34話・余の天女にはかなうまい
「恋とは思考が見境がつかなくなるらしいですから。あなたさまは大丈夫でしょうね?」
皇子たちのように、怪しげな女人には引っかからないで下さいね。と、注意する側近に対し、友尊は大丈夫と応えた。
「私には手綱をつけておかないと、心配でならない者がいるからな」
「手綱ですか? 新しいじゃじゃ馬でも手に入れられましたか?」
「いや。なかなかに愛らしい小鳥なのだが、なかなか気難しくてな。目が放せない」
「それはなんとも扱いにくい所では、皇子さまがたとそう変わらないような気が致しますが、早く手懐けられて、この館で飼われてはいかがでしょうか?」
不破には詳しい話はしてないが、彼は友尊の心がどこにあるのか、察していたらしい。鬼道の穴の向こうの世界の讃良は、自分が小鳥に例えられているとは夢にも思わないだろう。それだけ友尊にとっては愛しい存在なのだが。
「友尊さまがその小鳥のもとに足蹴く通われるよりは、手元に置かれて愛でられた方が、我々も安心ですし、執務もさらに進むでしょうしねぇ」
友尊がなかなか会えない讃良を思って、苛々していたのもお見通しのようだ。
「なるほど良い考えだ。それも考慮しよう」
「では御殿の一つを用意しておきましょう」
「それは少し気が早くないか?」
「何をおっしゃいます。遅いくらいですよ。あなたさまの年で、すでに父君もお子さまがいらしたではありませんか」
その子供とは自分のことを指していると分かった友尊は、何も言えなくなった。
「しかしその先ほどの話ですが、例の鵜野の姫とはまさか、あなたさまの元許婚の……?」
「そんなはずはない。鵜野の姫は亡くなっているのだから」
ふたりは多嶋の皇子の話を思い出し、思案にくれた。友尊は思い切ったように言う。
「不破。私はその姫に会ってみようと思う」
「友尊さま。もしかしたらこれは叔父上さまの罠かも知れません。思い止まりを」
「だがこう幾ら考えていても埒があくまい。なら実際に会ってみて皆が言う通りなのか確かめて見ようと思う。私は真実が知りたい」
「危険です。それにもし友尊さままでが、皆のように腑抜けにされてしまったとしたら何とします? あの真面目な阿部の御行さえ誑かされたんですよ」
「不破はその姫が狐狸精か何かのように考えているのか?」
「そうでもなければ、人外の者でしょう? あのようにやんどころない貴公子たちが誑かされたのは、尋常でない力が働いたものと思います」
「余もそう思う」
「それならばなぜ?」
「これ余が試されているような気がするのだ。天位についた者としてのりきらねばならない試練のように思っている。それにその女人が儚くどんなに魅惑的でも、余の天女には敵うまい。私の天女はあの月の向こう側の世界にいるのだからな」
友尊は夜空に浮かぶ月を見上げて言った。不破が羨ましいような素振りで言う。
「わたくしもその天女さまにお会いしてみたいものです」
「そのうちに会わせてやろう。だが側に容易に近付くなよ。警戒されて月まで羽ばたいていってしまうからな」
友尊は不破に楔を差すと、ほくそ笑んだ。
「ではさっそく御所車の手配を致しましょう」
「うむ。頼む」




