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空の鏡と聖上の恋人  作者: 朝比奈 呈
38/61

38話・ふたりは知り合いだったの?


「今帰りか?」

「また何か御用でしょうか? 友尊さん。讃良ならもう家に帰ってると思いますよ」


 校門を出た真知は、自分を待ち受けていたらしい相手を見て困惑の表情を浮かべた。生徒会で文化祭の実行委員長を任されている真知は、今日も委員会の話し合いで下校時間が遅くなり、誰もいなくなった生徒会室の戸締まりをして、守衛さんに鍵を返した頃には、すっかり辺りは真っ暗になっていた。

 いつもは遅くまで活動している運動部も、今週は早帰り週間で遅くまで残っている者はいない。

 待ち受けていた相手は、真知の反応など関心ないように切り出した。


「いいや。そなたに用がある。ぜひとも付き合って欲しい」


 彼の有無を言わせぬ強引さに、真知は呆れた。


「お断りします。讃良に誤解されるようなことはなさらない方がいいのでは?」

「あれは分かってくれる」


 真知は眉根を(しか)めた。すでに友尊と一緒にいた所を、何人かの生徒に目撃されて噂にもなっている。これ以上、讃良に誤解させるような言動はつつしんで欲しいと訴えると、友尊は讃良は話せば分かってくれると信じているようだ。

 女子は男性が思うほど大らかには出来ていないのに。真知は昨日、讃良が倒れたのは、自分達の噂のせいに違いないと思っていた。真知は警戒するように目を細めた。そうすると女性版不破のようだと、友尊に思われている等とは思わずに。



「讃良のことを良く知りもしないくせに。あの子のどこが気に入ったの?」

「それはそなたに言うべきことか? 讃良への気持ちは私のものだ。本人にしか明かせぬ」

「それならあの子を傷つけないで。このように誤解を招くような行動はやめて。大事な女性がいるのに、他の女性とも馴れ合える、無神経なあなたは讃良に相応しくない」



 真知の言葉には(とげ)があった。讃良の為と言いながらも、自分から讃良を取り上げようとする目の前の若者が許せなかった。


「そなたは私には讃良のことを良く知りもしないくせにと言うが、なるほど、そなたも私のことをよく知らないのだな? そなたは讃良をどう思っているのだ?」


 友尊の探るような目つきに居心地の悪さを感じる。友尊にはどうあっても抗えない雰囲気があった。 



「私は…… 讃良と十年、一緒にいた。あの子を悲しませるようなことだけはして欲しくない。でもあなたと讃良は一緒にいる次元が違う……」 

「私たちの気持ちとそれは関係ない。だからそなたはそれを恐れているのではないか?」

「何をです?」

「隠しても無駄だ。なぜここに十年留まっていた? 何か理由があるのか? 真知。どうして私の呼びかけに呼応しなかった?」



 友尊は真知の存在に気がついていた。真知はどきりとする。こちらの世界で初めて顔を合わせてから、友尊は真知を疑っていた。何度か学校帰りに待ち伏せて、真知のことを聞いて知りたがった。もう逃げられない…… 

 意を決した真知は態度を軟化させ、目上に対する言葉使いに改めた。自分はすでに聖上のもの。契約を結んでいる限り、逃げ出しても連れ戻される運命にあるのだ。


「それは申し上げられません。聖上」

「鵜野のことと関係あるのか?」


 友尊は気がついたようだ。真知がこの世界に留まるきっかけに。



「そこまでお分かりならば、事情はご存知なのでは? 聖上?」

「余はそなたの口から理由を聞きたい。それでなければ、無理にでもそなたを連れ帰らなければならなくなる」

「では聖上。私を連れ帰られませ。そしてもう二度とここには…… この世界には足を踏み入れないで下さいませ。お約束して頂けるのならば、私は永遠に聖上のお側に()りましょう」

 真知は懇願した。友尊は愕然とした表情で、言葉を紡ぐ。

「……そなたは、余に讃良を忘れろと言うのか?」

「はい。それが違う世界に住む者たちの定めにございます。同じ世界では生きて行くのは困難にございます」


 ふたりの後方でガサリッと音が上がった。ふたりの良く知る少女が、真っ青な顔して立っていた。


「讃良……」

「話を聞いていたのか?」 


 讃良に駆け寄り問いただす友尊に、讃良は肯き、涙を浮かべた顔を向けた。



「ごめんなさい。立ち聞きするつもりはなかったの。忘れ物を取りに来たらふたりが真剣に話しているのが見えたから……」

「讃良」

「二人は知り合いだったの?」



 讃良の問いに、友尊と真知はそれぞれに気まずそうな表情を浮かべた。ふたりは視線を合わせようともしなかった。



「讃良。あの。これはね……」

「わたし、真知とは大親友だと思ってた。なんでも言いあえる仲だと、分かり合えてる間だと思ってた。だけど違ってた?」

「違う。讃良。信じて。私は讃良を……」

「言わないで! その先は聞きたくない」



 後退りする讃良に、追いすがるように真知が声をかけたが、讃良に拒否されて尻すぼみに終わった。讃良はその場から駆け去り、後を友尊が追ってゆく。真知は悲しみに打ちひしがれた背を、黙って見送る事しか出来なかった。


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