40話・このまま返したくない
友尊は讃良が己を失った後、讃良を心配して自分の世界に連れ帰ったのだと言う。讃良は周囲を見回した。見慣れない漆塗りの調度家具や、色違いの綺麗な錦の布が下がっている几帳が目に付く。天井は高く格子状に板が組まれていて、その中に一つ、一つ牡丹の花が描かれていた。讃良は広い板間の中央に置かれた、畳のようなものの上に寝かされていた。人目を避けるように左右を几帳に仕切られていたが、狭くは感じられなかった。
奥の部屋には、友尊のものらしき天蓋つきの寝台が置かれている。寝台は薄い絹がカーテンのように下がり、その上から飾り紐に通した宝玉の玉や、花形に組まれた飾りが、縁飾りのように、幾重にも取り巻いていた。木造建築構造は、讃良の家と変わりないが、讃良の部屋の二倍以上は広かった。
「ここ…… あなたの家?」
「そうだ。ここは余の住まいだ。そなたはいま余の住む世界に来ている」
照れながらも友尊が教えてくれた。すると…… 讃良は掻き消えたい気持ちになった。
「ええ? じゃあ、わたしの着がえは誰がしてくれたの?」
「誰がしたのだと思う?」
「まさか…… あなたが?」
おずおずと切り出すと、友尊は不愉快そうに唇をつき出して見せた。
「女官にさせた。本当は余がしてもよかったが…… 実に気が利く女官たちに、部屋を追い出されてしまってな」
友尊は実に残念そうに言ったが、讃良は自分が気を失っていた間の出来事とはいえ、良かったと胸を撫で下ろした。
(でも女官って確か宮中に仕える女性の名称ではなかった?)
この世界でもその名が通用するのかどうかわからないが、母がよく見る歴史ドラマで、宮廷に仕える女官が出てくる話があった気がする。初めて会った時にも感じたが、友尊は華があって一般の者とはかけ離れたように感じた。
これだけの大きな屋敷に住んでいて、使用人がいる家庭に育った友尊は、こちらではどんな生活を送ってるのだろう。
「友尊ってこの世界では、かなり身分が高い人だったりする?」
「……まあ。そこそこにな。いずれその話はゆっくりと。それよりおいで。今夜は満月だ。ここで月見をしよう」
友尊は話をはぐらかす様に広縁に讃良を連れ出した。そこには朱塗りの高槻の上に、山型に持った小さく丸めたお餅と、徳利と似た形をした白磁の瓶子と揃いのお猪口が二つ用意されていた。先ほどの話に出てきた女官が用意してくれたものだろう。
広縁に腰を下ろすと友尊は、隣に讃良を座らせた。広縁から眺める中庭には、大きな池があってその中央には橋がかかり中州に東屋が置かれていた。その屋根に大きな月がかかり、かがり火よりも淡い光りを放ちながら、辺りを照らし出していた。
「綺麗ね…… 」
「そなたに会えぬ時はこうして月を眺めていた。そなたとこうして月を眺める日が来るとは思わなかった」
感嘆の声を漏らした讃良の目の前に、お猪口が差し出された。お猪口を口元に持って行きかけた讃良は匂いを嗅いでやめる。
「友尊。これお酒じゃない?」
「飲まないのか?」
「駄目よ。未成年なのに。あなたも確かまだ二十歳になってないわよね?」
自分の分のお猪口を、口元に運んでいる友尊に注意すると笑われた。
「余は成人式を済ませている。酒を飲んでも構わぬ年だ」
「えっ。いつ?」
「十五の年に元服は済ませている」
「あ……」
「そなたの世界とは違うからな。そなたの世界では二十歳をこえるまでは飲めぬのか? それは残念だ。そなたが二十歳になるまでは我慢しよう」
「あの。いいのよ。友尊は飲んで。わたしのことは気にしなくていいから」
友尊の落胆したような様子に慌ててとりなそうとすれば、いいと言われた。
「そなたと楽しむ為に用意させたのだ。一人で飲んでもつまらない。ちなみにそなたの国では結婚は二十歳になるまで駄目なのか?」
「結婚は、女子は十六歳であれば可能だけど……」
「それは良かった。それまで待つ気はないからな」
急に結婚の話題をされてどきりとした讃良の耳元で、囁かれる。それはどういう意味なのかと、言いかけた讃良の唇が塞がれた。いきなりのことで目を見開いたままの讃良から離れた友尊は、名残惜しいように讃良の唇に指を這わせた。
「好きだ」
「わたしも友尊が好きよ」
讃良が言い返すと、友尊の指が顎をとらえ上向かせる。友尊の顔が再び近づいてきて、目を閉じた讃良は、気がつけば身体が床の上に倒されていた。
「このまま返したくない」
「友尊」




