53話・きっと鵜野姫は、あの世から見守ってくれています
美しい姫のもとに通う若者を散らしていた警護の者が、阿部の御行だったと多嶋の皇子が話していた。その理由は、実弟と妖しいものと、成り果てた娘を思う親心からだったとは。
「すいませんでした。叔父上を少し疑っていました。叔父上のお陰で助かった者は、沢山います。あのボヤ騒ぎの日も」
「聖上」
「鵜野姫は余に執着していました。あの晩、きっとその姫は館から抜け出して、都に姿を見せた。その時に乳母どのに姫の姿を目撃され、驚いた乳母どのは手燭を落とし、火事になってしまった。叔父上はそれに気がつかれて乳母どのを庇った」
亡くなったはずの姫を見て、驚きから手燭を落とした乳母どのが、罪に問われることのないように、叔父上は自分がやったと名乗り出たのだろう。と、友尊は推察した。
「なぜ本当のことを言ってくれなかったんですか? 鵜野姫への贖罪の為ですか?」
「そうかも知れぬ。幾ら償っても、この心は晴れぬのだ。あれはとても二人は育てられない身体だったから、鵜野は乳母をつけて私の手元で育てた。そしたら七つの時に悲劇が起きた。私が兄の命で視察に出た晩に、火事が起きた。そこで鵜野は火事に巻き込まれて逃げることも出来ずに、亡くなった…………」
「聞きました。あの視察には余も出てましたから」
「君もずいぶんと悲しんでくれたね。あの子はわたしが遠征で館を空けるのを寂しがっていた。将軍として戦勝を上げる度に嫌がっていたよ。早く戦いが亡くなって欲しいと。戦いは多くの人に不幸しかもたらさない。父さまには行って欲しくないと泣いた」
鵜野が亡くなったのは、自分のせいだと叔父上は言った。友尊は脳裏に浮かぶ鵜野を思いやった。あの時の自分は何も知らず、許婚の死を悼んだ。
「即位を促がす兄上に、娘の弔いをしたいといって吉野に隠棲することを申し出た。その頃には兄も私を引き止めるのを諦めていたよ。晩年は妻と余生を暮らせとまで言ってくれた。兄上には全てお見通しだったわけだ」
力なく叔父は微笑んだ。
「叔父上。叔父上の娘は鵜野姫だけではありませんよ。讃良もいるではありませんか? あの日、昇天した鵜野姫は、お父さまに伝えて欲しいと言っていました。ありがとう。と、伝えて欲しいと」
「鵜野…… 私を許してくれるのか?」
「きっと鵜野姫は、あの世から見守ってくれています。叔父上の幸せを誰よりも願っていますよ」
「聖上………………!」
「お父さん」
評定場で両手をついて俯く父に、讃良が寄り添うのを見て、友尊はその場を辞した。
「ここが鵜野と、叔父上が暮らしていた館だ」
父たちが隠してきた真相が明らかになった後、讃良は友尊に鵜野が住んでいた館に連れて行って欲しいと頼み込み、後日、友尊に無人となった館に連れて来てもらった。この館は現在、讃良の父親が所有してるので、父に頼んでも良かったが、讃良は友尊と一緒に訪れたかった。
「大丈夫か? 手を離すなよ」
「ありがとう」
友尊はここまで来るのに移動に使った牛車から、讃良を抱き下ろしてくれたし、着物慣れしていない讃良の足下を気遣うように、支えてくれる。
母屋に上がりこんだ讃良は、辺りを見回した。一度延焼した館は建て直されて新しくなっていたが、建物の趣や造りなどは以前の姿を再現した形だ。
「うわあ。懐かし~。確かここに……?」
母屋に上がりこんだ讃良は、柱の側に駆け寄って、そこにあったはずの物がないことに気がついた。




