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空の鏡と聖上の恋人  作者: 朝比奈 呈
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54話・鵜野は不破が好きだった……?


「傷がない? どうして?」

「そりゃあ、ここは焼けた後、建て直したんだからな」

「あ……」



 分かれば宜しいというように、友尊が微笑む。幾ら似ていてもここにあるのは、当時の建物ではない。讃良が十年前に、柱に斬り付けた傷が残っているはずはない。


「そう……」


 讃良は残念に思ったが、ここにいると当時のことがいっぺんに思い出された。床の上に寝転がって、半紙に墨で絵を描いていて床を汚してしまったこと、庭に出て木登りしたこと、蝉の抜け殻を見つけて沢山集めたこと、池の中に小石を投げ入れたこと、どれもお付きの女房を困らせ、乳母に叱られる羽目になったが、それを讃良があまり強く叱られない様に、庇ってくれた少年がいた。



「わたし達、すでに出会っていたのね?」

「ああ。けっこうそなたは無茶していた」

「覚えてるの?」

「今思い出した所だ。彼女はもの静かな性質だったが、そなたは喜怒哀楽がはっきりしていて、行動もガサツで目が離せなかった」

「……ガサツですいませんね。あなたはあの子を好きだったの?」

「嫌いではなかった。妹のように思っていたからな。でもふだんは出来ればあまり接して欲しくなくて、遠ざけるようなことをしていた。後でもう少し優しくしても良かったと、思ったくらいだ」

「でもあなたはわたしに優しかったわ。鵜野と思って接してくれてたんでしょう? わたしはあの頃、あなたに会いに通ってたの。あなたは嫌な顔一つしないで、付き合ってくれたじゃない?」

「あれは…… そなただったからだ。彼女は、そなたのように素直に感情を露にはしなかったし、どちらかといえば無表情だったしな。そなたのほうが可愛かった」

「それって友尊、もしかしてわたし達の見分けがついてたの?」

「ああ。それ以外にも二人には証拠があっただろう?」

「証拠?」

「火傷の痕だ。彼女は大変気にして、いつも足下をさらすような行動はしなかった。だがそなたは木登りしたり、夏暑い日には、着物をたくし上げて池に入ったりしてただろう?  火傷が気になる年頃で、そのような大胆なことをするのは、そなたぐらいなものだからな」

「よく見てるわね」



 感心した風の讃良に、友尊は臆面する事も無く言った。



「他にもあるぞ、私が呼びかければ遠くからでもすぐに反応して、子犬のように駆けてきたし、顔を赤らめて私の後を追って来たからな。私のことを好きだったのも分かっていた。私はそなたの初恋相手だっただろう?」

「友尊ったら…… でも鵜野もあなたを好きだったのは知っていた?」

「それはあり得ぬ。彼女が好きだったのは不破だ」

「え?」

「知らなかったのか?」



 彼女から聞かされてなかったのか? と、友尊は言った。讃良には初耳だった。


「だってあの子、なにもわたしには言わなかった…… てっきり相手はあなただと思ってた」


 讃良は、鵜野が好きな人がいるらしいというのは分かっていたが、不破のことを好きだったとは気がつかなかった。



(鵜野は不破が好きだった……?)



 心の枷が外れたように、重苦しいものから解放されていくような気がする。


「あの頃もそうだが、そなたを前にすると、私は他の女性が目に入らなくなるようだ。悪戯に他の女性にいらぬ気を持たせたくない。彼女もそれは分かっていたのだろうよ」 


 友尊は自分の気持ちが讃良に傾いていたのは、鵜野にも分かっていただろうと言った。そのせいで、自分の気持ちを押し殺した結果、実の父親の(はん)(ごん)の術によって甦り、その恋心を利用されて、この地に留まり若い公達を振り回してきたことは、讃良には言うつもりはなかった。


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