42話・どうかこのままお留まり下さい
「聖上。お待ち下さい。讃良さま。我らがしたことお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。このようなこと二度と致しません。私だけではなく他の者にも誓ってこのようなことはさせない事を誓わせます。どうかもうしばしこの場にお留まりを。どうぞお願い申し上げます」
「矢上」
矢上と呼ばれた女性は膝を折り、低頭した。男性二名も慌てて後に続いた。
「お願い申し上げます。讃良さま。どうかこのままお留まり下さい。我らはもうこのような事は致しませぬゆえ、よろしくお願い申し上げます」
「どうか。どうかお許し下さい。もう致しませぬゆえ。ご容赦を」
「わたくしからもお願い致します。聖上はこの機会を逃したら一生、後がないでしょう。どうか讃良さま、もうしばらく留まって頂きたいのです」
皆が讃良が不愉快に思う行動をとったことを謝罪していた。友尊が気を許しているらしい不破と呼ばれていた若者も深く頭を垂れていた。友尊がどうする? と、言う様な目で讃良を見る。
「分かりました。あと少しだけ」
「本当ですか? ありがとうございます。感謝致します。讃良さま」
矢上が涙ぐんで喜ぶ。あとの二人も手を取り合って喜んでいる。友尊と讃良が交際するのに反対してるのではないらしい。ふたりが上手く行く事を望んでるようにも思えた。
「ではさっそくではありますが、ここではなんでしょうから、讃良さまの為にご用意した館にご案内致しますね」
小躍りしそうな足どりで、矢上がふたりの間に入り込む。面白くなさそうな友尊も、仕方ないなという様子で、讃良を送り出した。
「用を思い出した。矢上と先に言っててくれ。あとから行く」
「うん」
「ではご案内致します。讃良さま」
うきうきした様子の矢上の後についていけば、ここの屋敷は広い庭園を囲むように主屋の寝殿があり、それに対するように館が幾つか存在し、回廊で繋がっていた。寝殿造になっているようだ。
ちょうど讃良たちがいた母屋に対するような位置にある館の前で、矢上は足を止めた。案内された部屋は、友尊の部屋と対のようによく似ていた。板間の部屋に天蓋付きの寝台が置かれている。讃良は辺りを見回して驚いた。こんな広大な家に住んでるなんて、友尊はこの世界では、すごいお金持ちに違いない。
「これからここが讃良さまのお部屋になります。わたしはこれから讃良さまのお側でお世話をさせて頂くことになる矢上と申します。どうぞよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願いします。矢上さん」
板間に正座して矢上が三つ指ついて挨拶してきたので、讃良も慌てて同じ行動をしてみせると矢上が感心したように言う。
「わたしのような者にもご挨拶頂けるなんて、なんて気持ちのお優しいお方なのでしょう。さん付けでなくていいのですよ。わたしはただの使用人なのですから」
「そうはいきません。わたしはこの国の者ではありませんし、それに自分より年上の方を呼び捨てにするのは気が進みませんから。あ。友尊は別です」
「しっかりしたお方なのですね。構いませんよ。この国のお方ではないと? では讃良さまは海を渡って来られた一族のお方ですか? 大国の唐でしょうか? だから何となく顔だちに品が感じられ、垢抜けた容姿をされているのですね?」
「それは…………」
矢上は、讃良の発言から、海外から来た者と受け取ったらしかった。讃良が誤解を解いておくべきかと悩んでいると、品が感じられるだなんてむず痒いことを言われ、そのことに気をとらわれて何も言えなくなると、矢上が讃良に向き直った。
「先ほどは失礼致しました。聖上が気を失った讃良さまを抱えてお戻りになられたので、我らは驚きました。その…… 讃良さまは何もお召しになってなく、布を巻かれていた状態でしたので、お二人の間に何があったのか気になったものですから……」




