50話・わたしが讃良を殺した
「真知。そなたはまだ、余に何か隠している事があるだろう?」
友尊は後日、真知を評定の場へ呼び出した。真知はこちらの世界に合わせ、古代の衣装を着て姿を見せた。真知は向こうの世界では、讃良の友だちとして、女子高校生の仮の姿をとることもあるが、本体は神器の鏡なので、この姿も見せかけではあるが、この国の初代の帝に仕えてきた頃からの、ひと形をとったものだ。髪の毛を島田に結い上げ、額に菊の花のような印を付けている。比礼を両腕に通した姿は、女神と言っても申し分なく、何者にも侵しがたい風情を纏っていた。真知は大人しく評定の場の下座に座ると、目の前の上座の席に腰を下ろした友尊を見上げた。
「私は全て聖上にお話致しました。何も隠してはおりません」
「余はそなたが偽者と入れ替わっていた時に、そなたの気配をたどってあちらの世界に往きついた。だがその気配がふたつに分かれていて。一つは藪の中に、もう一つは讃良の部屋に繋がっていた。そなたは道をふたつ開いたことになる。鵜野の為なら道は一つでいい。もうひとつは誰の為に開いた道だ?」
「それは…… 私の為です」
「違うな。そなたは神器だ。その気になれば幽体となって、あちらとこちらの世界を行き来できるからな。それで余の即位式も欺いたのだろう? 契約の時には呼応してみせ、後はわざと反応しなかった。余に反旗を翻す為に」
「……違います」
「そなたは十年前、先帝によって自分は譲渡されたと言った。相手は大天の叔父だったのだろう? 先帝は一度叔父上に天位することも考えていたはず。だが何らかの事情でそれは無くなり、他の神器とは契約が出来なくなった。そなたの主は誰だ?」
友尊は真知を疑っていた。神器が契約者を裏切るとは前代未聞のことだ。仮に聖上である自分を謀り、十年も隠れていた。
「神器の八咫の鏡が、余を敵に回してまでも、庇って守ろうとする相手は限られる。そなたは叔父の為に動いていた。鵜野のことも彼女の為と言いながら、本当は叔父上の指示に従っていたのだろう? そなたは何を企んでいる? いや、何を隠している?」
友尊が、真知を睨んだ時だった。その場に乱入して来た者がいた。
「止めて。友尊。真知を責めないで」
「讃良………………!」
「讃良。どうやってここに?」
「どうしてって、何もかも思い出したからよ。わたし前にこちらの世界にも来ていたの。こちらに来る術を知っているわ。今日、真知は急に学校を早退したから、何かあったんじゃないかと思って。友尊も見当たらなかったし、胸騒ぎがして……」
評定所にひとり姿を見せた讃良に、友尊は驚いたが、それと同時に苛立ちを覚えた。真知をこちらに呼び出したのは、真知の取調べを讃良には知られたくなかったからだ。判決によっては、真知は二度と讃良に会えなくなる可能性もある。高慢と受け取られようと、それを出来れば讃良には知られたくなかった。
讃良は、あちらの世界の制服姿のまま駆けつけてきた。讃良は真知の隣に並ぶと、友尊を見つめた。
「過去にこちらに来たと? やはり鵜野と入れ代わってたのか?」
「そうよ。わたし十年前にあなたと出会ってる。鵜野として」
泣きそうな顔をして、讃良は告白した。
「わたしは讃良じゃない。鵜野なのよ」
「………………!」
言葉を失う友尊に、真知は即座に否定した。
「聖上。違います。それは違うよ。讃良」
「違ってなんかない。あの日、わたしは讃良と入れ代わって…… その晩、あの火事が館で起こった。わたしが讃良を殺した……」
「讃良。それは違う」
そこへ中年男性の低音の声が割って入った。男は、讃良を目で追って、評定の場に入り込んできた。讃良を心配するように側に立つ。讃良は男の姿を凝視した。




