8話・だってこれは都合の良い夢でしょう?
「説明すると長くなるが… けしてこの部屋に忍び込んだわけではない。信じてもらえるかは分からぬが、余はこの世界とは違う世界から来た。鬼道で開いた道が、たまたまこの部屋に繋がった。まさか女人の寝ている真下に繋がってるとは思わなかった…」
友尊が気まずそうに言う。確かに彼の着ている衣服とかはこの時代のものではない。この世界とは別の世界から来たと言われれば、信じたくもなるが讃良は半信半疑でいた。
「鬼道?」
聞いたこともない言葉に困惑していると、友尊が屈んで、見て見ろとでもいうようにベットの下に促がす。恐る恐る近付いて覗いてみると、ちょうど讃良が寝ている足の位置の真下くらいに、マンホールくらいの穴がぱっくりと口を空けているのが見えた。
「ええっ。嘘。あれって穴? どうなってるの?」
「そなたにはあの穴が見えるのか?」
「見えるわ。けっこう大きい穴じゃない。どうしよう。あの穴からまさか、変なものとか飛び出して来ないわよね?」
「安心しろ。あの穴は鬼道によって空けた穴だから、術者以外には通り抜けることは出来ないし、他の者の肉眼では穴を見ることすら出来ない」
「そんな馬鹿な。じゃあ、どうしてわたしには見えるの? 信じられないわ」
「鬼道で空けた穴が、どうしてそなたにも見えるのかは分からぬが、触れてみたらどうだ?」
友尊に挑発されて、讃良はベットの下に近付いて穴に手を延ばすと、そこには確かに穴があいてるはずなのに、手には固いフローリングの床の感触が伝わった。
「穴がない? 見えてるのに?」
何度も何度も触れてみたが同じ事だった。目では穴の存在を認めてるのに、手に触れるのは木目の板だ。
「だから言っただろう?」
讃良の反応に、友尊は尊大な態度をとる。先ほどからなんだか讃良を見下した物言いをしてるが、あまりにも似合いすぎていて怒る気にもならない。讃良はなにがなんだか分からなくなって来た。
「これって夢よね?」
自分のベットの下に穴が空いていて、そこから別の世界に通じている。しかもその穴を作ったのが友尊で、彼はその穴を通ってやってきた。これが現実なら突拍子過ぎる。
「そうよ。現実であるわけがない。寝るのよ。わたし。そうよ。これは夢。夢なのよ。目が覚めたら何も無くなってるはず…」
讃良はぶつぶつと呟いて、布団を頭から被った。急に眠気が襲ってくる。
(そうよ。これは夢なんだから)
平安貴族のあの態度のでかい友尊も、偉そうな物言いは鼻につくけど、さよならするのは、ちょっともったいないことしたかな… と、考えながら讃良は目を閉じた。
「おい。おい。無用心ではないか。仮にも婚姻前の女人が見知らぬ男を前に警戒も無く…」
慌ててるような友尊の声もしたけど気にしないことにする。
(だってこれは都合の良い夢でしょ?)
讃良は即断で、逃避する事に決めた。
「あ──」
翌朝。起きてリビングに顔を出した讃良は、そこに昨晩の夢の住人の姿を見つけて驚きの声を上げた。夢の住人が着ていた着物は、Tシャツとジーンズ姿に改められ、束ねていた髪を肩まで下ろしていた。そうして見ると大学生のようだ。胸元に見覚えのあるロゴがでかでかと描いてあって、父のを借りたのだと分かった。
リビングテーブルに、この家の一員のように馴染んでいる彼は食事の真っ最中で、母が二階の部屋から降りてきての、娘の第一声に呆れた顔を向けた。
「讃良ちゃん。ひとを指差すなんて何です? 失礼ですよ」
「だってそのひとは…」
「その人だなんて。従兄の友尊さんでしょ。忘れたの?」
「違う。だって…」
そんな名前の従兄なんていないと言いかけた讃良は、友尊から目配せされた。もしかしたら友尊は、都合の良いように母の記憶を操作したのに違いなかった。