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農村の若者(モブ未満)



 千年の歴史をもつ国家、アルファ王国。

 その地にて、異世界人を召喚する、儀式の準備が進んでいるという。


 街や村々を移動する、旅人や商人、冒険者や吟遊詩人たちによって伝えられた噂は、モンスターにおびえる民衆に希望の光をもたらした。


 近年、モンスターの襲撃が増えており、世界各地で新しいダンジョンが確認されている。暗黒時代の到来を予感させる状況に、封印された魔王の復活がささやかれていた。

 人々は求めていたのだ。

 時勢をくつがえすことができる、英雄の存在を。


 異世界人。

 それは英雄の資質を秘めた存在。

 かつて魔王を封印した、英雄のなかの英雄こそ、召喚された異世界人である。 


 異世界人とともにあれば、我々は魔王にさえ勝利できるだろう。

 兵士たちは情熱を胸に鍛錬に励んだ。


 異世界人とともにあれば、我々はいかなるダンジョンをも制圧できるだろう。

 冒険者たちは野望を胸に酒をあおった。


 モンスターの恐ろしさを知り、己の力量を知っている熟練の戦士たちでさえ、夢をみるのだ。英雄にあこがれる若者たちの夢を、いったい誰が止められるというのだろう。





 アルファ王国内にある農村に、十五歳の誕生日をむかえる少年がいた。

 名前はアルベルト。

 クワを高々とかかげながら、アルベルトは宣言した。


「俺はアルファ王国の兵士になる!」


 同世代のなかでは、それなりに優秀な少年だった。

 体格に恵まれ、俊敏さが上昇するギフトをもっている。モンスターの襲撃があれば、村長がやとった冒険者たちの後方で、父親といっしょに槍をかまえるほどである。報酬を受けとった冒険者から、素質はあるぜ、とおだてられたこともある。

 農村にいる少年たちのなかでは、一番の強者だった。


 宣言をきいた同世代の少年たちは、「すごいなー」「アルベルトならいけるぜ!」と声をあげた。年下の子どもたちはパチパチと拍手をした。女の子たちは「かっこいいー」と喚声をあげた。


「兵士になって、異世界人のパーティーに入る!」


 魔王復活の噂にびくついていたことなど、アルベルトにとっては遠い過去の出来事。物語のなかの英雄が誕生するという噂をきき、モンスターを倒しまくる英雄の姿を想像していると、幼いころの気持ちがよみがえった。

 英雄になりたい。

 自分でも英雄になれるのではないか。

 自分が英雄になれないはずがない。


「俺は、英雄になる!」


 少年少女の声援をうけて、アルベルトの夢は目標になった。


 アルベルトの父親と母親は、兵士になりたいという息子の願いを聞きいれた。彼は長男であったが、弟がふたりいたので、あと継ぎには困らない。

 ギフト持ちの健康な若者ならば、見習い兵士になれるのは確実だ。

 兵士になれば食べるものに困りはしない。

 命を危険にさらす職業だが、誰かが戦わなくてはならないのだ。

 アルベルトならば、戦士として名をあげることもできるかもしれない。


「いいかアルベルト。冒険をするなとはいわんが、無茶だけはするな。冒険と安全の境界線上に、成功があるのだ。モンスターと戦闘になったら、生き残ることを第一に考えろ」


 冒険者としてダンジョンにもぐっていたこともある父親の言葉。

 いい返事をしたアルベルトだったが、夢がつまった頭には、まったく入っていなかった。





 アルベルトは、村に立ち寄った商人の馬車にのって、王都に向かう。


 商人への謝礼は村長が支払った。兵士として活躍するかもしれない村の若者、アルベルトへの投資の意味もあるが、理由は他にもある。


「ドキドキするね、アルベルト!」

「へっ、いまから緊張してどうすんだよ」


 アルベルトには同行者がいた。

 村長の三男で、名前はジョルジュ。

 彼はアルベルトより三つ年下の、十二歳。身長が低くて、ぷにぷにとやわらかく、可愛い顔をしている。村の女の子たちに女装させられ、泣かされることもある男の子だ。


 彼は王都にいる魔術師のもとへ行く。

 彼が無事にたどりつけるようにと、アルベルトは村長から頼まれていた。

 馬車の運賃は、その依頼料でもあった。


 村長の息子とはいえ、三男では後継ぎになれない。新たな土地を耕すにしても、モンスターの襲撃があり危険が大きい。では、ジョルジュになにができるだろう。

 力はないけれど健康ではある。

 アルベルトにはできない、文字の読み書きができる。

 なにより三年前、村長といっしょに王都へ行ったとき、とある魔術師から、修業をしてみないか、と誘われた経験があった。魔術師と村長は手紙のやりとりをしており、ジョルジュが望むならいつでも歓迎しよう、とまで書かれていた。


 ぼくが魔術師になれるだろうか?

