44話・このままここに留まれ
二人きりになってしまうと、先ほどのことが思い出されて、讃良は友尊の側にいるのが照れくさく思えてきた。
「月見のしなおしと言いたい所だが、邪魔が入ったことだしな」
ポツリと言う友尊も頬の辺りが赤くなっている。彼も讃良と同じように感じているらしかった。ふたりで並んで寝台に腰を下ろした所で讃良は母のことが気になった。
「家を開けてきちゃったけど大丈夫かな?」
「叔母上なら心配いらない。さっきあちらへ戻ったら丁度、町会から帰って来て、叔母上には、そなたは疲れてるから先に部屋で休んでいると言っておいた。叔母上もお疲れのようだったから先に寝て頂いた」
「ありがとう。本当のことを知ったらお母さん、驚くわよね」
讃良がこの世界に来てるだなんて、母は思いもしないだろう。うまく誤魔化してくれた友尊に感謝する。彼が用事を思い出したと言ったのは、このことだったのかと納得した。
友尊は讃良が不在のことを母に隠す為に戻ったのだ。いらぬ心配をかけないために。
でもなんだかそのことは逆に、その母を裏切っているようで罪悪感も感じた。なるべく早く家に戻ろう。ここにいると友尊の想いを知った今は、いつまでも彼の側にいたくなってしまう。
「友尊がお母さんに、わたしと兄妹になりたくないって言ったのは、こういうことだったのね」
今更ながら、友尊のあの時の発言は、こういうことだったのだと気がついた。
「そうだ。すでにそなたは余のなかで、特別な女性になっていた。兄妹にはなれない。そういう意味だった」
あの時から讃良に対し、特別な感情を持っていたのだと友尊は白状した。
「だからそなたに襲われかけた時は、焦ったのだぞ。誘われているのかと思って……」
「ええっ? あなたを襲ってなんかない……」
「そなたが寝ぼけた時だ」
いきなり何を言い出すのかと思った讃良だったが、以前讃良が寝ぼけた末に、やらかしてしまった出来事を思い出した。友尊はそのことで不破に散々からかわれたのだと言う。
「あの後、不破に着がえの度に痣を見られては、どこの女だと冷やかされた」
「ごめんなさい」
「このままここに留まれ。讃良」
友尊が讃良を抱き寄せた。讃良は首を振った。
「そんなの出来ない」
「なぜ?」
「なぜって、わたしにはお母さんを残してここには来れないし、あなたはこの国では帝でこの国で一番、偉い人なんでしょう? わたしとはつり合わないわ。それにあなたには、わたしよりも相応しい人がいる」
「本気で言ってるのか? 余に好きだと言ったのは嘘か?」
讃良は胸の苦しみを押し出すように言った。友尊の正体が分かった今は、校門前の謎が解けたような気分だった。結果としてはあまり嬉しくないが。
「嘘じゃない。でも…… 真知とはそういう話をしていたんじゃないの?」
真知の名を聞いて、友尊は苦渋の表情を浮かべた。やはりあの時、そのような話をしていたのだと讃良は思った。
「真知を悲しませたくない。あの子、わたしとあなたが一緒にいるのをよく思ってないようだった。真知は大事なわたしの友人なの。あの子の幸せになるならわたしあなたと……」
「それならどうして泣く? 泣くほど辛い事なのに、友の為に身を引くというのか? そなたの想いはそんなものなのか?」
「友尊……」
「許さぬ。ここからそなたは出さぬ。今晩はここで休むがいい」
「友尊。お願い。家に帰して……」
友尊は懇願する讃良からの視線を逃れるように立ち上がると、廊下へと出て行った。一人残された讃良は途方にくれた。




