28話・不敬な罪人
「この縄外せよ。なんで俺が罪人みたいに連れて来られなきゃいけないんだ。親父が迎えに来ただろうが。解放しろっ」
「座られませ」
後ろ手に縛られ、縄をかけられた、かっ幅のいい若者が評定の場で喚いていた。無駄に金や銀の装飾品で飾られた衣服を着て、錦の帯で留めている。顔には墨で頬のあたりにトカゲのような刺青をいれ、髪は鶏の鶏冠のように逆立て、どうみても大貴族の子息には思えない、野蛮な格好をしていた。
若者の態度を快く思わない番兵が、その場に腰を下ろすよう促がす。隣にはふくよかな父親が、真っ青な顔をして付き添っていた。
「放せ──。放せって言ってんだろっ」
「黙られませ。一体、どなたの御前だと思っているのですか?」
不破の制する声にも逆らい、若者は目を剥いた。その場に胡坐をかき、自分よりも四つ年下の友尊に、頭を下げるのは腹正しいとばかりに罵声を浴びせる。
「このガキが。こんなことして、タダで済むと思うなよ!」
「威勢だけはいいことだ。そなたがしたことは大伴の名で済まされることではないぞ。それなりの処罰を受けてもらうことになる」
問題を起こしても大貴族の大伴の名とお金で問題を解決してきたようだが、今回の仕業はそれだけでは済まされないぞ。と、友尊が釘をさすと、若者はあざ笑うように居直った。
「庶子のくせに偉そうだな。てめえの母親は伊賀国の端女だったくせに」
「これ、吹負。何と言う恐れ多い事を言うのだ。お詫び申し上げろ。申し訳ありませぬ」
吹負の隣に座していた父親は、顔面蒼白で自らの腕で、息子の頭を下げさせた。
「何しやがる。親父っ。だいたい親父もこいつの下で働くのを嫌がってたじゃねぇか? どこの馬が産んだとも知れない皇子が、天位につくのは我慢ならねぇって。本来なら俺ら一族の皇子が玉座に座っていたはずだって。なのになんでこいつの顔色伺ってんだよ」
「止めんか。吹負」
父の御世から仕えてきた重鎮が、息子の発言によって地位が危ぶまれていた。友尊は自分が天位についたことを、不満に思う者がいることはよく分かっていたが、皆陰で言うのに留まり、表立って彼に逆らう者はいなかった。
この若者の正直さに感心するのを通り越して、こんな息子を持った為に、苦悩が多そうな大伴に同情した。
「無礼な。子息が話したことは事実ですか?」
不破が食らいつく。大伴の弱味を握ったとも言えた。大伴の発言次第では、反逆行為と受け取られて家を取りつぶしにもなりかねない。
そうなれば一族郎党断絶の憂き身に合うと大伴は恐れていたのに、親の心子知らずで息子の吹負は、友尊に対する個人的感情で父の立場を貶めていた。
「いやそれは……」
「よい。不破。わたしの母は皇族の血を引かぬ。だがそれは今更の話だ。わたしは父の皇妃だった倭姫さまが天皇になった折に、皇太子の指名を受け、父の遺言によって天位についた。そのことはそなた達も存じてるはず」
父が生前、お前達に手回しをしたことで、母を皇族に持たない自分が、天位に就くことに同意したことを忘れたのかと言えば、大伴は戦慄き拳を握り締めた。
「親父。なんでこいつの言いなりになってんだ。こんな辛気臭いとこ早くずらかろうぜ」
「この親不孝者めが!っ まだ分からぬかっ」
大伴の怒声がこの場に轟いた。自分の身の上に起きた事が信じられないと、吹負は殴られた頬をさすって父親を見上げる。




