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空の鏡と聖上の恋人  作者: 朝比奈 呈
20/61

20話・危なかった


 夢を見た。身をひるがえしているのは透明なくらげ。

広い夜空のような海に、幾つもの小さな赤いくらげが縮んでは伸びて、揺らいでいる。


(ベニクラゲ?)


 彼らは自由に空に泳ぎだす。浮遊という名の飛行で。小さなベニクラゲたちが楽しそうに集い、離れ、舞い、海の中の花となり星となった。

 降り積もる花は深い眠りにつき、星は瞬く。星が降りて流星になって降り注げば、そこから忘れていた出来事が芽吹いてきた。


 流星が落ちて芽吹いた草木がどんどん成長し、枝葉を伸ばして桃色の可憐な花を咲かせる。桃色の花は枝から離れ、地に落ちると何かの形へと形体を変えてゆく。桃の花は可愛らしい桃色の着物を着た少女へと変化した。


『……ウノノちゃん』


 讃良は少女の名を思い出した。あの日、竹林で別れた後、翌日彼女は自分に会いに来てくれた。その時から讃良にとってウノノは特別な存在になった。

 ウノノは讃良が会いたい時に、飛んできてくれた。毎日が楽しかった。


『ねぇ。ウノノちゃん。あなたはどこに住んでるの?』


 雷の晩。稲光が怖くて震える讃良を抱きしめながら、ウノノは月の向こう側の世界から来たのだと(うそぶ)いた。だから雷は怖くないと言いながらも、彼女の手も震えていたのを讃良は知っている。ふたりで毛布を被り、一晩中雷が早く去ってくれるのを祈っていた。

 いつもふたりは一緒にいた。いつの日からだろう。ウノノが讃良の前から姿を消したのは。そこには何かがあったような気がするが、思い出せない。


 ブクッ。ブクブクブクブク……


 気泡がたちあがると、視界が揺れた。意識が保てない。

 何か大事なことを忘れているようで、讃良は天を仰いで水面に映るウノノを見た。ウノノは何か伝えたそうな顔をして手を伸ばした。何かを指差していた。 


『なあに? 何と言ったの? 教えて。お願い』


(お願い!) 


 伸ばした手が空をつかむ。讃良の体は急に引力を感じた。深淵の底に引きずりこまれるように落ちていく。


(苦しい…… 助けて……)


 ─讃良っ。 


 空中でもがく手が、誰かに引き上げられた。もう大丈夫だ。ふわりと耳元で優しく囁く声に、讃良は絶対の信頼を感じてしがみ付いた。





「……らら。讃良」

「ん~……」

「起きぬか。讃良」

「嫌だ。まだ夜じゃない? 寝せてよ。お願い……」



 布団をめくられた讃良は、ぼんやりする頭で辺りを見た。まだ部屋の中は暗く陽も昇っていない。それなのにどうして心地よい温もりから離れさせようというのか。声の主に抗う様に、抱き枕にしがみ付けば悲鳴のようなものが上がった気がした。


「やめよと言うのに。讃良。讃良……」

「うう…………ん?」


 抱き枕が讃良の腕の中から逃れようとする。讃良は抱き枕を放さないように、足をからめて抱き寄せたのだが。なぜか強い反発を受けた。


「ええい。いい加減はなれぬか。讃良っ」

「えっ。え・ええ………………?」


 抱き枕から伸びた手に押し戻されて、目を覚ました讃良はベッドから落ちそうになったところを、抱き枕本人から引き寄せられて、転落を(まぬが)れた。


「良かった……」

「危なかった」


 双方の声が重なる。讃良は友尊に抱きしめられていた。上着の直衣を脱いで、着物だけになった友尊の胸の辺りを、自分の手が掴んでいることに気がつき、慌てて友尊の胸元から両手を放した。


「きゃっ。どうしてここにあなたが?」

「気がついてよかった。あのままだったらとても耐えられなかったぞ」


 友尊は襟から胸元までだらしなく着物が着崩れていた。はだけた着物から肌が覗く。抱き枕と思っていたものは友尊だった。本物の抱き枕はベッドから落ちてしまっていたらしい。


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