52話・讃良と鵜野姫の本当の両親
大人しく話を聞いていた讃良が父の腕をとる。
「ごめんなさい。お父さんたちが悲しんでいる間、わたしはそのことをすっかり忘れて、毎日を楽しんでいた」
「お前はそれでいいんだ。それを私が望んだ」
「お父さん?」
父の言葉に納得できないでいる讃良に、真知が説明した。
「讃良、あなたはあの日、鵜野が死んだと聞いて、物凄く取り乱したの。自分が讃良ではなく鵜野だと思い込むくらいに。生きている自分が罪だとばかりの言動に、奥さまは心を痛めて寝込まれてしまわれた。だから大天さまは私に、讃良から鵜野の記憶を消させたのよ。ごめんなさい」
「じゃあ、鵜野が夢のなかによく出てきたりしたのは、その消したはずの記憶が現れたから?」
「そうよ。あなたは心の奥深く鵜野の存在を求めていた。完全には記憶を消し去る事は出来なかった」
「ありがとう。良かった。鵜野のことを思い出すことが出来て」
讃良は真知に礼を言う。真知は照れくさそうにしていた。讃良といると仲の良い友人同士にしか見えない。神器も心が宿ると、人間と遜色の変わらない表情になるのかもしれない。讃良の存在が彼女に影響を与えたのは間違いないだろう。讃良の笑顔に目を留めていた友尊は、もうひとつの事件を思い出した。叔父が阿部の御行として係わった事件だ。
「父が生前、余に教えてくれたことがあります。叔父上には双子の弟君がいると。あの竹林の館で余が会ったのは叔父上ではなくて、その弟君の方ですよね? 叔父上が、阿部の御行として振舞っていたのにも関係がありますか?」
「……これについては話が長くなる。讃良にも言ってないことだ」
友尊の指摘に戸惑う父を見て、讃良が促がした。
「お父さん。わたしはもう何を聞いても大丈夫だから話して。お願い」
「妻は…… 子供が望めない身体だった。私のせいで親戚から誹謗中傷されていたのが堪えたのもあったのだろう。流産をくり返し寝付くことが増えた。そんな時、弟から便りが届いた……」
叔父は讃良の母と一緒になったことで、彼女を苦しめていたと語る。あちらの世界では名家のお嬢さまの讃良の母は、どこの馬の骨とも知れない男と一緒になったことで、親戚から絶縁状態にされた。結婚を認めてくれた両親は、既に他界し、愛娘の為に遺産をそこそこ残してくれたので生活には困らないが、それでも親戚の中傷に心を痛めてるのだと、話した。
友尊は辛抱深く話を聞いた。これから語られる話のなかに、例の鵜野姫の真実が隠されているようにも思えたからだ。
「なんの因果か、わたしと時を同じくして生まれた弟の家に、双子の赤子が産まれた。弟の家では赤子を拒んでね。わたしがふたりとも貰い受けたんだ。あれがものすごく子供を欲しがっていたから。何度目かの流産で気落ちしていた。そこに弟から貰い受けた赤子を見せたら、自分の子供にすると大変喜んでくれた」
「讃良と鵜野姫の本当の両親は、叔父上の弟君なのですか?」
友尊は思ってもみなかった展開に驚いた。鵜野姫と讃良はよく似ている。そこから双子ではないかと思っていたが、養女とは思ってもみなかったからだ。
「私の双子の弟は、あまりついてない男でね、貧乏暮らしで、双子の娘たちを手放したものの、細君や子供たちが相次いで病で亡くなってしまい、手放した娘たちの成長を知る事だけが楽しみだった。だから鵜野が亡くなったと知ってから心を病んでしまった」
叔父は深いため息をついた。友尊は気がついた。
「阿倍の御行になったのは、その弟君の為でしたか。吉野に行った叔父上はどこからか、弟君の様子を聞いて心配になり、別人になって都に戻られたのですね?」
「それが逆に弟を追い詰める結果となったのだよ。精神的におかしくなっていた弟は、妖しげな術に傾倒し、鵜野の遺骨を墓から掘り出して、反魂の術を試みて鵜野を呼び出した。鵜野の外見はしていたが、私には妖しい御魂を、どこからか下ろしたとしか思えなかった」
「それが貴公子たちを惑わせた魅惑の鵜野姫の正体ですね? 叔父上は若者達が来る度に、彼女に振り回されることがないよう、追い払っていた」
「あれが鵜野とは認めたくなかった。生みの親ではないが、育ててきたのは私だ。鵜野はあんなこと望んでないと思いたかった。だから君の手で祓われたと知った時は、感謝した」




