45話・生まれて初めて、他人が憎いと思った日
あの日、ウノノが面白いことを思いついたと言い出した。
お互いの服を取り替えっこしようと。ふたりは双子のように良く似ていた。入れ代わっても周囲のものは気がつかないに違いないと言った。
ウノノがそのようなことを言い出した理由は、何となく察していた。ウノノには母がいない。口にして言う事はなかったが、讃良が母親と暮らしてるのを、どこか羨んでることは讃良には伝わっていた。ウノノは讃良になって、母に甘えたいのだろうと思った。
あの優しくて石鹸の香りがする大好きな母が、誰かに奪われるのは嫌だけど、ほんの少しだけウノノに貸すのは許せると思った。讃良もウノノの住む世界には興味があったし、快く入れ代わった。そこで新たな出会いが待っていた。
ウノノの世界は何もかも珍しく、讃良は夢中になった。ウノノが母に甘える日が増えるごとに、讃良もまたウノノになってある少年に会いに行った。讃良より年上の少年は、とても物知りだった。怜悧な少年は、讃良が聞けば、分からない事、知らない事を懇切丁寧に教えてくれた。頼りがいのある彼は、讃良にとって憧れの人になった。
ウノノは、いつも側にいる少年が苦手だと言っていた。ウノノは、少年を好きではないとも言っていたが、ウノノが素直じゃないことは、讃良はよく知っている。
少年とお別れして、泣く泣く元の世界へと帰って来た讃良は、目に飛び込んできた光景に複雑な思いを抱いた。ウノノが母に抱きしめられていた。
突如、怒りのようなものがこみ上げてきた。
(あんな優しくて素敵な少年が側にいるのに、その上、わたしからお母さんを取り上げようと言うの?)
母に抱きしめられているウノノは、幸せそうに笑っていた。
(ウノノなんて大嫌い!)
その時、生まれて初めて、他人が憎いと思った。
それからも何度かふたりは入れ代わり、例の日がやってきた。ウノノと会うのは最後になった日だ。讃良は少年に会いに行き、少年に会えずにその日の晩、館が炎に包まれた。
「讃良さま。お目覚めですか?」
翌朝。部屋に差し込む明かりとともに、矢上が現れた。どうやら友尊を待つうちに寝入ってしまったらしい。友尊はあの後、戻って来なかった。友尊は本気で、自分を元の世界に帰すつもりはないらしい。
もう二度と家には帰れないのだろうか? 母は自分の留守に気がついただろうか。昨晩のことを思い出すと、悲しくなって来る。どうしてあんなことを、友尊に言ってしまったんだろう。他に言いかたがあったような気もする。そしたらこんな悲しい朝を迎えずに済んだのに。
「おはようございます。昨晩はよく寝られましたか? お顔を洗われませ」
寝台の帳が上げられて、陽光の眩しさに瞬きしていると、矢上が水を張った盥を運んで来て洗面をすすめる。顔を洗っていると、別の水に浸していた手ぬぐいのようなものを渡された。
「これで目蓋を押えた方がよろしゅうございます」
「ありがとう」
矢上は、泣きはらした顔の讃良を見て、大体の事情は察したのだろう。昨晩について、讃良に問うようなことはしなかったが、目蓋を冷やした方がいいと言ってくるあたりからして、讃良の為に気遣ってくれてるのは分かった。讃良が昨晩のことを思い出して、悲しい気持ちになる前に、矢上はにこにこと次の間へと案内した。




