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空の鏡と聖上の恋人  作者: 朝比奈 呈
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57話・不破の隠し事


「友尊………… いまの話を聞いていたの?」

「ああ。全て聞かせてもらった。こうでもしないとそなたは真実を語ってくれそうに無かったからな」



 友尊が歩み寄って来る。背後には不破が続いていた。それを見た讃良は真知に問いかける。



「まさか…… 真知。あなた、わたしを騙したの?」

「ごめんなさい。私のせいで真実を歪めてしまった。だから元に戻したかったのよ」

「ああ…… 申し訳ございません」



 讃良は慌ててその場に正座して、友尊に謝ろうとした。真知も平伏する。その鵜野を友尊は止めた。庭先から縁を上がってきて、讃良の前に屈んだ。



「やめよ。余はそなたに謝って欲しいわけではない」

「聖上」

「聖上だなんて呼ぶな。そなたの口から聖上なんて呼ばれたくない」



 友尊の苛立ちが感じられて、青ざめる讃良に友尊が言う。



「一体、そなたは何を聞いていたのだ? 余は言っただろう。そなたが讃良という名の別人だとしても構わぬと。余はそなただから恋しいのだ」

「友尊。いいの?」

「他の者には変えられぬ。そなたが讃良として生きるというのならそれで構わぬ。余の傍にいろ」



 それにそなたは勘違いしてるようだが、と、友尊は言った。



「余は讃良という名の娘に惚れたわけでもない。讃良という名のそなたに惚れたのだぞ。十年前、鵜野になりすました讃良は、余の前では大人し過ぎた。いつも余を振り回していたのはそなたの方だ。それも都合よく忘れたのか? 鵜野」

「友尊……」

「余の名前を呼ぶことを許した女性も、そなたひとりだけだ」


 両手で顔を覆った讃良の手を、友尊は引き寄せ、自分の胸へと抱き込んだ。




 それよりも三日前のこと。 

 評定場での一件の後、不破が友尊のもとに白湯を運んできた。



「いやあ。驚きましたね。讃良さまと鵜野姫が双子だったとは」

「そなたも余に何か隠し事がありそうだな?」

「嫌ですよ。露骨に詮索なされては」



 不破が口で言うほど、大して驚いているわけでないことは知れた。不破がこのような物言いで話題を振ってくる時には、決まって何か伝えたい事があるときだと、友尊は長い付き合いで知っていた。



「そなたは鵜野の講師を務めていたこともある。讃良と鵜野の入れ代わりに気がついていなかったとは思えない。なぜだろうな。お前の側にいた鵜野は妙に物分りが良すぎた。お前と共に過ごしていたのは、鵜野に成りすました讃良だったんだろう?」

「ばれてましたか? そうです。わたくしと共に過ごしていたのは讃良姫です。鵜野姫はわたくしの講義は真面目過ぎてつまらないといって、よくサボっておられましたから。それがある時から、急にやる気になって真剣に聞くようになってました。今思えば、わたくしの講習日に合わせて、お二人は入れ代わってたのかもしれませんね」



 本物の讃良は不破を慕っていた。不破も自分の話に耳を傾け、興味を持ってくれる讃良を憎からず思っていたのだろう。


「わたくしは、本物の鵜野姫になりきろうと頑張っていた偽の姫に、心惹かれました。講師の日が待ち遠しく、わたくしの創作した話を喜んで続きをせがむ姫に、自分の想いを伝えました。鶯の姿に、自分達の姿を重ね合わせて……」



 友尊は例の館で、姫が火に包まれた時の姿を現して見せたときに、お兄さま。と、呼びかけた相手が自分ではなく、不破だったことに気がついていた。姫が言っていた比翼の鳥の話は、不破が姫にしたもので、姫は不破に会えるのを待っていたのだ。


「わたくしは、あの日、姫を助け出すことが出来ませんでした」


 不破の声には深い後悔が現れていた。不破が今まで他の女人を遠ざけてきたのは、姫への贖罪のようにも思える。


「わたくしは、永遠に姫に謝る機会を失ってしまったのです。聖上はどうかわたくしのような、愚かな男に成り下がるようなことにはなりませんように……」


 不破は一礼してその場を去った。



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