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空の鏡と聖上の恋人  作者: 朝比奈 呈
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15話・ここは桃源郷か?


「寝顔見たの?」


 讃良は無防備にさらした顔を見られた恥ずかしさのあまり、どこか穴に入ってしまいたくなった。


「もお。分かったわよ。好きにしたら」


 半分投げやりの気持ちになって言えば、友尊から指示を受けた。


「ではとりあえず、そちらを持て」

「は・い?」


 讃良は訳も分からずベッドの端を掴まされていた。穴の上からベッドを動かしたのだと分かった時には、全て終わっていた。けっこうな時間が流れていた。


「これで余が帰って来ても頭をぶつけることはないし、そなたにもすぐ見える位置になる」


 こきこきと肩を鳴らして友尊は満足そうな顔をした。讃良はベッドに伏した。なんだか友尊のことを変に意識してしまった自分が馬鹿みたいだ。振り回されてしまったのが悔しい。


「はあ。疲れた~。もお。人使いが荒いんだから」


 一部、ベッドの位置を変えたことによって、勉強机やドレッサーなど、讃良の部屋にある全ての家具が移動を余儀なくされ、友尊に言われるがままに力仕事をさせられた讃良は、作業が終わって脱力した。そこへコンコンとドアがノックされて、母が顔を出した。



「まあ。ふたりで仲良くお部屋にこもってるから心配したけど、お部屋の模様替えをしていたのね。ありがとう。友尊さん。机があまり陽が射さない位置にずらしたから、讃良も勉強に身が入りそうね」

「お嬢さん、坊ちゃん、お茶をお持ちしましたよ。お召し上がり下さいな。お疲れでしょう」

「うわあ。ありがとう。真部さん。気が利く~」

「かたじけない」



 確かに重労働を行なっていたふたりは、癒しを必要としていた。タイミングよく持ち込まれた茶菓子や冷えた麦茶で疲れを取り払い、母達が部屋から出て行くと讃良は友尊に訊ねた。


「そういえば、あなたどうしてこの世界にやってくる事になったの? あなたが住んでいるところってどんなところなの?」


 讃良を見つめていた目が伏せられた。友尊はベッドに腰かけた膝の上で、両手を組んだ。



「あっちの世界での失せ物を探してこちらに来た。余がいる世界は…… 常に緊張を強いられていて、気が休まらぬ。食事も味見係りを通してからになるから、冷めた食事しか口にしたことはない。湯気のたっている食事は初めて食した。食事が美味しいと感じたのは生まれて初めてだ」

「あなたって傲慢(ごうまん)に見えるけど、けっこう苦労してるのね。食事が美味しく感じられないだなんて可哀想。人生の楽しみの半分が終わってるわ」



 讃良は同情した。



「それはどういう意味だ?」

「だいぶ損してるってこと。だって美味しい物が食べれないだなんて、生きている事になんの楽しみがあるの?」

「生きる事の楽しみ? 考えてもみなかった。生きるとは自分に科せられた使命を達成することではないのか? 楽しむ為の生き方なんて思ってもみなかった」


 そういった時の友尊の瞳が淋しそうで、讃良は思わず慰めるような言葉をかけていた。


「そうなんだ。じゃあここにいる間は、夢でも見たと思ってゆっくりして行けば?」

桃源郷(とうげんきょう)か? そうかもしれぬな。ここは平和だ」


 友尊がしみじみと言う。讃良は友尊は自分の世界を好いていないのかもしれないと思った。


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