9話・夢じゃなかったのね?
「まあ。まあ。お嬢さん。そんな所に立ってないで、早く席についちゃって下さいな。お味噌汁が冷めちゃいますよ」
真部さんに促がされて、しぶしぶ友尊の隣の席につけば、こちらを見て愉しんでいる目とぶつかった。
「夢じゃなかったのね?」
ウンザリしたように呟けば、聞えたわけではないと思うが、真部さんが可笑しそうに言った。
「昨日のもしかしてあれは坊ちゃんの悪戯だったのですか? お嬢さんが慌てていらっしゃいましたよ。帰って来るなり早く早くと急かされて言ってみれば、そこには誰もいなくて…」
「済まぬ。つい… 」
「学校帰りの可愛い従妹を見て悪戯心が湧いたんですね? 奥さまから聞いてますよ。結構小さいときから、お嬢さんにちょっかいを出されていたって」
讃良が何も言わない事を良いことに、真部さんや、母には昨日のあれは従兄の友尊が悪戯で仕出かしたことにまとめられているようだ。
「まあ。本当にいけない人ね。友尊さんたら。昔からヤンチャではあったけど」
母が楽しそうに笑う。ここのところ寝付くことが多かった母がこうして、朝から朝食の席に姿を見せるのも珍しいことだが、いきなり現れた従兄の存在にこうして心を開いてるとは一体、友尊はどんな手をつかったのだろう? と、讃良は思った。
「それにしても災難でしたね。大学祭の催し物の準備で芝居の練習をしていたら、更衣室に置いてあった着がえや、お金とか無くなっただなんて。ねぇ奥さま」
「そうね。あんな格好で彷徨ってたら、不審者扱いされかねないものね。それにしても友尊さん。ここまでよくたどり着いたものね」
友尊が平安時代の扮装をして現れたことについては、このような見解になってるらしい。うまく考えついたものだ。
「記憶を頼りに来た。讃良の誘いもあったから…」
「あら。そうだったの? 讃良ちゃん?」
「わたしは別に誘ってな…」
母が弾んだ声を上げる中、友尊が意味深に讃良を見る。讃良が反論しようとすると、目の前に里芋の煮物が突き出された。口の中に押し込まれる。
「ちょっ………!」
涙目で抗議しようにも、口いっぱいに放り込まれた固形物を、噛みしめるしかない讃良を前にして、友尊は挑発するように微笑む。余計なことを言うなということらしい。
「讃良が羨ましい。いつもこんなに美味しいものが食べれて」
「まあ。友尊さん。お上手ね。どんどん遠慮なく召し上がってね。この煮物気に入ってもらったようで嬉しいわ。私が作ったのよ。この白菜の浅漬けもね。から揚げとサラダは真部さんのお手製なの」
「美味いっ」
友尊の反応に母が気を良くする。
「嬉しいわ。そんなに喜んでもらって。友尊さんは美味しそうに食べるのね。腕によりをかけたかいがあったわ。この子ったら最近、ダイエットとかであんまり食べてくれないんですもの。作りがいがないわ」
「ダイエット?」
「太ったから痩せたいんですって」
「お母さんっ」
讃良は恨みがましく言う母を軽く睨んだ。母はそんな讃良を気にすることなく、機嫌良く料理を頬張る友尊に、食卓に並んだ料理をすすめる。父は仕事柄、泊りがけの仕事が多く、現在は単身赴任中で家にはいない。いつも食卓を囲むのは、母と二人だけだ。
そんな状態で沢山の料理は必要ないと思う讃良は、予めおかずを食べる分だけ取り分けられるようにタッパか、大皿に用意してもらい、自分で食べる分を小皿に取り分けている。
余った分を翌日のお弁当のおかずに回してもかなりの量が余るので、冷凍庫にストックしたりしている。それが母には不満のようなのだ。
「そういえば友尊さん。あなたこれからどうするの? お金もないんじゃ大変でしょう?
これから。一人暮らしをしてるなら、毎日食事にも困るんじゃなくて? そうだわ。友尊さん。うちに来たら?」
友尊を気に入ったらしい母は、一押しする。