 悩んでいたジョルジュであったが、アルベルトの情熱にあてられたこともあって、ついに王都ゆきを決意した。

 父親である村長は、悩ましげな表情をしながらも、魔術師に手紙を書いておくり、アルベルトに付き添いを求めたのだ。


「魔術の修業をがんばったら、ぼくも英雄になれるかな!」

「泣き虫ジョルジュには難しいんじゃないか?」

「もう、アルベルトまでそんなこといわないでよ!」


 からかいたくなる、かわいい弟分であった。

 ジョルジュと未来を語りあいながら、アルベルトは王都へと旅立った。





 故郷の農村を朝に出て、王都に到着したのは夕方になる。


 ジョルジュは二度目だが、アルベルトは初めての王都。農村にはない建造物の森に圧倒されて、しばらくは口を開けっ放しだった。

 もっとも、農村からやってきた若者の反応など似たようなものであり、めずらしいものでもない。

 多くの人々が流れるように、立ち止まる少年をさけて進んでいく。


 あたりをきょろきょろと見まわし、いっこうに落ち着かないアルベルトの手をつかみながら、父親から渡された地図を読みとくジョルジュ。


「すげえな!」

「いいから行くよ!」


 まったく役に立っていないようだが、アルベルトがいなければ、ジョルジュは道端でぶるぶると震えていただろう。彼がいるからこそ、ジョルジュは安心して道を歩けるのだ。


「今日はもう遅いから、宿を見つけて泊まろう」

「俺は初めからその予定だけど、ジョルジュはいいのか?」

「暗くなると場所がわかりづらいし、遅くなったら失礼だし……それにアルベルトが心配だからね」


 王都についてから立場が逆転している自覚はある。アルベルトは言い返せない分、ジョルジュのぷにぷにほっぺをひっぱった。


 宿屋、武器屋、雑貨屋など、文字が読めなくてもわかるように、看板は絵で表現されている。一泊食事つきで値段がいくらなのかは尋ねればよい。

 アルベルトとジョルジュは安全そうな安宿を選び、粗末な食事を楽しんだ。





「ここなのか?」

「うん、ここみたい」


 地図に示された魔術師の家は、貴族街の近くにある豪邸であった。

 ふたりの門番に、ジョルジュの名前をつげて、不思議な紋様が描かれた紙をみせた。それは村長におくられた手紙に挟まれていたものであり、屋敷の者に見せるようにいわれていたものだ。

 門番のうちのひとりが、すぐに屋敷内に走った。


「なあ、ジョルジュ。お前を誘ってくれた魔術師って、ものすごい人なんじゃないか?」

「……どうしようアルベルト。ぼく、なんだか怖くなってきたよ」


 三年前に道端で会ったきりの人物。会ったといっても、ジョルジュは父親の後ろに隠れていただけだった。

 九歳の少年にとって、大人の会話は難しすぎた。

 もらったお菓子に夢中になり、はしゃぎ過ぎて疲れてもいたので、すぐに眠ってしまい、どんな人物だったのか、まったく記憶に残っていない。


 父親にたずねても、会えばわかるの一言だけ。想像だけがふくらむ。馬車で揺られながらの会話でも、王都の宿屋での会話でも、「ぼくの御師匠さま」、がもっとも盛り上がる話題となっていた。


 ギフトをもたない少年を誘うぐらいなので、そんなに立派な魔術師ではないだろう、という意見で一致していたのに、王宮に出入りするような大物がでてきそうだ。のどかな気風で知られる国だが、無礼があれば殺されてもおかしくはない。

 正解が間近に迫っている。

 ジョルジュはぶるぶると震え、アルベルトは汗をだらだらと流していた。


 屋敷内に走った門番をつれて、紫色のローブを身につけた人物があらわれる。


 女性であった。

 美しく艶やかな、大人の女性であった。

 ローブを着ていてもわかる、ばいんばいんのお姉さんだった。

 

「ひさしぶり、ジョルジュくん」


 魔術師の女は、挨拶のさなかに少年を抱きしめて、ばいんばいんなところに顔を押しつける。ジョルジュは懸命にもがいたが、解放する気はまったくない。あぶない笑みを浮かべている。


 魔術師ディバレー。

 アルファ王国の外にも名を知られる、若き天才魔術師である。

 魔術に特化したギフトを持ち、モンスターの軍勢を単独で殲滅するほどの実力を誇る。異世界人が召喚されたならば、先導役となって英雄を育てあげるであろう。

 彼女は強く美しく、有能であった。

 ギフトと魔力だけの存在ではなかった。

 知性と想像力、そして忍耐を兼ねそなえた才女であった。

 彼女ならば可能なのだ。

 九歳の少年を一目みただけで、十二歳から十六歳ぐらいの姿を想像することが可能であり、もしかして未来の恋人ではないかと夢想することも可能であり、自分好みの理想の旦那さまに育てあげる計画を立案したうえで、その成長を待つことも可能なのだ。

