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第一話、始まり始まり

これからだったのに…。

意識が薄れていく中、ただそれだけの後悔の念が頭に浮かんだ。


身体中に広がる痛み、ひどい頭痛と吐き気、耳鳴りも凄かった。

その全部が、今はゆっくりと消えかけている。

体が段々楽になっていくと同時に、目が霞んで痺れが脳全体に広がっていくような感覚に捕らわれる。


車の走行音、ブレーキ音、誰かの悲鳴、そんなのがグルグルと無造作に頭に入ってくる。

キリキリと痛む腹部をさすると、ベタリとした嫌な感触を味わう。

それが血だってことは意識が薄れた俺でも明確に理解できた。

そのさすった手も最早動かせなくなる。


ゆっくりと、ほんとにゆっくりと、意識が消えていく。

あー、あれに似てる。

夜、ベッドに仰向けになってスマホをいじってて急に眠くなっていくあれに。

スマホが顔面に当たると痛いんだあれ。

眼鏡かけてる人はもれなく眼鏡に直撃してガツッとなるやつ。


けど、今俺がなってるこれは…、スマホが顔面に落ちてきたとしてももう微睡みから覚めることはないやつだろう。

あー、眠い…。もうすぐ完全に寝落ちる…。

どうして、こんな事になったんだっけ…?



[わっん…!わん!わん!!]



ん…?あ…?なに…?

こんな時なのに俺の最も苦手な響きが耳をつんざく…。

一番近くで鳴り響く音…。

不快音というよりは俺にとって恐怖の象徴…。



犬が吠える…声…、?


あー、そうか、思い出した…、、、

俺は…、、、



俺は、(かがり) 音也(おとや)

職業はフリーのジャーナリスト…。

年齢25歳、彼女なし、貯金なし。

20歳で都会へ出て、夢だったジャーナリストになったはいいものの、成果という成果もなく、5年の月日を無駄にしてきた。

しかし、人間生きていれば幸福も訪れるわけで…、、、



ある大企業のブラック事情を掴むことに成功したのだ。

友人が勤めてた会社でそのあまりのブラックさに嫌気が指した為にその内情を暴露するという話を持ちかけてくれた。

それに一枚噛ませてもらうことが出来たのは本当にラッキーだった。


その友人のツテで複数の従業員に楽々とインタビューも出来たし、不正業務の内容を詳しく調査することも出来た。

暴露の決め手となる記事も書かせてもらってその記事が大当たりしたのも幸運だった。


その大企業の不正やら従業員に対するブラック内情なんかを洗いざらい世に報道できたおかげで、俺も名のある新聞社に入れてこれからだって時だった。



いつもの朝、気怠(けだる)い体を無理矢理動かして朝食を取り、入社したばかりの新聞社へと歩を進めていた。

日曜日にも関わらず存在する都会の悪魔…、人混みに紛れ、あくびをしながらビル群を見上げさらに急ぎ足で交差点を渡る…、、、


その交差点を渡っていた時、ふっと目がある方向に固定された。

小さい女の子…、見た目小学3年生くらいの子がもうすぐ切り替わろうと点滅していた横断歩道へと駆けてきていた。


ただそれだけなら視線が固定されることなどありはしない。

俺の目を固定させた…、もとい全身を強ばらせたのはその女の子がリードで繋いでいた小さい生き物によるものだった。


犬…、ネコ目・イヌ科・イヌ属に分類される哺乳類の一種である。

あとの情報はネットを参照してくれ。

追記…、俺は犬が…、いや、けもみみ系が大の苦手である。



むかーし、むかしから俺とけもみみには苦い思い出しかない…。

犬には昔からよく吠えられるし、追いかけ回されたことが多々ある。

猫には引っ掻かれ、威嚇されたことしかないし。

都会に来る前の地元では猪・狼・熊にもれなく遭遇。

よく死ななかったと自分でも思う。

他のけもみみ類とのエピソードは数えきれないほどあるが、そのどれもが悪い意味でのエピソードばかりで頭が痛くなる。


俺はいわゆる、けもみみ難なのであろう…。

女難や水難みたいな…。

いや、全く嬉しくない。

みんなも経験してみれば分かる。

イヌブームやらネコブームやらがある今の世の中、けもみみ難の俺としてはこの世は地獄でしかないんだ…(泣)


