29話・龍の首の玉を欲しがった罪人と燕の密猟人
「お…… 親父……」
「お前とは縁を切る。もう親でも子でもない。申し訳ありませぬ。我が家の愚息が皆さま方にご迷惑をおかけした分は償わせて頂きます。ただ、もうこの者はただ今、縁を切りましたゆえ、大伴とは関係ありませぬ。聖上に処罰はお任せ致します。どうぞいかようにも裁いて下さりませ」
大伴は深く低頭し、恭順の意を示した。吹負は茫然としている。
何かあればいつも父の名で助けられてきた。それが今、自分が切り離されたのだと知って衝撃を受けたのだろう。
吹負がようやく大人しくなったところで、友尊は詮議を始めた。
「吹負。どうしてそなたは海外から渡って来た商人たちの船を海域で待ちうけ、船を襲って、海賊まがいのことをしてきたのだ?」
「……ある者に聞いたんだ。『龍の首の玉』ってのがあって、それが高値で取り引きされているって。珍しい物なら、海向こうの唐から渡って来た商船に乗せてると思った。だから襲った」
「龍の首の玉はそれで見つかったのか?」
「いいや、無かった。だからむしゃくしゃして、その船の荷を海に流してしまったのは悪かったけどさ、俺も焦ってたんだ」
「どうして龍の首の玉が欲しかったんだ?」
「それは…… 言えねぇよ」
吹負は押し黙った。岩のような体が無言を貫くと、評定所が目に見えない圧迫感に包まれた。不破が切り出す。
「ではその龍の首の玉のことはどこから耳にしたのですか? 龍の首の玉はどこにも存在しないのです。あれは作り話ですから……」
「やはりそうか…… だと思ってたんだ。すっかり騙されたよ」
ははは。吹負は天を見上げて片手で顔を覆った。真相を知った彼は見ていて気の毒になるほど意気消沈していた。父親にも勘当を言い渡され、精神的にも傷を負ったのだろう。
だが罪は罪だ。友尊は商船の被害額は大伴に支払わせることに決め、後日、吹負は百叩きの上、流刑を言い渡す事にした。
落胆の色が濃く、一気に老けた様子の大伴の退出を見送ると、不破が次の詮議の者が待っております。と、囁いてくる。
今日は詮議する件があと二件ほど残っていた。友尊は気持ちを切り替えて次の詮議の者を呼んだ。
「石上の麻呂」
「はっ」
番兵が罪人を引き立ててくる。こちらはさっきの罪人とは違って大人しく評定の場へと姿を現した。身上書には二十三歳とある。先ほどの吹負と同じ年だ。中肉中背の男の罪状は密猟だった。
この国では捕食することを許されていない燕を、大量に捕らえていたらしい。友尊はおや。と、思う。密猟するのは大抵、生活事情が苦しかったりする。だが彼の着ている物は大伴親子のように華美ではないものの、それなりの良質の着物を着ていた。顔色もよく、生活に困ってるようには見えないのだが。
「物部氏の直系のご子息です」
番兵が下がった後で不破が側で囁く。身上書に載ってなかった情報をこうして、彼はいつも与えてくれるお陰で、詮議がうまく回っていた。
「石上の麻呂。そなたは燕の密猟をしていたようだが、それには何か訳があるのか?」
「私は密猟はしていません」
「では無実なのに、捕らえられたと?」
「はい。何もしておりません。わたしはただ…… 燕が好きで、燕の巣を覗き込んでいた時に、覗き込んだ巣が地に落ちてしまい、巣が駄目になってしまったので、燕を屋敷に持ち帰って保護していただけです」
「ではその燕が増えただけだと?」
「はい」
衛兵が屋敷に踏み入った時、屋敷の一部屋に何百匹ものの沢山の燕がいたとある。
「なんでもそなたの屋敷は、近隣に住む者達に、燕屋敷と呼ばれていたらしいではないか?」
「ま、燕達が居座っておりましたからね」
「衛兵の話では、燕たちは羽を切られていたと聞いておる。これでは飛べぬ。燕の羽を切ったのは意図的だな。巷では燕の糞が美肌効果があるとして、洗顔用品として若い女人に大人気だと聞く。物部の者たちは最近実入りが良さそうだ。特別役職で出世した訳ではないのになぜだろうな?」




