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空の鏡と聖上の恋人  作者: 朝比奈 呈
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18話・側近に言えない秘密


「おかしくないか?」

「ううん。よく似合ってるわ。『ごはんですよ』より数段かっこいい」


 人間着る物でこんなに印象が変わってしまうものらしい。友尊は清潔感が(にじ)み出て、横柄な部分はなりを顰め、垢抜けた好青年へと変化していた。


「あら。まだよく拭いてなかったのね。こっち来て」


 讃良はソファーに友尊を座らせて、ドライヤーを浴室から持ってくる。これで濡れた髪を乾かしてあげようと思ったのだ。友尊は物珍しそうにドライヤーを見たが、讃良にされるがままになっていた。



「髪の毛を洗った後は、よく乾かさないとね。風邪引くわよ。さあ。これでだいたい乾いたわ」

「すまぬな」

「あなたっておかしな言い方するわよね。こういう時はありがとうって言うのよ」

「ありがとう…… か」



 讃良に言われて、友尊は思わぬ言葉を聞いたとでも言うように呟く。



「それと自分のことを余ではなく、人前で話すときは、私か僕よ」

「私か僕か。まるで下々の者みたいだな」

「自分のことを余なんて言ってたら、おかしな人にしか思われないわ。気をつけてね。わたし達は、この国では下々の人だから」



 讃良はドライヤーを片付けながら、あることを思い出した。


「そうだ。お母さん達が帰ってくる前に、あと、もう一つ肝心なことを教えておかなくちゃね。こっち来て」

「何だ?」


 この世界に慣れない者にとって、困難を招くとしたらあと一つだろう。讃良は友尊の手を引いてトイレに向かった。他の事は讃良が一緒に行動して友尊に教えるにしても、これは無理がある。

 母達にいらぬ詮索をされない為にも早く、友尊にこの家のなかでのことは慣れてもらうのが最優先のような気がした。






 拝殿から出てきた友尊は、人目につかぬように自室に向かった。今は夜も更けて辺りは真っ暗だ。誰にも会わないはずだったが、自室に明かりが点されていた。この時間に自分の部屋を訪れる者はいない。几帳ごしに覗くと彼の側近が座して待っていた。



「やはりお前だったか? 不破」

「お帰りなさいませ。友尊さま。お帰りが遅いので心配致しました。お食事は?」

「済ませてきた。当分、食事はいらない。向こうで済ませる」

「ではお着替えを」



 友尊は着ていた服を脱ぎ、不破の手伝いで寝間着の着物の袖に腕を通した。拝殿には偽の()()の鏡が置いてある。その鏡から伝わる本物の()()の鏡の気配を頼りに、友尊は鬼道の道を開いた。その道は本物の()()の鏡へと繋がってるはずなのだが、なぜか讃良のいる世界へと通じてしまった。


 他の者には事情を明かせぬ為に、こっそりとこうして拝殿と自室を行き来している。不破は夜陰に紛れて、間諜が聞いてるかもしれない可能性を考えて、用心して訊ねた。もし神器が無くなったと、他の者たちに知れたなら大問題になる。



「例の品の行方はつかめそうですか?」

「まだ不明だ。鬼道で繋がった場所は思いがけない場所だったからな」

「異国人たちは独特の繋がりを持ってるようですから、そのなかに紛れてしまうと分かりにくいのでしょう。売り物にされていなければいいのですが」



 友尊は言葉を濁した。不破には神器の鏡の捜索で鬼道を用いて、捜査してることは伝えてあるが、その繋がった世界が、こちらの世界とまったく違う世界だったということは伝えていない。そしてその世界に友尊が足を踏み入れている事も。


 そんなことをいえば、未開の地に友尊を送り出すとは、とんでもないと言って引き止められるのは必定だ。おかげで不破は、いつも捜査して帰ってくる友尊が、奇妙な服装で帰って来るので、異国人街に立ち寄っていると思っているらしい。神器を海外に持ち出されてなければいいですが。と懸念する不破に、友尊は断定した。


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