と、話が大幅に飛躍したが、つまりはそういうことだ。

女の子を…、ではなく、その女の子が連れていた小型犬を凝視していた訳だ。

多分、ポメなんとかって種類だったと思う。

人混みの中、駆けてくる女の子から少しでも遠ざかろうと身をよじって何もなく通りすぎることを祈る。


信号機の青がチカチカと光っている。

もうすぐ切り替わるはず、、、

それを女の子も悟ってかスピードを緩め、止まろうと試みているのが分かった。

歩道の青信号が点滅していたら無理に渡ろうとしない…、良い心がけだ。


俺は逆に歩を進める。

早く通りすぎたかったが為だ。

横断歩道を渡りきり、女の子とけもみみ君とすれ違う。


ふう…。何とか何もなく切り抜けた…。

髪をくしゃっと前から掴み、額に浮かんでいた冷や汗を拭う。



<きゃ…!!?>



<ん?>



後ろで甲高く短い悲鳴が聞こえた…。

振り返って確かめる。

さっきの女の子の声だった。

横断歩道の手前で、右手を前に出しながら前屈みになっている。



<あ!!?>



さっきまで女の子が右手に握っていたリードがない!?

女の子の視線の先に目をやるとそこには、すでに赤に換わった横断歩道に飛び出してしまったけもみみ君の姿だった。

勢いあまって飛び出してしまったんだろう。

早く戻らないと轢かれ…!?



[ブオォォォ…!!!!キュキュ…!!!]



車の走行音、交差点を信号が換わるギリギリで左折してきた車が俺には見えた。

けもみみ君はそこから動かない、、、いや、動けない。

女の子がそれを助けようと飛び出そうとする。



<駄目だ…!!!!!>



今まで出したことのないような大声で叫んで歩道へと俺は駆け戻った。

飛び出そうとする女の子の肩をグイっと引き戻してその勢いで俺自身が横断歩道へ飛び込む。

視界には目の前にけもみみ君、右には乗用車…。


ゾクリと背中を冷たい電気信号が駆け巡る。

けどそれも振り切ってけもみみ君に手を伸ばして掴む。

ふわっとした抱き心地を瞬時に手放して女の子の方へと放り投げる。



そこからは音と一瞬の景色しか記憶してない。

短い走行音と、何か大きな衝突音。

耳にはキーンとした雑音が一瞬響き、目には青い空が飛び込んできた。



[どしゃ……っ!!!]



鈍い落下時の音。

僅かに意識が冴え、仰向けだった顔をかくんと横へと傾ける。

そこにはぺたんとお尻を地面にくっつけて座り込んでいる女の子、そしてその膝の上にはけもみみ君が見えた…。



[わっん!わん!わんわん!!]



あー、、、やめて、、、せっかく消えかけてた頭痛が戻ってくるから…、、、



俺はけもみみ系が大の苦手である…。

何でこんなことをしたのかはわからない…。

苦手だったけもみみに関わったからこんなことになったのかな…?って思った、、、


けど、それでも…、助けたかったって気持ちが生まれたのは本当で…、、、



人間これだから予測がつかないものだ。


嫌いだった相手が実は自分のこと好きだったり。


結婚までしたのに実は全然自分のこと好きじゃなかったり。


ライバルだったやつが最終決戦で自分の身代わりに命を落としたり。


親友だったやつが時を経て、ラスボスになってしまってたり。



話がまた飛躍したが、どうやらもう終わりみたいだ…。

目蓋も閉じて、体も完全に動かなくなった。

全身の痛みはもう感じない。

ふわーっとした快感が脳に溶け込んでいく。



まあ、さっき言っていたことがある(想像の中であるのも含めるが)世の中だ…。


苦手なけもみみを助ける為に…、


命を落とすことは…、


珍しいことじゃ、ない…、


かも、しれ、な…い…、、、



[パッ…!]




?(いや、十分珍しいですからね???



篝(は???



ふわーっとした快感が取り払われ、一瞬で目蓋が開眼する。

全身の痛みは全くなく、それどころか普通の肉の感触が戻っている。


開眼して、真っ先に目に飛び込んできたのは、金色の長い髪を携え、両手を腰の所に当てながら、距離にして僅か10センチの所で顔を近づけてきていた、女の子の姿だった。


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