第六話 脱出作戦
「じゃあ、扉を開けますよ。僕が荷車を設置したら急いで乗って、しっかり捕まってください」
「わかった。しかし、焦りは禁物じゃぞ」
征司は頷き、扉を開ける。荷車を家から出し、ライボンも急いで乗った。
「いきます!」
征司は荷車を駆け足で引く。車輪の音が道に響く。しかし、征司は音も構わずに走り続ける。なぜなら周囲にゾンビはいないのだから。
征司の計画はこうだ。
まず、蓄音石を集会場がある方向とは正反対の方向へと投げる。そして、ひたすらゾンビが自分たちの周囲からいなくなるのを待った。ゾンビに対して居留守を使った。たとえ一度音を立てていようとも、姿を見せていようとも、音も姿も見せない状態を続ければ、ゾンビ達は遠くから聞こえる音を目指して移動する。ゾンビの習性を利用した極めて簡単な作戦だった。
しかし、周囲にゾンビがいないからと言って、駆け足で移動はしているが、全速力は出さなかった。リヴィアの移動と索敵に合わして移動するためであった。
ゾンビが蓄音石を目指して移動していても、すべてのゾンビが移動するわけではない。負傷などで足の遅いゾンビ、聴覚を失っているゾンビが路地に潜んでいるかもしれない。
そこで、屋根から屋根へと移動できるほどのフットワークの軽さを持つリヴィアを斥侯として先を行ってもらい、移動ルートの障害となるゾンビを探してもらった。
「見つけた!」
移動ルート上の路地にいるゾンビを見つけたリヴィアは素早く弓を構えて矢を放つ。矢は見事にゾンビの脳天を直撃し、ゾンビは倒れて動かなくなる。
「リヴィアさんは僕が物語で知っているエルフそのものですよ」
移動しながら屋根にいるリヴィアを褒める征司。
「私はエルフとしては半端者だけどね。弓には自信があるんだ」
褒められてうれしい表情をするリヴィア。
「歌も上手ですしね」
後ろから聞こえる蓄音石が発している歌声を聴きながら征司は言う。
「まさか先生の誕生日に歌った曲を録音したものをぞんびの誘導に使われるとは思わなかったよ」
リヴィアはうれしい表情から不服そうな表情へと顔を変える。
「すいません、安全に脱出するにはああするほかなかったので........」
「分かってますよ。あれが正解なんだってことは」
リヴィアも内心では征司の行動に悪意がないことも、効率的な脱出方法であることもわかってはいたが、気持ちの分別がつけられないでいた。
「そろそろ集会場につくぞ」
二人の間に割って話すようにライボンが言う。
(集会場か。思いのほかスムーズに辿り着くことができたな。蓄音石から離れるほどゾンビとの遭遇率は高くなると思ったけど)
征司が自身の立案した作戦が思いのほかうまくいったことに疑問を持ち始めていたが、
「止まって二人とも!」
屋根伝いに征司とライボンより先行していたリヴィアが二人に制止するように叫ぶ。いくら周囲にゾンビがいないからといって道のど真ん中で動きを止めるのは危険であることはリヴィアにも理解できていたが、構わずリヴィアを二人を止めた。
「どうかしたんですか?」
これには征司も疑問を持つ。
「集会場があいつらに囲まれてる....」
「「!?」」
征司は荷車からライボンを降ろし、おんぶの状態で担ぎ、音をださないように集会場に近づいた。そこで征司が見たのは、無数のゾンビに囲まれている集会場の姿だった。ゾンビ達のうめき声の合唱により、さらにゾンビが集まっており、手が付けられない状態であった。集会場周辺は蓄音石の歌声がうめき声によってかき消されていた。
(そうか、うまく作戦がいっていたのは、蓄音石と集会場の両方から音が出ていたから、ルート上のゾンビがどちらかに行くようになっていたのか)
「リヴィアさん。集会場に人はいますか?」
「いるよ。バリケードが壊されないように棒かなにかであいつらを追い払ってるのが見えるよ」
生存者がいたことに三人は安堵するが、これからどうするべきか、すぐに考えなければならなかった。
「ここにいても仕方ありません。とりあえず集会場に近づけるだけ近づいて、ゾンビが入ってこれない高さのある場所を探しましょう」
「それならこっちに来て」
リヴィアの誘導に従い、征司はライボンをおんぶしながら走り出した。




