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空の鏡と聖上の恋人  作者: 朝比奈 呈
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33話・仏の御石の鉢を望まれて


「先日、伊勢国の山寺から盗難届けのあった、仏像を盗んだ容疑者を昨夜捕らえました。牢屋に入れておりますが、詮議はどう致しますか?」

「不破。ご苦労。今から行なおう。さっそくで申し訳ないが、中庭に連れて来てくれ」


 友尊が住む屋敷はこの国の政治を行なう機関の場所で、母屋は住居となっていたが、縁で繋ながった館が幾つかあり、それぞれの役割を果している。友尊が今いる執務部屋のある館は、評定の場としても利用していた。

 しばらくして後ろ手に縄をかけられた罪人が、番兵に付き添われてやって来た。


「座れ」


 番兵の指示に罪人は大人しく従い、うな垂れるように頭を垂れた。


「顔をあげよ」


 不破の指示で顔を上げた相手を見て、友尊は息を飲んだ。


「多嶋の皇子? どうしてそなたが?」

「申し訳ありませぬ。つい、出来心で……」


 多嶋の皇子はその場でがばっと平伏した。多嶋の皇子は友尊の母方の従弟だ。車持の皇子には親族としての情愛はないが、多嶋の皇子は自分が子供の頃、おしめを替えてあげた仲だ。実の兄弟のように育ってきたので、皇子のことはよく知っている。

 心優しい彼がこのような大それたことを行なったとは信じがたかった。



「どうして仏像を盗むなど、天にも(そむ)くような行いを?」

「お許し下さい。私が間違っていたのです。ある女人に恋焦がれた私は、その女人に思いを伝え、ぜひ妻に迎えいれたいと願ったのです。その女人は言いました。それなら『仏の御石の鉢』を手に入れて欲しいと。それが叶うのなら私の妻に喜んでなると言ってくれました」



 友尊は似たような話を思い出した。


「きっと今思えば、それは(てい)よく断わられたのでしょう。ですが本人の口から直接そのような言葉を頂けて私は舞い上がってしまったのです。仏の御石の鉢なるものを探しましたがなかなかありませんでした」

「現実には存在しませんよ。仏の御石の鉢なんて。あなたさまはそのことに気がつかれたのではありませんか? それで仏像を盗み出し、仏像の頭をくり抜いて『仏の御石の鉢』を作り出そうとした」


 不破の指摘に、多嶋の皇子は愕然とした。


「私は罪深いことを。申し訳ありません。刑に服す覚悟は出来ております」


 それだけ言うと低頭した。友尊のどのような裁きにも従うという気持ちの現われらしかった。友尊は目で不破を促がした。


「処分につきましては後日沙汰がございます。それまで自宅でご謹慎下さい」


 心からの反省が見られる多嶋の皇子は、逃走の心配もないだろうと、不破が牢屋からの解放を番兵に伝えた。番兵は皇子を牢屋に連れて行く手間がなくなったので、そのまま自分の持ち回りの仕事に戻った。


「お気遣い感謝致します。ありがとうございました」

「真人」


 多嶋の皇子は、友尊に礼を述べると退出しようとした。その背を友尊が呼び止めた。真人とは多嶋の皇子の実名だ。


「なんでしょうか?」 

「一つだけ教えて欲しい。そなたが求婚した相手の素性を」


 友尊の側近の不破はいなくなっていた。この場には友尊と真人の二人しかいない。


「詳しい事情が知りたい。まだそなたは私に隠してることがありそうだ。幼い時からそなたは隠し事が出来ない性格だからな。真人お前の顔にかいてあるぞ」


 友尊がにやつくと、多嶋の皇子は観念したように語りだした。真人が退出したのを見計らって不破が執務室に顔を出す。抜け目のない側近は、どうやら近くの几帳の裏に隠れて二人の話を聞いていたらしい。



「他の容疑者の話があいまいだったので、事件の背景がよく分かりませんでしたが、裏には一人の女性がからんでいたとは驚きました」

「そうだな。注文品の支払いが未払いだった車持の皇子を始め、海賊かぶれの大伴の子息に、密猟の疑いで捕らわれたものの、交渉して罪を免れた物部の次期頭首に、明らかに誰かを庇っているらしい火付けの容疑者阿部の御行と、まさか皆が関連してるとは思ってもみなかったからな。皆あまりにも短絡的だ」


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