41話・わたし達以外に誰かいるの?
上から見下ろしている友尊が、讃良の手をとって、手の甲に口付ける。こちらを見つめる視線が痛いくらいだ。胸がどきどきしておさまらない。
「讃良……」
この先どうなるのか分からない展開に、そわそわしながらも目を閉じかけた讃良の耳に、小声で「おい。押すなよ」と、いう声がどこからか聞こえて来た。「ちょっと静かに」という声もした。
(気のせい? まさかこの部屋にわたし達以外に誰かいるの?)
友尊を伺えば、ぷるぷると震えた様子の友尊が、起き上がっていた。拳を握り締めたまま、部屋の隅に置いてあった几帳に近付く。
「そこで何をしている。出て来いっ」
声音は怒りを抑えているように感じられた。讃良が成り行きを見守っている先で、几帳の影から二、三人の男女が出てきて驚いた。白い直衣を着た男性に、小豆色の唐衣に桂を着た女官と思われる年輩の女性、直衣姿の凛々しい容姿をしているが、気難しそうな男がぞろぞろと出てきた。
「まさか今までのこと全て見られてたの? いやぁ」
恥かしさのあまりその場にしゃがみこんだ讃良に、哀れな目線をくれた友尊は、覗き見していた男女を睨み付けた。
「そなた達はなんということをしてくれたのだ」
「いや。その…… 聖上…… 患者の具合が気になりまして」
と、言うのは讃良がこの国に着て、診察してもらった医者なのだろう。白い直衣を来た中年の男性が、ご容赦を。と、謝罪する。
「申し訳ありません。私たちはただ…… その後如何かと…… 決して、聖上のお気に障る様なことをしようとしたのではなくて、そちらのお方の様子が気になりまして……」
年輩の女性も、讃良の具合がどうか気になったのだと、伝えようとしていた。
「お二人とも、なぜそのように畏まるのですか? 我らはただ、聖上が女人を連れ帰ったということで、心配していただけじゃないですか」
「そなたもそのなかにいたとは……! 不破」
男女が気まずそうに顔を見合わせる中で、平然とした様子で進み出た者がいて、友尊は頭を抱えていた。
「聖上がいけないんですよ。今まで女人を遠ざけておしまいになるから、女人には興味がないのではないかと皆が思い始めた矢先に、女人をお連れになったんですからね。どんなお相手なのか気になりますよ」
「悪いのは余か……?」
自分達の情事を目撃しようとしていた人たちを前に、不機嫌になる友尊に、讃良は居たたまれなくなった。この場で自分の思いを、露にするのは子供じみているようにも思えたが、皆から興味本位の目で見られているのは耐え難かった。
「もう嫌。わたし帰る。お願い。わたしを家に帰して。友尊」
「讃良。済まぬ。悪かった」
「ううん。友尊は全然悪くないから。友尊のいる場所が知れてよかった」
友尊がこの世界に連れて来たことを、後悔するように謝罪する。讃良は友尊に対して怒ってはいなかった。友尊の世界にちょっとでも触れたことが嬉しかった。ただふたりきりの所を、知らない人たちに覗かれて気分を害しただけだ。
苛立ちを秘めた瞳で、讃良の気持ちを汲んだ友尊は仕方ないと呟いた。それを見ていた中年女性が慌てて進み出た。




