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空の鏡と聖上の恋人  作者: 朝比奈 呈
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30話・食えない物部一族と放火魔


 友尊は物部一族は燕の糞のおかげで、繁盛してるのだろうと言った。麻呂は財源を断ち切られては大変とばかりに、友尊に懇願した。



「おやめください。お願い致します。我らはただ安穏と心静かに暮らして居たいだけなのです。これ以上、我らを翻弄して下さいますな。さすればこの御世は、我らは三輪山のように鎮座して末長く見守ることを誓いましょう」

「口先だけでは何とも言える。謀反人は世を欺く為には何とでも言える」

「とんでもありません。今更、物部の血が何を出来るというのでしょう? あなたさまならそれはよく御存知のはず。同胞を裏切る真似は出来ないと、この身に流れる血にかけて誓いましょう」



 物部一族は、この王朝の前の王朝の血筋だ。天位の簒奪を恐れた王朝側から、政治からは遠く隔てられた神職へと追いやられ、三輪山の宮司職についていた。

 友尊の母はこの物部一族の姫だったが、周囲への配慮により伊賀の端女だったとされている。真相を知るのは彼らのごく一部の者と亡き父と、父の皇妃だった現在は皇太后の倭姫だけだ。


「私を強請(ゆす)る気か?」

「とんでもございません。交渉させて頂きたいのです。もしもわたしの言うことをお聞き届け下さるのならば、あなたさまの為に税を五割増しでお支払い致しましょう」


 物部の者は強かな一族だ。友尊は慎重に訊ねた。麻呂はあくまでも取り引きだと言い、この件に目を(つぶ)ってくれるのなら、友尊の御世は黙って見守ろうという。

 麻呂は次期物部の頭領として用心深い性質のようだ。税の五割増しは楽ではないだろうに、それだけの代償を払ってでも、自分達にはもう関わってくれるなという意思表示にも受け取れた。

 政治は綺麗事だけではやっていけないのは友尊もよく分かっている。物部たちの不遇な時代も考え、この件は折半で折り合いをつけることにした。


「分かった。良きようにとり図ろう。血族の結束にかけて」

「ありがとうございます。我ら一族はもう古き一族です。あなたさまの治める御世を穏やかに見守って参りたいと思います」


 麻呂はそれだけ言うと静かに退出した。



「よろしかったのですか? 友尊さま?」

「わたしの采配に不満か?」

「いいえ。ただ…… まだあの者は何か隠しているようにも思えたので」

「あの者はすぐには口を割らないだろう。何か出てくれば、またその時に詮議すればよいこと。あの者たちは変に刺激しない方がいい。物部のなかでも過激派はいる。あの者が抑えこんでいるのを引き出しかねないからな。感謝しなければいけないのはこちらだ」



 友尊がそう結論付けると、不破は肯いて次の詮議の者を呼んだ。


阿部(あべ)()(ゆき)

阿部(あべ)()(ゆき)……?」


 友尊は読み上げられた名前に、意外そうな顔をした。阿部(あべ)()(ゆき)は年輩の男で、この館の警護をおこなう()垣守(かきもり)と呼ばれる衛士の一人だ。いつも覆面をしてることで有名で、友尊も見知っていた。仕事の評判はよく、人柄もいいので他の衛士にも慕われていると聞いていた彼が、ここで裁かれるとはどんな罪を犯したというのか。友尊は身上書を見て愕然とした。彼の起こした罪は生易しいものではなかった。


阿部(あべ)()(ゆき)。そなたはこの館に付け火をしたとあるが…… まことか?」


 信じられない思いで、目の前に(ひざまず)いている長身で体躯のよい男に目をやる。御行は武芸に通じ、嘘がつけない実直な男だ。若いときに認証沙汰をおさめようと果敢にその場に入り込んで傷を負ってからは、いつも覆面するようになったと聞いている。

 そんな男気があるところを、友尊は高く評価していたのだが、裏切られたような思いに駆られた。


「そうです。間違いありません」


 何かの間違いだと思いたい友尊の前で、覆面をしていても、凛々しい眉と目元もくっきりとした精悍な顔立ちがうかがい知れる男は、素直に罪状を認めた。


「なぜだ。なぜ火をつけた? 余の天位に不満があったというのか?」


 友尊が天位についた日の晩、祝賀会の後でボヤ騒ぎが起こり、後日、不審者として大天の姫の乳母の名が上がったが、捕らえられたのはこの男だった。自分から名乗り出たらしい。

 友尊が即位した時この男も側にいて、それを自分のことのように喜んで、寿(ことほ)いでくれたというのに。失望しかけた友尊に、御行はそれとは関係がない、あくまでも自分の個人的感情でしたことと白状した。


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