第九話 大門と大砲と教会
集会所の裏口から作戦に参加するメンバーが待機している。反対側では集会所に残る人々がバリケード越しに騒いでゾンビの気を引いている。ゾンビが反対側に集中しているうちに作戦メンバーが移動しやすくするためである。
「よし、かなり数が減ったな。行くぞ!」
レインが一番にバリケードを超え、移動を開始する。
「迅速に行動しろ。気を抜くなよ!」
「皆さん、僕が説明したゾンビの話はあくまで参考程度に留めてください。ゾンビとの接触は最低限に抑えてください」
作戦通り、大門チーム、大砲チーム、教会チームの三手に別れる。
―大門チームサイド―
ボンド率いる大工連中は颯爽と屋根から屋根を飛んで移動する。跳べない距離にある屋根に移動する際は必ず大通りに降りるように征司から指示があった。大通りがない場合は大通りに面している屋根まで戻り、大通りに降りて、次の屋根を探した。狭い路地に降りた際に屋根の上からでは見れない路地の死角にゾンビがいた場合、降りた瞬間に襲われる可能性があるからだ。大通りなら近くにゾンビがいても対処する時間がある。
「あのセイジとかいう坊主の言う通りだ。ゾンビは頭が悪いから路地でつっかえて身動きできなくなってるヤツがいやがる。ゾンビ自身も知らずのうちに罠になっている。知らずに路地に降りたら襲われていたな。」
ボンドが屋根を飛びながら、征司の的確な指示に感心を抱いていた。
「頭領!もうすぐ大門ですぜ!」
「おう、近くまで行ったら下から見つからないように上で待機するぞ!」
何度か大通りを降りて遠回りをしたにも関わらず、ボンドたちは10分ほどで大門近くに到着した。
「!?」
到着したボンドたちは驚く。大門に集まる圧倒的なゾンビの数に。
「なんて数だ。100人はいやがるな」
集会所と同じでゾンビのうめき声がさらにゾンビを集めていた。
「協会の鐘がこいつらに聞こえるのか?」
作戦に一抹の不安をよぎらせる光景であった。
「頭領!あの中に生存者がいますぜ!」
「そんなわけねーだろ。いたら一瞬で食われちまうぞ」
「でも、あそこのヤツ、一人だけ手の動きが違いますぜ」
部下が示した方向を見るボンド。その先には確かに行動のおかしい者が1人だけいた。他のゾンビは人間を見つけていない場合は手をぶらぶらさせている、人間を掴める距離まで近づくと身体を掴もうと手を伸ばしてくる。しかし、その者は手を自身の背中に伸ばそうとする動作をしていた。
その者の容姿を見てボンドが呟く。
「あれは...エルフか?」
―大砲チームサイド―
アズマ率いる大砲チームすなわちリューラン会の構成員たちは大工たちとは違い、屋根を飛ぶ技術はないため地面をゾンビに見つからないように地道に移動していた。
「しかし良いんですか兄貴?せっかく手に入れた貴重な大砲を街の奴らに話しちまって」
構成員の1人がアズマに質問する。
「もう兄貴って呼ぶなって何度言ったらわかるんだヤス。会長だ、馬鹿。しかたねえだろう、生き残るには今は街の連中と協力するしかねえ」
構成員たちはアズマの判断に不服なところがあるらしい。
別の構成員が愚痴を漏らす。
「街の連中と協力なんてしたら俺たちのメンツが立たないですよ」
「別にリューランのメンツを捨てるつもりはねえよ。先を考えろ、先をよ」
「先?」
「俺たちは街の日陰者だ。表の連中と仲良くはできねえ。だが今は街の危機、街がなければ日陰はできねえ。詰まる所俺たちは街と一蓮托生の身だ。メンツが立たない行動だろうがリューランの存続にはこれしかねえよ」
リューラン会の会長であった実の父が亡くなり若くして跡を継いだアズマは構成員たちのまとめ上げをまだできないでいた。さらにそこで起きた今回のゾンビ騒動。リューラン会も人員的にも金銭的にも大きな損害を出しており、信頼をまだ勝ち得ていないアズマの頭を悩ます原因となっていた。
しかし、アズマはライボンの教え子ということもあり、ゾンビ騒動の先を読んでいた。集会所から出ず、安全圏で踏ん反り返っていれば、いつか避難した街の人々の不安と不満の矛先は日陰者であるリューラン会にくる。ならば、メンツが立たないと言われようともゾンビ騒動の解決に一役買い、今後の街での地位を得ようとしていた。
(泥水啜ってでも生き残る。親父の残したリューラン会を俺の代では潰させねえ!)
