12話・友尊ったらどこ行っちゃったの?
「例の神器の捜索のことでしたら、わたくしにお任せ下さい。あなたさま自ら捜査にあたられなくても……」
「分かっている」
不破は先日起きた神器のすり替えの一件を、友尊がひとりで調べて回っているのを知っている。友尊に口止めされた為、このことは公には出来ないが、事情を知る自分が何も出来ずにいるのは歯がゆいのだろう。
「それならもうお一人で出歩くのはおやめ下さい。わたくしとしてはこのまま大人しく 宮城に留まっていて頂きたいものです」
「お前は余を籠の中の鳥にしたいのか?」
「心配だからです。もし御身に何かあれば、この世はあの野に放たれた虎に、平定されてしまうことでしょう。それだけは避けなければなりませぬ」
「大丈夫だ。余の身体を傷つけられる者は、余と同じ鬼道を扱える術者だけだ」
「あなたさまは不死身ではありませぬ。怪我をすれば血も流れます。病気にもなれば床に臥します。天津神の系譜とはいっても不死ではないのですから、もう少し御身を労わって下さい」
自分達の計画は始まったばかりなのだからと不破は言った。ここで倒れているばあいではない。彼らに自ら揚げ足をとられるような状況を、提供してる暇はないのだと。
自分を信じてついてきてくれる忠臣たちの為にも、一日でも長く友尊は生き延びねばならない。その為に、政敵は倒しておくべきだと本能で知っていた。
父や祖父が通ってきた道だ。叔父は今なら油断している。そう思ってとった行動が、自分の身に跳ね返ってくるとは思わなかった。そのせいで怪我をしたのを不破は心配していたのだ。気をつけると約束すると、不破は安心したように部屋を辞した。
「まさかあの娘に接触することになるとはな……」
友尊は別れ際、泣きべそをかいていた娘を思い浮べて笑う。今ごろは友尊に逃げられたと思い怒ってる頃だろうか? なんだか愉快な気持ちになってくるから不思議だ。
あの讃良はとにかくおかしな娘だ。
「もお。友尊ったらどこ行っちゃったのよぉ」
友尊が消えたことで讃良は慌てた。部屋の中をうろうろと歩き回る。いつ戻ってくるのかも分からない相手を心配していた。もし、母達に聞かれたら、なんと答えたらいいのか悩んでいた。
「あ~。いつ帰ってくるのか、聞いておけば良かった」
ベッドの上に仰向けになった讃良は、ぼんやりと天井を見上げた。一晩しかたってないというのに色々な事があったように思う。急にどこかの世界から来たという友尊に出会い、ひょんなことから従妹として同居することになった。態度も言葉使いも大きくて、妙に自信に溢れた男。
「お~い。お~い。友尊ぁ~」
じっとしていられなくてベッドの下に潜り込んで、友尊が鬼道で空けたという穴に這って行き呼びかけてみるが、そこにあるのは暗い丸だけで、中からはうんともすんとも音がしなかった。
覗き込んでみても黒い闇が広がるだけで、触れようとしても床の感触しか返っては来ない。うっかり覗き込んでも顔が床に押し返されるだけで、穴に飲み込まれることもないのだ。
「お~い。友尊。いないの? どこ行ったのよ~。返事してぇ」
当然、返事が返ってくることもなく、讃良は脱力して床に顔を打ち付けた。
「痛い~。痛いよぉ~」
おでこをさすって起き上がろうとしたら、今度はベッド裏に頭をぶつけた。
「………………っ!」
あまりの痛さに讃良は眦に涙が浮かんだ。段々腹正しくなってきた。この道は友尊が作ったものなら、一度くらい返事を返してもくれてもいいんじゃないかと思わずにはいられない。
「どうして反応しないのよ。馬鹿。ばか。馬鹿。これって本当に、友尊のいる世界に繋がっているの?」
疑問が湧いてくる。もしかしたらこの穴に見えているものは、トリックアートとかで、友尊が描いた絵に過ぎないのではないかと。
「わたしあの人のこと何も知らない……?」
じわじわとくる痛みで、感傷的になりがちな状態から、少しずつ落ち着きを取り戻してはいったが、どこか胸の中に隙間が出来たような空虚を感じる。
「友尊…………」
讃良は穴の手前でうっつぶし呟いた。