 欲しいものは必ず手に入れる女でもあった。

 有能である彼女は、当然、お金も持っていた。

 村を守るために冒険者を雇わねばならない村長は、彼女の思惑をだいたい理解したうえで、彼女のもとに愛すべき息子を送りだしていた。きちんと魔術の修業はすると確約をもらっていたし、このままいったら村の娘たちに似たようなことをされそうな予感もあった。集団でもみくちゃにされるより、たぶんまだマシであろう。

「許せ、ジョルジュよ」

 父である村長は、何も語ることなく、愛すべき息子を、売ったのだ。


 そんな事情を知らないアルベルトは、呼吸ができずに苦しむジョルジュよりも、ばいんばいんから目が離せない。


「もう、ずっと待っていたんだからね。これからはお姉さんが、手とり足とり、なにからなにまで教えてあげる。とりあえず、いっしょにお風呂に入りましょうか」


 そのまま敷地内へ連れ込まれんとするジョルジュ。


「……! ぷはっ、はあ……ちょっと、待ってください。待って、助けて! アルベルトー!! アルベルト!? どうしたの!? 血が!? 顔が血だらけじゃないか!?」


 短い時間でいろんなことを想像したアルベルトは、鼻からの出血が止まらない。

 片手で出血を押さえつけながら、心配そうな弟分に告げる。


「俺のことなら気にするな」

「気にするよ!! すっごく気になるよ!!」


 ジョルジュが暴れ、魔術師ディバレーは我に返った。





「仕方ねえよ。あれは仕方ねえ」


 ふたりの門番になぐさめてもらったアルベルトは、魔術師ディバレーの屋敷をあとにした。


 ジョルジュとは別れの挨拶をすませたし、魔術師ディバレーからも、

「ご苦労さま」

 という簡潔なねぎらいの言葉を頂戴した。村長との約束を果たし、鼻血も止まったいま、アルベルトが向かうべきは兵士訓練場である。


「そこでは常時、兵士が募集されている……」


 アルベルトは、そこに向かうはずだった。


 ギフト持ちの健康な若者であるアルベルトならば、間違いなく審査に合格し、見習い兵士となり、兵士宿舎へと案内されるであろう。それからはじまる訓練の数々。当然、規則は厳しいはずだ。読み書き計算ができるように勉強だってしないといけない。

 余裕などない。

 遊んでいる余裕など、一時もない。

 猛烈に励んだとしても、娼館に遊びに行けるのは、いつになるかわからない。


「……いいなあ、ジョルジュ」


 うらやましかった。もうすでに頭のなかはエロいことでいっぱいだった。ばいんばいんのお姉さんに色々なことをされてしまうであろう弟分がうらやましく、同時に、焦燥感に駆り立てられた。


 大人の階段をのぼらんとする弟分に対し、自分はどうだろう。

 兄貴分として負けてはいられない。

 ここはいますぐにでも、娼館に向かわねばならない。





 アルベルトは王都内を歩きまわり、娼館のあつまった色街をみつけた。


 娼館にもランクはある。下層の娼館ならば、手持ちの資金でどうにかなったかもしれないが、アルベルトは負けたくなかった。魔術師ディバレーのような、ばいんばいんの美女を求めてしまった。


 溢れんばかりの性欲と、焦燥感に駆り立てられた若者の愚かな行動を、いったい誰が止められるというのだろう。

 それは王都の治安を守る、巡回中の兵士である。


 お金もないのに高級娼館に入ろうとして叩きだされたアルベルトは、見回りにきていた兵士に捕まった。とくに犯罪をおかしたわけではないが、これから犯しそうな雰囲気ではあったので、丸一日、留置場に放っておかれることになった。


 その後、留置場から出たアルベルトが、兵士訓練場に向かうことはなかった。


 牢内でいっしょだった酒くさい中年オヤジに、

「こんなとこに入れられた奴が、兵士の審査を通るとおもうのかい?」

 とだまされたのだ。


 酒くさい中年詐欺師は、落ち込んでいた世間知らずの若者を追いつめて、精神を弱らせたうえで、甘い言葉をささやく。途方にくれていたアルベルトは、信用してはならない人物を信用してしまい、儲け話にとびついた。


 借金を背負わされた若者は、非合法なやり方で、奴隷の身分にまで落とされた。

 檻のなか、ほかの奴隷たちとともに、馬車に揺られる。

 闇夜のなかをゴトゴトと、王都を離れ、遠くの街へと運ばれていった。

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