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空の鏡と聖上の恋人  作者: 朝比奈 呈
31/61

31話・今一番会いたくて、今一番顔を見られたくない人


「……いいえ。聖上の天位に不満などありません。ほんの出来心でした。祝賀会の後、絡んできた者に八つ当たりされて、腹が立っていたのです。それでむしゃくしゃしていてつい……」

「御垣守ともあろう方が、そのようなことで付け火ですか……?」


 不破も信じられないように言う。


「あなたは誰かを庇っているのではないですか? 焼け跡から薄衣のような物が燃えた後が出てきました。あの日警護に当たっていたあなたは、火の手に気がついた。それで慌てて布のような物で覆い消そうとしたが、燃え広がってしまったのではないでしょうか?」


 不破の指摘に、まだその方が普段の彼を知る友尊にも信じられた。


「そうなのか? 御行?」

「……いいえ……」


 弱々しく御行は否定した。それを気にすることなく、不破は自分の見解を続けた。


「あの日、大天の姫の乳母だった鈴鹿さまが訪れていました。おそらく鈴鹿さまは何かをやらかそうとしていた。それを察したあなたは止めに入ろうとしたが、逆に思わぬ形で片棒を担がせられることになってしまったのでは?」

「いいえ。鈴鹿さまは関係ありません。私が独断でしたことです」


 阿部の御行は黙り込み、しばらくして評定場は閉廷した。  


 




「讃良ちゃん。起きたの? 大丈夫?」

「……お・母さ……ん?」

「あなた学校で倒れちゃったんですって? 医務の先生がお車で送ってくださったのよ」


 母がその時のこと覚えてる? と、聞いてくる。なんとなく覚えている。確か登校中で眩暈がしたと思ったら気が遠くなって……


「あなたこのところダイエットであまりよく食事してなかったでしょ? それにあまりよく寝てなかったようだから、体に無理が(たた)ったのね。今日一日は寝てなさい」

「……うん」


 寝返りをうつと母が部屋から出て行った。どうやら登校中に倒れて、先生に家まで運んでもらったらしい。貴子が先生に伝えてくれたんだろうか? と、思う。

 倒れた原因は母の言った通りだとしても、理由は分かっている。友尊が真知と付き合っている。その事実を突きつけられて、心が強い衝撃を受けたのだ。


(信じられない。信じたくない)


 二人が付き合っている事実を認めたくないと、心が悲鳴を上げ、体はその気持ちを支えきれなくなったから倒れた。


「友尊……」


 彼の名を呼ぶのが切ない。友尊は真知が好きなのだろうか? 真知も友尊を? 思っていた?と、考えると心の中に重石が落ちたように辛くなる。それなら讃良はふたりを笑って祝福するべきなのだろうが、今はそんな心の余裕がなかった。


「わたしって馬鹿みたい。こんなに友尊のこと好きだなんて……」


(今気が付くなんて。苦しいよ。もう遅いのに……) 


 こみ上げてくる涙が流れるのに身を任せていると、手が伸びてきてそれを払った。


「讃良。なぜ泣いている?」


 今一番会いたくて、今一番顔を見られたくない人がそこにいた。



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