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空の鏡と聖上の恋人  作者: 朝比奈 呈
17/61

17話・自分で自分のことはするのよ



「どこ見てるのよ。えっち」


 胸元にかかった水滴が下着の線を露にしていた。讃良は両手で胸元を隠すと、急いで浴室から出ようとしたが腕を引かれた。壁際に追いやられ、覆いかぶさるような形で、友尊が片手をついた。


「待て。まだよく分からぬ。一緒に入って指導してくれ」

「なっ。何言ってるの。こんな状態で。駄目よ。駄目。一人で出来るでしょ」


 友尊の顔が近づいてきて、逃げ場のない讃良は友尊の胸を押し戻そうとした。Tシャツごしにふれた胸板の温かさに触れて、胸の内がどきりと()ねる。友尊の真剣な眼差しに胸の鼓動が乱れた。


「ひとりで頭など洗ったことはない」

「ひとりで頭を洗ったことがないって、どういうこと? いつも誰に洗ってもらってるの? 恋人?」


 讃良がもやもやした気持ちで聞くと、友尊がそんな讃良の気持ちを読み取ったわけではないだろうが、言い訳をした。



「いつもは側つきの者にしてもらうのだ」

「側つきの人って?」

「余の身のまわりの世話をしてる者だ。馴染みの近習しか側に置かないせいで、余は女人(にょにん)嫌いと噂されている」


 友尊の髪を洗っている者は男性ということは分かった。讃良は少しだけ気がすんだ気分になった。


「じゃあ、何事も経験っていうことで、とりあえず頑張ってみて。わたしここで見てるから。どうしても駄目のようなら呼んで。脱いだ服はこっちにちょうだい。ああ。そうそうこっちに出てくるときは、そのバスタオルを腰に巻いてね」


 浴室の外に出ると友尊は、讃良をあてにするのは諦めたようだ。細めた隙間から促がすと浴室で脱いだ服を寄越(よこ)してきた。すぐにシャワーを使う音がし出す。物覚えはいい方なのだろう。讃良の説明でどこまで理解したかは分からないが、行動には移す事が出来たようだ。


 讃良は安心して、その場を離れた。自分も濡れたので着替えて来ると、約束したとおり脱衣所のところで待つ。体は讃良が用意したタオルで洗うことが出来ても、問題は、頭だろう。一人で洗ったことがないと言っていた。

 そわそわして待ってる間に友尊の脱いだ服を洗濯機に入れ、脱衣所の着がえの服を見れば、母が買って来たらしい新品のもので、白シャツに幾何学模様の入ったねずみ色のニットのベスト、茶色のパンツが下着と一緒に用意されていた。『ごはんですよ』Tシャツからは卒業らしい。

 カチャリと音がして、浴室から友尊が出てくると、讃良が言ったとおりバスタオルを腰に巻いていた。


「これでいいか?」

「ちゃんと洗えたじゃない」


 友尊は不安そうに聞いてきたが、讃良が褒めると嬉しそうな顔になった。普段は王さまで偉そうな態度をとる友尊が、心もとないように自分を頼ってくるのは、なんとなく気持ちがいい。讃良は指示した。


「あとはこれで体を拭いてね」

「拭いてくれぬのか?」


 讃良が大きめのバスタオルを広げて、友尊の頭にかける。友尊は非常に残念そうな声で言った。


「何を言ってるの? こっちの世界の者は、自分で自分のことはするのよ。はい。拭き終わったらこの服に着替えてね。わたしはリビングにいるから」


 しばらくしてリビングに姿を見せた友尊は、洗い立ての髪に白いシャツが良く似合い、ねずみ色のニットシャツと、茶色のパンツの取り合わせが、彼の足の長さを主張していた。モデル並みの体系をしている友尊に、讃良は羨望の目を向けずにはいられなかった。


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