6話・彼の正体は幽霊?
讃良のクラスのクラスメート達は、男子受けするような、甘ったるい匂いのコロンを好んで使っている。休み時間が来る事にトイレに駆け込み、浴びるように自分に振りかけているのが、讃良はあまり好きになれなかった。彼女たちが動くたびにコロンが濃厚に香り、彼女たちから距離をとっても、残り香が鼻をつくのが不快にしか思えないからだ。
だが若者の香りは淡白で、さらりと主張する。べたついた感じがなくてつい、香りに誘われたように若者を見返すと、イケメンといっても申し分のない容姿の若者が、讃良を凝視していた。
「そなた……!」
捨て犬のような、縋るような目つきにどきりとしながらも、具合の悪そうな彼を救う為には、家から誰か呼んで来て、早く治療したほうがいいように思えた。
「待っててね。そこで動かないでよっ」
「待て。それが……」
若者の言い分も聞かずに、讃良は助けを求めて家へと駆け込んだ。
「なんとまあ、気の早い…」
残された若者は胸もとに手をやり、じわりとした痛みとともに血が薄らいで行くのを感じていた。血が煙のように消えていく。添えていた自分の手の指先が、空気に霞んでいくのをただ見つめているしか出来なかった。
「こっちよ。真部さんっ。早く。早く」
家に帰った讃良は家政婦の真部を連れて、若者を残した場所へとやって来た。若者がいた辺りへと目をやったが、それらしき人はいない。坂道はふだんと変わりなく斜陽に染まり、竹林のなかは夕闇が迫っていた。
「いない…」
ほんの数分前のことなのに、あの青紫の着物の若者の姿はなかった。
「あんな状態でどこに行ったというの?」
真部を急かして連れて来た讃良は、茫然とした。
「お嬢さん。何かに化かされたんじゃないですか?」
「真部さん。そんなはずないわ。ほんとに見たんだから。本当よ」
「はい。はい」
背後からこの状態を面白がってるような声がかかる。讃良がむきになって言えば言うほど、真部は笑った。真部さんは通いの家政婦さんで、讃良の母とそう年は変わらない。讃良の母は細身で儚げな容姿をしていたが、真部さんはそれとは正反対がで、明るく屈託のない笑顔の持ち主で、讃良や母は彼女を頼りにしていた。
「それでなかったら、どこかの番組のドッキリですよ。お嬢さんの反応を見るつもりが、真剣に心配されてしまって、引っ込みが付かなくなったのかもしれませんね」
「そうね… そうかも。不思議な身なりの人だったもの。時代衣装を着てたし」
「あら。もっと綺麗にしてくるべきでしたかね? テレビに映るならそれなりの格好をして来るんでしたわ」
「真部さんたらっ」
真部は茶目っ気を出して、讃良にウインクしてみせる。
「もしそうだとしても後ほどご挨拶に来るでしょう。さあ、家に戻りましょうか。お嬢さん」
夕飯の仕度をしていた真部は、讃良が帰ってくるなり外に連れ出された形になるが、そのことを責めるでもなく、付き合ってくれたのだ。これ以上、我がままは言えなかった。
若者が気になり何度も後方を振り返る讃良を見て真部が言う。
「昔からこのような夜に近付いた夕暮れ時は、逢魔が時とも言いますから、お嬢さまは何かに出会われたのかも知れませんね」
「何に? まさか幽霊とか?」
讃良は震え上がった。
「嫌だ。そっち系? 苦手なんだから止めてよね」
「さあ。狸か狐とか…」
「真部さん。わたしがまだ化かされたと思ってる?」
「あはは。ばれました?」
「もう。早く行こう」
讃良の反応を伺っていた真部は悪びれる様子もなく、笑った。讃良はほっとして真部の手を引いて駆け出した。