21話・キスされた
立て膝で前髪をかきあげながら、やれやれと友尊は呟く。その胸元に赤く痣が出来ていた。つけたのは自分と気がついて真っ青になった。
「ごめんなさ~い。知らなかったこととはいえ、本当にごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさ……」
「もういい。寝相が悪いにもほどがある。これからは気をつけろ。心臓に悪い」
ひたすら詫びる讃良を、友尊は制した。
「今度こんなことがあったら、それなりの罰を受けてもらうぞ」
「……どんな罰?」
ベッドに座っていても、自分より上背のある友尊を見あげれば、やや不機嫌ぎみの顔が歪んでほくそえんでいた。
「それなりの報復をする。その時に許してくれと懇願してもけして手加減はせぬ」
どこかいたぶる事を楽しみにしているような、友尊の一面を見た気がして、讃良は怖ろしくなり、今後友尊を怒らせるような行動をとるのは、やめようと肝に銘じた。
「許してください。もう二度とこのようなことは致しませんっ」
「許すのは今回だけだからな」
ベッドの上で正座し、三つ指ついて頭を垂れた讃良を、友尊はきょとんとした目で見ていたが、笑って許してくれた。
「でも友尊。いつの間に戻ってきてたの? あなたあっちに帰ったんじゃなかったの?」
夕食の後、友尊はあっちの世界に帰ってくる。また明日の朝来ると言い残して、例の穴から向こうの世界に帰ったのを讃良は見送ったのだ。
友尊がここにいるのはひょっとして、自分の世界に帰られなかったのではないかと思い始めていた。
「いいや。帰った」
「ならどうしてここに?」
「忘れ物を取りに戻った」
「そうだったの。じゃあ、取ってきてあげる。それって何? どこに置いてきたの?」
讃良は友尊の代わりに、忘れ物を取りに行こうとベッドから降りた。今は夜中で向こうの世界の衣服を着たままの友尊を、このまま部屋から出すよりも、この家の勝手が分かっている自分の方が、身動きが取れやすいだろうと判断したからだ。
讃良の腕が後ろから引かれた。
「いや。その必要はない」
「大丈夫なの? 大切なものじゃないの? 取りに戻ったくらいなんだから」
「もういい。用件は済んだ」
「帰るの?」
残念な気持ちで問えば、友尊が言った。
「また明日の朝、会えるではないか」
「そうだけど…………」
「そなたは酷な娘だな。あんなことをされて、余が平静でいられると思ってか? 余は辛抱したのだぞ。褒美くらい欲しいものだ」
「褒美? 謝罪じゃなくて?」
「まだ。分からぬのか?」
友尊が腹ただしそうに背後から抱き寄せ、片手で讃良を上向かせた。近付く瞳には危険な色が現れ、顔を寄せてくる彼を讃良には拒む事が出来なかった。
「………………!」
「時間切れのようだ。行ってくる。大人しくしてるのだぞ。朝食までには戻ってくる……」
唇に柔らかな吐息を感じた瞬間、友尊は消えていた。取り残されて、しばらく茫然としていた讃良だったが、あることに気がつくと例の穴に叫ぶのだった。
「友尊ったら。いつからわたしの布団の中にいたのよ──っ」




