38話・ふたりは知り合いだったの?
「今帰りか?」
「また何か御用でしょうか? 友尊さん。讃良ならもう家に帰ってると思いますよ」
校門を出た真知は、自分を待ち受けていたらしい相手を見て困惑の表情を浮かべた。生徒会で文化祭の実行委員長を任されている真知は、今日も委員会の話し合いで下校時間が遅くなり、誰もいなくなった生徒会室の戸締まりをして、守衛さんに鍵を返した頃には、すっかり辺りは真っ暗になっていた。
いつもは遅くまで活動している運動部も、今週は早帰り週間で遅くまで残っている者はいない。
待ち受けていた相手は、真知の反応など関心ないように切り出した。
「いいや。そなたに用がある。ぜひとも付き合って欲しい」
彼の有無を言わせぬ強引さに、真知は呆れた。
「お断りします。讃良に誤解されるようなことはなさらない方がいいのでは?」
「あれは分かってくれる」
真知は眉根を顰めた。すでに友尊と一緒にいた所を、何人かの生徒に目撃されて噂にもなっている。これ以上、讃良に誤解させるような言動はつつしんで欲しいと訴えると、友尊は讃良は話せば分かってくれると信じているようだ。
女子は男性が思うほど大らかには出来ていないのに。真知は昨日、讃良が倒れたのは、自分達の噂のせいに違いないと思っていた。真知は警戒するように目を細めた。そうすると女性版不破のようだと、友尊に思われている等とは思わずに。
「讃良のことを良く知りもしないくせに。あの子のどこが気に入ったの?」
「それはそなたに言うべきことか? 讃良への気持ちは私のものだ。本人にしか明かせぬ」
「それならあの子を傷つけないで。このように誤解を招くような行動はやめて。大事な女性がいるのに、他の女性とも馴れ合える、無神経なあなたは讃良に相応しくない」
真知の言葉には棘があった。讃良の為と言いながらも、自分から讃良を取り上げようとする目の前の若者が許せなかった。
「そなたは私には讃良のことを良く知りもしないくせにと言うが、なるほど、そなたも私のことをよく知らないのだな? そなたは讃良をどう思っているのだ?」
友尊の探るような目つきに居心地の悪さを感じる。友尊にはどうあっても抗えない雰囲気があった。
「私は…… 讃良と十年、一緒にいた。あの子を悲しませるようなことだけはして欲しくない。でもあなたと讃良は一緒にいる次元が違う……」
「私たちの気持ちとそれは関係ない。だからそなたはそれを恐れているのではないか?」
「何をです?」
「隠しても無駄だ。なぜここに十年留まっていた? 何か理由があるのか? 真知。どうして私の呼びかけに呼応しなかった?」
友尊は真知の存在に気がついていた。真知はどきりとする。こちらの世界で初めて顔を合わせてから、友尊は真知を疑っていた。何度か学校帰りに待ち伏せて、真知のことを聞いて知りたがった。もう逃げられない……
意を決した真知は態度を軟化させ、目上に対する言葉使いに改めた。自分はすでに聖上のもの。契約を結んでいる限り、逃げ出しても連れ戻される運命にあるのだ。
「それは申し上げられません。聖上」
「鵜野のことと関係あるのか?」
友尊は気がついたようだ。真知がこの世界に留まるきっかけに。
「そこまでお分かりならば、事情はご存知なのでは? 聖上?」
「余はそなたの口から理由を聞きたい。それでなければ、無理にでもそなたを連れ帰らなければならなくなる」
「では聖上。私を連れ帰られませ。そしてもう二度とここには…… この世界には足を踏み入れないで下さいませ。お約束して頂けるのならば、私は永遠に聖上のお側に居りましょう」
真知は懇願した。友尊は愕然とした表情で、言葉を紡ぐ。
「……そなたは、余に讃良を忘れろと言うのか?」
「はい。それが違う世界に住む者たちの定めにございます。同じ世界では生きて行くのは困難にございます」
ふたりの後方でガサリッと音が上がった。ふたりの良く知る少女が、真っ青な顔して立っていた。
「讃良……」
「話を聞いていたのか?」
讃良に駆け寄り問いただす友尊に、讃良は肯き、涙を浮かべた顔を向けた。
「ごめんなさい。立ち聞きするつもりはなかったの。忘れ物を取りに来たらふたりが真剣に話しているのが見えたから……」
「讃良」
「二人は知り合いだったの?」
讃良の問いに、友尊と真知はそれぞれに気まずそうな表情を浮かべた。ふたりは視線を合わせようともしなかった。
「讃良。あの。これはね……」
「わたし、真知とは大親友だと思ってた。なんでも言いあえる仲だと、分かり合えてる間だと思ってた。だけど違ってた?」
「違う。讃良。信じて。私は讃良を……」
「言わないで! その先は聞きたくない」
後退りする讃良に、追いすがるように真知が声をかけたが、讃良に拒否されて尻すぼみに終わった。讃良はその場から駆け去り、後を友尊が追ってゆく。真知は悲しみに打ちひしがれた背を、黙って見送る事しか出来なかった。




