56話・讃良と鵜野の真相
「真知。いるのでしょう?」
自分の唯一の友だちを呼び出す。竹垣の笹竹がそよそよと風にゆれ、細長い筒を振るわせた。笹の葉がさらさらさらと靡く内、竹垣を割って薄青色の淡い光りが現れた。その光りは清らかな月の光りのように辺りを照らし、讃良のいる部屋へと飛び込んできた。
「お呼びでしょうか?」
「そんな話し方は止めてっていってるでしょう? それに真知はわたしの大事な友だちなのだからそのように膝をつくのは止めて」
真知は讃良を前にして跪く。讃良はにっこりと笑いかけた。真知は臣下の礼を崩し、立ち上がった。探るような目つきで讃良を見た。
「全て思い出したようね。これで本当に良かったの? あなたは幸せ? 讃良?」
「もちろんよ。とても幸せよ。真知ありがとう。あなたには感謝しているわ。あなたもわたしが幸せになるのを喜んでくれるでしょう?」
「あなたは讃良として生きてゆくつもりなの?」
「もちろんよ。あのひとが望む讃良でいる」
「聖上は名前や見かけでで判断なんてされないわ。本当のことを言うべきじゃなくて?」
「駄目よ。あのひとはわたしのことを讃良だと思ってるんだもの。今更本当のことは告げられない」
真知は彼女の気持ちが理解出来ないと、憐れむような目をした。
「あの日、わたしの心に迷いが生じた。讃良のふりをして留まるか、鵜野として戻るか」
「あれは事故よ。あなたのせいじゃない。讃良が鵜野として命を落としたことは」
「分かってるわ。でも思わずにはいられないの。わたしが素直に帰っていればって。わたしがお母さんの温もりに包まれている時に、あの子は命を落とした。あの日のお父さんの憔悴しきった顔を見て、やっと分かったの。わたしも愛されていたって」
鵜野はある日、父が自分に隠れて通う場所があるのを知った。父の行動を怪しんだ彼女は後をこっそりつけて行き、父にはもう一つの家庭があるのを知った。そこには母と自分に非常にそっくりな娘がいた。そこで父は大声を上げて笑っていた。
「お父さんは、わたしと偽装の生活を送ってるのかもしれないって思ってた。あっちの世界の家庭がお父さんにとって一番、大切なんだって。ちょうどあの頃、お父さんは先帝から反逆の意思ありと疑われて、間者が送り込まれてたから、周りに知られないために、わたしにも内緒にしてたなんて知らなかった」
馬鹿だったわ。わたしの迂闊な行動で、血の繋がった妹を亡くしてしまった。と、鵜野は悔いた。
「あなたは後悔し続けたわ。そのせいで心を閉ざすほどに」
「だから真知は、わたしの記憶を消した。そのことを悔やんでいるの? 契約者でもないわたしに同情し、干渉したことを」
あの時の鵜野の喪失感は深く大きかった。神器の鏡が反応するくらいに。神器は帝と契約し、悪鬼や魔といったものに、対抗しうる力を発揮するが、鵜野の負の気持ちは大きくそのまま放っておけば、悪鬼に憑かれそうなくらいになっていた。鵜野の父と契約していた神器の鏡は、すぐに主に伝え、鵜野の父は娘の失望といった感情をなくす為、真知に命じて、鵜野に忘却の術をかけさせた。
「大天さまはやむを得ない決断だったとはいえ、あなたが記憶を取り戻した今、無理して讃良で生きる必要はないと思っているわ。大天さまと私はあなたを十年前に、死んだ事にしてしまったことを後悔してる」
鵜野の心を救う為に、ふたりは鵜野が、自分を讃良だと思い込ませることにした。その選択が正しかったとは思えないが、あの時の鵜野を生かす為には仕方ない事と思えた。
「わたしはこれからも讃良として生きてゆく。讃良を忘れない為にも。あの子として生きて行くわ。あの子の分まで」
(ごめんね。讃良。だから許して……)
讃良となった鵜野は、贖罪としての生を生きる事を誓った。
天に向け手を合わせた讃良は、庭の茂みからガサリと音がしたように感じた。音のした方を見れば、その場にいないはずの者がいた。




