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空の鏡と聖上の恋人  作者: 朝比奈 呈
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11話・友尊が消えた?!


 讃良の母は、けっこう思い込みが激しい部分がある。昨晩はきっと変な格好をした友尊に出会い、自分で作り上げた、彼の不幸要素いっぱいの身の上に、同情したに違いなかった。あの母の様子では、しばらくは彼の世話を焼きそうだ。


「あなたをここから追い出して、この世界の難民になられても気まずいしね。まあ、お母さんが良いって言ったんだし、しばらく我が家に滞在していればいいんじゃない?」

「済まぬ。世話になる」


 友尊が申し訳なさそうに讃良の両手を握り締める。その態度を見てると悪い人でもなさそうだ。讃良は彼の着ていたTシャツからジーンズへと目を向ける。父は長身だが友尊にもちょうど身の丈が合っていたようだ。多少横にあまるぐらいなのは、父が横にも太い体系なのであって、友尊はそこまでいってない証明だ。Tシャツのロゴが、心もとないようにうな垂れて見えた。



「それってお父さんのよね?」

「そなたの母が、着がえにと持ってきた。そなたの父の私服だと聞いた。着がえを他に用意するからそれまでの間、とりあえずと言われたが。どこか可笑しいのか?」

「可笑しくはないんだけど…… 着るにしてはいまいちロゴがね」



 微妙な顔つきになった讃良を見て、友尊が訝る。


「ロゴ?」

「そこに書いてある意匠文字のことよ」


 友尊の胸にでかでかと『ごはんですよ』と、描かれている。美男子の友尊に着せるにはいささか滑稽だ。讃良は母の神経を疑った。母は自分が父にプレゼントしたTシャツが、着て貰えなかったので、友尊に貸し出したようだ。

 讃良はため息をつきつつ、重要なことを思い出した。自分のなかで優先すべき問題を。



「そうだ。友尊。あれをどうにかしてくれない?」

「あれとは?」

「もお。これのことよ」



 讃良はベットから降りて、ベット下を指差した。その時、友尊の体に異変が起きた。彼の手がかすれていく。足先も消え始め、それが段々からだの上半身にと侵食してきた。


「友尊……!」

「どうやら時間切れらしい…」


 驚く讃良に友尊は大丈夫だと言うと姿をかき消した。


「友尊──ちょっとぉ。この穴どうしてくれんのよっ」


 讃良の声は友尊に届いてはいなかった。





「友尊さま。お戻りでしたか?」

不破(ふわ)。良いところに来た。髪を結んでくれ」


 友尊は執務の間から、縁を渡って来た侍従を手招いた。不破は幼い時から仕えてくれていて気心が知れていた。不破は手際よく友尊の髪の毛をまとめながら言った。  



「今回は何事もなかったようで安心致しました。ご無事のお戻り感謝致します」

「不破は大げさだ」

「何をいいますか? ついこの間、狩りに出て胸元に怪我をされたのに、出歩かれて傷口が開いたではありませんか?」

「ほんのかすり傷だ。瘡蓋(かさぶた)がめくれて出血しただけのことを、そのように言わなくてもいいだろう? 今はもうなんでもないのだから」



 不破はそういう問題ではないと言いたげだったが、友尊はこの話はそれで終わりにしたかった。不破は渋々従い、友尊の着がえを手伝う。

 不破は貴族の中でも大貴族の子息で、先祖をさかのぼれば皇族に繋がる。仕事は懇切丁寧で周囲の者を扱う能力にたけ、指導者としても、周りに一目置かれていた。

 友尊の側近として、華々しい出世頭の彼は、女性にも大変もてる。


 鼻筋の通った細面に加え、一重で切れ長の目が特徴的で、彼が流し目をくれると、若い女性が失神するほどの騒ぎを起こすくらいに注目されているが、本人はそれには感心がないようで、愛想が全くないのが(たま)(きず)である。


 友尊は、あいまいに応えた。主の態度にあまりそのことに触れて欲しくないといった意思を感じ取ったのか、不破はそれ以上は追及してこなかった。



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