「兄貴...じゃなかった組長!着きました!」
ヤスと呼ばれている構成員がアズマを呼ぶ。
「よし、全員静かにしろ。中に居ないか確認する」
大砲を隠している倉庫に辿り着いたアズマは構成員を静かにさせてから倉庫の扉を叩いた。征司の助言であった。
「建物に入る前には静かにしてから建物の中に音が響くように建物を叩いて耳を澄ましてください。ゾンビは音に反応するはずですから、中に居れば大きい音に反応して、外からでも物音が聞こえるはずです」
そう言われていたことを思い出し、アズマは扉を叩いてから聞き耳を立てた。
ゴトッ!
物音がしたのを確認して、アズマは警戒を強める。
「誰かいるな。ヒトかゾンビかは分からない。油断するなよ」
アズマはゆっくりと扉を開けて中に入る。床には少量の血が付いており、奥に血痕が続いている。
「誰かいるか!」
アズマの問いに答える声はなかったが、奥からゆっくりとゾンビが現れた。
「大方、噛まれた後に逃げ込んだここでゾンビになっちまったってところか...」
アズマは日本刀の形状に似た刀を抜きゾンビの脳天を刺す。ゾンビは倒れ、二度と動かなくなった。
「組長...」
「使う準備はしておけ。いざ持って行って“使い物になりませんでした”じゃ笑いものだ」
アズマは冷静に構成員たちに指示を出す。罪もなければ自分たちの敵でもない人間をゾンビなっているとはいえ、殺す行為にはアズマと言えども抵抗がある。しかしこんなところで組織のトップが取り乱す姿は見せられない。
大砲の隠し場所に到着したアズマたちは協会の鐘が鳴るのを待つのみであった。
―協会チームサイド―
征司とリヴィア、そしてレインとガウと三人の警備兵は教会を目指す。街内でゾンビが集中しているのは大門、集会所、征司が蓄音石を投げた場所の三か所である。教会は大門と集会所の中間に位置しており、蓄音石を投げた方向は大門側であるため、教会チームは他の二チームより多くのゾンビを相手にすることになる。
しかし、警備兵のトップであるレインは強かった。ゾンビが襲ってきてもしがみついてくる前に複数体相手でも対処している。片手に西洋剣、片手にメイスを持っている。剣でゾンビの四肢、主に足の筋肉を斬り、倒れたところをメイスを用いて頭蓋を砕いて倒している。初めてゾンビと戦闘している様子には思えないほどであった。
「凄いですね。初見のはずなのにゾンビをこうも簡単に...」
征司はレインの戦いっぷりを感心すると、
「君の情報のおかげだ。ゾンビの行動パターンは限られていることが確信できた。君が話す前はゾンビにどれほどの知性が残っているかわからなかったから危険を冒して戦うべきではないと判断して逃げの一手だった」
熟練の戦士のレインだからこそ得体の知れない敵を相手にするときはどう戦うのではなく、どう逃げるか、そして情報収集を優先する。レインが本当の手練れであることを征司は確認した。
「ゾンビはゴーレムとは違うんだな...」
「ゴーレム?」
「あんたの国にはゴーレムはいないのか?」
ガウが話に割り込む。ガウは征司に対しあまり友好的ではない。少しでも征司の情報収集をしようとしている。
「いないですね。名前くらいは聞いたことはありますが...魔術で動く人形っていう理解で合ってます?」
「概ね正解だよ。レインさんの言う通りゴーレムとゾンビは違うかな」
リヴィアも割って入る。ライボンの弟子ということもあって魔術には少し詳しいらしい。
「どう違うんですか?」
「また敬語!」
征司はリヴィアに敬語を使ったことを怒られた。リヴィアを呼び捨てで呼ぶように言われた後、敬語も禁止されていた。
