはしる。
首にはめられた奴隷用の魔道具が、なぜ起動しないのか。
『彼らの所有権は、すでに私の手のうちにある』
またも念話。
まったく会話が成り立たない。
そしてそのことに気づかないケイシー。
それでも彼女は、才能にあふれる、ギフト持ちの魔術師であった。正当ではない手段ではめた奴隷用の魔道具など、彼女の手にかかれば簡単に外せるし、書き換えもできる。移動しているときから、こそこそとやっていたのだ。
カタカタ。
カタカタ。
戦闘音にまぎれて、森の暗闇から、不吉な音が聞こえる。
カタカタ。
カタカタ。
糸で操られた人形のように、骸骨たちの行進がつづく。
「スケルトンだと!?」
「そんな馬鹿な……まさか、あの小娘、死霊術師か!?」
「ふざけるなっ!? そんな高等魔術師が、なんで奴隷に混じってやがる!?」
奴隷商人や護衛たちは、自分たちが狡猾な罠にかけられたと考えた。
まったくの誤解であったが、いまはそれどころではない。
カタカタ。
カタカタ。
恐れを知らぬ、不死の戦士たちが襲いかかる。
向けられたボロボロの剣を、剣士である護衛がはじきとばし、その流れでスケルトンを斬り裂く。ものすごく簡単に、斬り裂いてしまった。ほかの護衛たちも、モンスターの攻勢を警戒しつつ、それぞれスケルトンを破壊していく。
「えっ!? 弱い!?」
「弱っ!? なんだこのスケルトンども、すっげぇ弱い!?」
「杖がないからっ! 杖があったら全然ちがうからっ!!」
ようやく声をあげ、必死に言い訳をするケイシー。
スケルトンの強さが、魔術師の力量に左右されることは、じつはそんなに知られていない。
彼女はさらに魔力を高めた。
膨大な魔力をみせつけて誤魔化そうとしていた。
破壊されたはずのスケルトンたちが、もとに戻っていく。
どれだけ弱くとも、破壊されるつど修復され、戦線にもどる、不死の戦士。
相手にとっては恐怖でしかない。
魔術師をどうにかすればよいのだが、彼らの周囲は、モンスターとスケルトンたちに囲まれていた。
「魔術だ! ほかの奴隷ごと、あいつを殺せ!」
リーダー格の男が叫んだ。抗議する雇い主を無視して、ふたたび叫ぶ。しかし、護衛の魔術師は理解している。あの恐るべき魔力をもつ死霊術師を、自分の魔術でたおすことはできない。
「撤退だ!」
包囲の一角を崩そうとして、護衛だったものたちが攻勢にでた。
防衛陣が崩れて、モンスターが一気に攻勢にでる。スケルトンも地味に襲いかかる。弱いものから死んでいった。奴隷商人の部下がたおれ、主人もたおれ、護衛だったものも負傷を追い、見捨てられて息絶えた。
包囲網から脱出できたのは、二人だけだった。
彼らはそのまま、来た道を走り去った。
「まあ、こんなもんか」
気のぬける声とともに、スケルトンたちが崩れていく。
血臭ただよう殺戮現場。
そこに残されたのは、檻の中の奴隷たち。
彼らは震えていた。
周囲にはモンスターの群れがいて、檻のなかの、獲物たちを狙っている。モンスターに喰い殺される恐怖をまえにして、彼らは、自分たちが生きていることを思い出した。
「いやだ! 死にたくない!!」
ひとりが叫び、悲鳴が飛びかう。
失っていた、生き残ろうとする力があらわれる。
檻の中央で押しあう奴隷たちとは別に、ケイシーはひとり、魔力を高めて宣言する。
『我、混沌をもとめる神々を信仰する者。
混沌をもとめる神々の恩寵を授かりし者。
地元のモンスターは、だいたい友だち』
最後は嘘である。
ケイシーに友だちなどいない。
それでも、敵に回すべき存在ではない、ということはモンスターに伝わる。モンスターの群れは、遺体とともに、森の奥へと姿を消した。
ケイシーは考える。
ふたり逃したが、奴隷商人は始末した。ならばつぎは、王都で自分を襲ってきた連中に復讐を果たすべきだろう。王都に戻らねばならない……。さっきのふたりが、王都方面へ逃げたのは好都合だ。
とりとめなく考えながら、とりあえず檻から出る。
「できるだけ早く王都に帰らないと……あれが戻らないうちに」
使い魔にバレないうちに、王都の宿にもどりたい。
ケイシーは檻のなかの、おびえる奴隷たちをみる。馭者ができるものはいないだろうか。じっとみて観察するが、彼らは、この惨劇をもたらした死霊術師である、小柄な娘に恐怖していた。ケイシーがひとことでも話しかければ、パニックを起こしそうな気配がある。
ケイシーはうなった。
どうしよう、とりあえず記憶を消しておこうか、と決めかけたとき、ひとりの若者が、すこしだけ彼女のほうに近づいた。
「俺は、死ねない」
情報を吐かせた若者であった。
身体を震わせてはいるが、それでも、瞳には光があった。
奴隷には似合わない、生きる気力が。
生き残ってやるという強い意思が。
「俺は! 巨乳のお姉さんとエロいことをして!! 英雄になるんだ!!!」
誓った目標が。
熱い情熱が。
夢が。
混沌となり、アルベルトという名の若者を動かし、叫ばせていた。
「……順番おかしくない?」
