43話・友尊がこの国の帝だったなんて
確かにいわれて見れば、裸にタオルを巻いたままの気絶した女性を主が連れ帰れば、使用人としては、何があったのだろうと思わずにはいられないだろう。
普段落ち着きはらっている友尊も、讃良が逆上せて倒れたことは、平静を失うほどの衝撃だったらしい。
「それで我らは連れ帰った讃良さまとの関係を伺う為に、聖上のもとに出向いたのですが、お二人ともいい具合に月見を始められたので、出るに出られず…… 申し訳ありませんでした」
「あの。もう大丈夫ですから謝らないで下さい」
矢上が再び、謝罪しようとしたので、讃良は止めた。あの時、興味本位に覗かれたと思い嫌な気持ちになったが、それは穿ち過ぎたようで、皆それぞれに讃良を心配してくれていたようで、讃良はそのことにこだわるのは止めることにした。
「それより心配かけてすいませんでした。ひょっとしたら気を失っている間、わたしを着がえさせてくれたのは矢上さんですか?」
「はい。わたくしです」
「ありがとうございました。お礼を言わなくてはと思ってたんです。本当にありがとうございました」
讃良がお礼を言うと、戸惑うように矢上は見返した。
「わたしもし、友尊に見られでもしていたら恥かしすぎて、こうして気軽に話ができたかどうか……」
「まあ。なんと見た目の清らかさにも劣らず、なんと奥ゆかしいお方なのでしょう。さすがは聖上、お目が高い。このようなお嬢さまに、お仕えすることが出来るなんてわたしは恵まれております」
「あの。そんな恥かしいです」
褒められ慣れていない讃良は、矢上の称賛がこそばゆくてたまらない。矢上の発した言葉に、先ほどから引っ掛かりを感じる讃良は訊ねた。
「矢上さん。友尊のことを皆さんは名前で呼ばないで、聖上と呼んでいたみたいだけど、それには意味があるのですか?」
「讃良さまは、友尊さまのことを何も聞かされてはいないのですか?」
矢上は不思議そうに言う。
「はい。友尊はわたしの家に滞在してるけど、ここでのことをあまり話してはくれなかったし、今日初めて友尊の世界に連れて来てもらったので……」
「そうですか。友尊さまったら説明の手間を惜しんだんですね。それに讃良さまのお宅に入り浸っていたなどとは…… 申し訳ありません。聖上がお世話になりました」
「あ。いいえ。それより聖上って?」
「ああ。そうでした。聖上とはこの国の帝の尊称です。聖上は鬼道を操り、この国におわします八百万の神々の力を借りて、この国を統治するとともに、祟り神からこの国を守っておられます。聖上の名を呼ぶことを許されているのは、聖上が許したごく一部の者だけです」
讃良がこの国の者ではないと知った矢上は、快く教えてくれた。
「つまり友尊は天皇なの?」
「そうとも言いますね。ですがわたくしたちは、鬼道の力で善政をしいて下さる帝を敬って聖上とお呼び申し上げております」
「そんな…… 友尊がこの国の帝だったなんて」
知らなかったとはいえ、讃良は恐れ多くもこの国でもっとも尊いお方を、呼び捨てにしていた事実に気がついてうな垂れた。
「驚きはもっともでしょう。ですが讃良さまは聖上の大事な想い人。これからは誠意を持ってお仕えさせて頂きますね」
張り切る様子の矢上とは反して、讃良の胸の内は萎んでゆく。
「ささ。讃良さま。髪をお梳き致します。どうぞこちらへ」
矢上が天蓋のついた寝台へと讃良を促がし、櫛で讃良の髪をとき始めた。
「まあ。なんて柔らかくふんわりした髪なのでしょう。色も赤みがさして、月の光りを受けてきらきらしてますわ」
「そんなことないです」
「お可愛らしい容姿をされているのに、謙虚なお方なのですね」
ますます気に入りましたわ。と、微笑む矢上に讃良は気が重くなった。
「讃良。待たせたな」
「聖上」
別れたのはついさっきなのに、友尊が現れたことで讃良の心は弾んだ。
「友尊」
「ではこれでわたくしは失礼させて頂きます。御用のむきがございましたら、この鈴でお呼び下さい」
矢上は讃良の表情の変化を見てとると、金色の鈴を讃良に差し出して退出した。