「こっちの方が自分的には楽なんですけど...」
「ゴーレムは事前に命令されたことを込められた魔力が続く限り忠実にこなす魔術の人形だ。つまり活動時間に制限がある。そして命令されたことしかできない」
レインがリヴィアに代わり解説する。
「ゾンビは人を喰うと言っても、すべてのゾンビが食べれているわけではないし、操っている術者が魔力を供給されているような動作もない。単純な行動しかできない点ではかなり似ているが、動き方に個体差がありすぎる」
リヴィアが自分が解説したかったという表情をし、レインの解説に無理矢理補足に入る。
「魔術は常識を超えようとするものとよく言われるけど、ゾンビが魔術におけるものなら、今までの魔術の常識を逸脱しているよ」
「常識外の魔術の常識外...」
矛盾している言葉だが、ゾンビ騒動はこの世界の魔術ですらできないことであるならば、ゾンビ騒動の原因は一体何なのか?征司の脳裏にその思考はどうしてもよぎってしまう。
「着きました」
ガウが全員に告げる。レインたち警備兵の戦闘の練度が高かったため、誰も欠けずに無事教会に辿り着くことができた。
教会の屋根の上には鐘を鳴らす鐘楼の塔が付いている。
「鐘楼にはどうやったら行けますか?」
「教会の奥に鐘楼に行くための専用の狭い螺旋階段がある。それを使う以外には壁をよじ登るくらいしかない」
「じゃあ、中に入るしかないですね」
壁をよじ登ることはできるだろうが、時間がかかることと警備兵は武器と防具が重しになっているため装備したままではいけない。鐘を鳴らせば街中のゾンビが全てここに集結する。武器防具なしはあまりにも危険である。
征司は扉を叩いてから聞き耳を立てる。
ドンッ!
内側から扉を叩く音がしたため、征司はびっくりして扉から離れる。
「中にいますね」
「ガウ、扉を開けろ。俺が倒す」
「はい!いきます...1...2の3!」
扉が開いた瞬間、レインは剣を振りかざし、扉を叩いたと思われるゾンビを斬る。
しかし、
「!?」
斬った直後、何かに気づき急いでガウに指示を出す。
「ガウ!扉を閉めろ!」
「はい!?」
突然の慌てたレインの命令にガウも慌てながらも指示に従う。
全員が青ざめた表情をしている。
「何が見えたんですか?」
扉を開けたため中の様子を見れなかったガウが質問する。
「20人はいた。恐らく礼拝の最中に襲われたんだろう」
「20人!」
「さすがに全員の相手はしてられないですね」
「教会の中で武器を振り回すのは危険だ。かといって一体ずつ外に出して倒すのは時間がかかりすぎて外のゾンビを呼び寄せてしまうな」
さらに言うのならば、リヴィアのことを気にかけなければならない。リヴィアは弓の名手だが、教会内での戦闘では間合いが近すぎて使い物にならない。つまりこの場において、剣やメイスの心得がなく身体が華奢なリヴィアは非戦闘員なのである。リヴィアを守りながら20体の相手は難しい。レインはリヴィアに足手まといと思わせたくなくて、あえて言っていないが、紛れもない事実である。
警備兵たちはこれからどうするか考える。しかし、時間がないため思考に焦りが生じ、うまく考えられない。
そこでセイジが、
「リヴィアさんなら簡単によじ登れるんじゃないんですか?」
「登れるけど1人で鐘を鳴らし続けるのは嫌だよ」
「鐘楼への螺旋階段に扉はない。1人だけで教会を任せるのは危険すぎる!」
ガウが征司に対し怒る。
「そんなことさせませんよ」
冷静に否定する征司。
「何か思いついたのか?」
レインが征司に問う。
「ええ、攻防一体の策があります。ゾンビの単純さを利用します」