『頭がおかしいんだ、ケイシーと同じくらいな』
びくついたケイシーの横に、どさりと何かが落ちてきた。
マジックバッグ。
王都の宿に置いたはずの、彼女のマジックバッグである。
そのうえに、黒羽の美しい鳥が、ばさりと舞いおりた。
『俺が目を離した短時間で、どうしてここまで迷惑をかけられるんだ? あぁ?』
これから帰るところだったとか、べつに迷惑をかけたわけじゃないとか、語れば語るほど悪化する、使い魔の心象。
黒羽の鳥は念話のため、人間に、くわしいやり取りはわからない。
ただ、地面に正座して状況を報告する小柄な娘が、鳥に叱られているとしか想像できない。
『死霊術師の存在がばれてるじゃねえか! わかってんのか!? そいつらがまともに報告したら、賞金をかけられて追いまわされるんだぞ!』
「悪人面だったしー。だいじょうぶだと思うしー。なんだったらいまから追いかけるしー」
カァー、と鳴き声をあげる鳥が恐ろしいが、じっとしてはいられなかった若者、アルベルトがたずねる。
「……きみは、俺たちを、どうする気だ?」
「えっ? べつに、どうもしないけど?」
「殺さないのか? 死霊術師であると、知られたのに?」
「あとで記憶をいじるから」
「どうにかするんじゃないか!」
「そんなことより、このなかに馭者ができる人っていない?」
王都に戻ると告げたケイシーを、使い魔がとめる。
『やめとけ。王都は危険だ』
「なんで?」
『あの巫女はだめだ。俺たちの手におえる相手じゃねぇ。聖王国の教皇でも、もう少し可愛らしいだろうよ』
「ちゃんと逃げられたじゃない」
『見逃されただけだ。そうでなければ死んでいた』
ここまでいうからには、ほんとうに危険なのだろう。
ケイシーは使い魔の忠告に従い、王都から離れることにした。
6
朝になって、馬車は動き出した。
奴隷から解放された人々が、ケイシーに手を振って感謝をあらわしている。
彼らのなかに、ケイシーが死霊術師である、という記憶はない。彼らにとってのケイシーは、奴隷商人、モンスター、野盗から救ってくれた恩人であり、それを為すだけの力をもった、優れた魔術師であった。
そう、彼らにとってケイシーとは、たまたま襲撃現場にあらわれた、美しすぎるというくらいしか欠点が見つからない、最高の魔術師なのである。
彼らのなかには、馬車をうごかせる者がいた。
護衛たちがもっていた武器をつかい、モンスターを追い払うていどの力をもつ、冒険者崩れもいた。
そして、彼らのなかに、アルベルトの姿はなかった。
「……なんで、俺だけ奴隷のままなのでしょう?」
「さあ? なんでなの?」
後半は使い魔にたずねている。
アルベルトだけ記憶をいじらず、奴隷としてケイシーと同行する。
ケイシーは使い魔のいうことを実行しただけだ。
『俺だけじゃあ、ケイシーの面倒をみられないと理解したからだ』
文句をいうケイシーが通訳をしないため、アルベルトには伝わらない。
黒羽の鳥は、ケイシーのもつ杖から、アルベルトの頭のうえにのった。
魔力が流れて、アルベルトに伝わる。
『聞こえるか?』
「おおっ、なんか聞こえる」
『これが念話だ。これからは俺のいうことを聞き、速やかに理解して実行しろ』
「使い魔なのに、すごく偉そうだ」
『ケイシー』
「えいっ」
「ぎゃあぁぁぁーー!!」
奴隷の首輪が反応して、アルベルトが地面をじたばたと暴れる。
『お前はケイシーの奴隷。そして俺は、ケイシーの上に位置すると理解しろ』
「わかりました」
『よし、それでいい』
「よくない」
もめる魔術師と使い魔のはざまで、アルベルトはなんとか立ちあがる。
「では、あらためて名を告げる。私の名前はケイシー。あんたのご主人さま、ケイシ―ボーン。こっちは使い魔のカーズ。私が魔術師。私のほうが偉い。私が一番」
『こんなんだが、お前よりふたつも年上の、お姉さんだ』
「えぇ!? 年上!?」
「えいっ」
「ぎゃあぁぁぁーー!!」
激痛がはしり、のたうちまわるアルベルト。
『行くぞ、ケイシー』
「とっとと起きなさい、アルベルト」
使い魔と、新たに奴隷を引きつれて、我が道をすすむ。才能あふれるギフト持ちの魔術師にして、使い魔に叱られる残念な魔術師、ケイシー。
彼女は、世界を旅する。
いずれきたる異世界人との戦いにむけて、強きスケルトンとなりうる人材を探す旅である。
混沌をもとめる神々に愛され、恩寵を授かる、能力はすごい魔術師、ケイシー。
ときどき雰囲気を出したがる。
周りがみえない。
使い魔に注意される。
使い魔のほうが賢い。
ときどき杖をふりまわす。
話を聞かない。
聞いてもすぐに忘れる。
考えずに行動する。
ろくなことしか考えない。
油断する。
とにかく失敗する。
才能はすごい。
すごい才能を無駄にする。
友だちがいない。
使い魔に叱られる。
使い魔の世話になりっぱなし。
こういうところが、高ポイントとなって評価されている。
ケーシーボーン、十七歳。
この小柄なポンコツ娘は、混沌をもとめる神々に、とても気に入られている。




