46話・これはウノノ? わたし?
「ではお着替えを致しましょう」
部屋のなかには、用意された着物が衣桁にかけられていた。鮮やかな若緑色が目に飛び込んで来て、讃良はわあ。と、声を上げた。
「綺麗。青笹みたいな色……」
「そうですね。そんな色にも見えますね。これは青い楓を思い浮べてご用意させて頂きました。気にいって頂けたようで良かったですわ。讃良さまには、このようなはっきりした色合いが似合うと思いまして」
「素敵。わたしが着てもいいの?」
「もちろんですわ。さあ、讃良さま、お召しかえを。お手伝い致します」
矢上は手際よく、讃良の寝間着を脱がして桂を着せ、その上から衣桁にかけられていた青笹色の唐衣の重ね着を着せてくれた。表の青々とした若緑の表地から淡い黄緑色の裏地が覗く。若竹のしなやかな色合いを表現したような着物だ。
矢上は讃良の髪を梳いた後、前髪を上げて小さな冠のような、金で宝飾された髪飾りを挿してくれた。
讃良は姿見を通して似合ってる? と、矢上を振り返ったところで、こんなことが以前にもあったような気がして胸の動悸を覚えた。胸を押さえてしゃがみ込む。
「讃良さま? 大丈夫ですか?」
「わたし前にもこんなことがあったような………………!」
「讃良さま?」
心配する矢上の前で、なんでもないと讃良は立ち上がり、姿見に手を伸ばした。この顔は見覚えがある。
「これはウノノ? わたし?」
「讃良さま。どうかなさいましたか?」
讃良が一点を見て微動だにもしないので、矢上は困惑する。姿見に貴公子が映りこんでいるのに気がつくのに、数分を要した。
「……友尊」
「聖上。まあ、いらしてたんですね? そんな所からではなくて、どうぞご覧下さい」
矢上が嬉しそうに友尊を案内してくる。昨晩のこともあって、友尊の反応が怖い讃良だったが、友尊は讃良を前にして凝視しすると声もなく立ち尽くした。
友尊は上着の色が表が白地で、裏地が紺青の直衣を着ていた。頭には冠を被っている。讃良の見慣れている大学生の友尊とも違った装いで、盛装しているといつもよりも大人びて見えるが、さすが帝ともあって他人を圧倒させる雰囲気にも包まれて見えた。
「似合ってない? どこかおかしい?」
友尊が目を見張ったまま何も言わないので、不安になってきた讃良に、矢上がそうじゃないんですよ。と、教えてくれる。
「聖上ったら讃良さまが綺麗すぎて、声が出ないようですわ」
「そんな。まさか……?」
讃良が友尊を窺うと、我に返った様に肯いた。
「綺麗だ。天女のようだ」
じっと見つめられて恥かしい。
「友尊ったら。そんなに褒めても何も出ないわよ……」
と、言いかけた讃良は、辺りの様子がどこかおかしい気がした。何かが起ころうとしている。ぐにゃりと空間がよじれたような感じがあって、友尊や矢上と切り離すように、目に見えない壁に阻まれた。
「讃良っ」
「讃良さま!」
ふたりが自分を呼ぶ声を聞きながら、讃良は自分の身体が浮遊するのを感じた。




