第二十九話 答え合わせ
―次の日―
セイジはステラの屋敷に訪れた。出迎えてくれた家政婦のミルダさんと大広間で少し話をしてから、ステラの部屋に通される。
コンコン
「お嬢様、セイジさまをお連れしました」
「どうぞ、入って」
ステラの顔の血色は良く、体調は良さそうだった。
「こんにちは、ステラさん」
「こんにちは、セイジ。エルフの森では大活躍だったみたいね」
「逃げ回ってただけですよ」
「それで、今日はの要件は一体何かしら?昨日の今日で会議などないはずだけど?」
「今日はステラさんを励ましに来たのと答え合わせに来ました」
「答え合わせ?」
何のことかさっぱり見当がつかない様子のステラ。
「二人だけで話せますか?」
セイジはステラとミルダを交互に見る。
「いいわよ、ミルダ、下がってちょうだい」
「かしこまりました」
そう言ってミルダはお辞儀をして、部屋を後にした。
「それで話とは何かしら?」
「エルフの森でリューラン会のヤスと行動を共にしていたんですけどね、ヤスが持っていた剣はこのお屋敷の剣だったんですよ」
「......そうだったの。ヤスは相変わらず馬鹿ね!」
一瞬だけ冷たい表情になった気がするが、すぐさま笑顔になるステラ。
(ヤスが馬鹿なことは街のトップクラスまで周知の事実なのか...)
「うちに飾ってある剣にはダベントホームの銘が刻まれてるんだから、すぐバレるのに」
「ヤスをどうします?一応、窃盗なんですけど...」
「今回は許すわ。私とミルダを救出してくれた中にヤスもいたし、あの剣は報酬ってことにするわ」
『首斬りステラ』と言われているとは思えない寛大な判決を出すステラ。不正や罪を許さないステラなら、これをきっかけにリューラン会を潰す動きをしてもよさそうだが。
「そういえばヤスが変なことを言ってました」
「変なこと?」
「ステラさん達を救出した時に盗んだらしいんですけど、その時は既に一本なかったって」
「・・・・・・」
黙るステラ。今度は冷たい表情を隠そうとはしていない。
「おかしいな話ですよね。僕がこの間、大広間を見たときは一本あったっていうのに」
「・・・・・・」
「誰かがヤスより前に借りてて後から戻したのなら、ミルダさんが気づくでしょうし...」
この屋敷はステラが寝込んでいるということから、ゾンビ騒動以降、訪れる者は数が知れている。わざわざ返しに来るくらいなら正面から返せばいいだろうし、こっそり忍び込んで返す理由はない。
「じゃあ、ゾンビ騒動の時、家具の下とかに落とした剣をミルダが見つけて無意識に片付けたんじゃないのかしら?」
「いいえ、さっき、ミルダさんと話しましたが、剣はずっと一本は大広間に飾ってあったそうですよ」
「・・・・・・」
「なぜか尋ねた時、暗い表情でしたけど」
「・・・・・・」
黙りこむステラ。セイジはそのステラを見て確信し、答え合わせをする。
「大広間にある剣を戻したのはステラさんですか?」
「・・・・・・」
黙っているステラ。
「ミルダさんに嘘をつかせているのはステラさんですね?」
黙っているステラ。
そして、
「町長の首を斬ったのはステラさんですね?」
「・・・・・・」
黙っているステラ。それは否定をしないということ。
「ステラさん。僕は裁判官じゃありませんし、あなたに罪があるとも思っていない。町長の遺体にはゾンビ化が確認されていました。レインさんも同じ証言をしてくれます。ゾンビ化した人間を戻す術は現段階ではない。ステラさんはゾンビ化した町長を斬っても殺人にはならない」
「でも...」
ステラが口をようやく開く。
「でも、あなたならわかるでしょ。この場合問題なのは...」
「『首斬りステラ』ですね...」
『首斬りステラ』、それはステラ・ダベントホームの忌まわしきあだ名。
「『首斬りステラ』は父親の首すら斬り落とす、なんて噂が流れてみなさい。悪所の連中には良い攻撃の材料になり、一般の住人達は私に不信感を覚えるでしょうね」
「そうですね...」
「父の首を斬った時、父はまだゾンビになっていなかったわ」
「!?」
確かに町長の遺体のゾンビ化の進行度は低かった。それは進行する前に絶命していたからだったのである。
「広間に置いてあった遺体がいくつかゾンビとなって起き上がり、人々を襲い始めた時、父は私のを守ろうと駆け寄ってきた。でもすでに父はゾンビに噛まれていて、私はとっさの判断で壁に掛けてあった剣で父の首を思いっきり斬ったわ。あの時の父の表情は忘れられない。自身の娘が自分に対して剣を振るったことを理解できずにいる戸惑いの表情を。切断されて首だけになって宙を舞っていても、私と目が合っているの...」
「・・・・・・」
今度はセイジが黙っている。黙ってステラの話を聞く。
「あの日の前日、私は街の治安のことで父と口論していた。街の運営に私が関わるようになってからは父とよく喧嘩していた。私にはもうわからない...。父の首を見事に斬った時、自分が何を思っていたのかを思い出せないの...。もしかしたら、父に対する怒りで、好機だと思って斬ったんじゃないのかと...」
「そんなはずはない!!」
セイジは怒鳴る。
「あなたはきっと自分とミルダさん、そして街の人々のため、決断をしたんだ。決してやましい思いで選択しているはずがない!!」
ステラの究極の選択。それは『父』か『街』かだったのだと。
「あなたは何がしたいのセイジ?私を脅すために来たんじゃないの?」
ステラ側からすればセイジはステラの行いを証明し、街の権力を手に入れようとしている脅迫者がやってきたと思っていたが、その青年に励まされている。意味がわからない。
「言ったでしょ。励ましと答え合わせに来たって」
「励ましに...?」
「ステラさん、あなたの行いは公にはしない方がいい。きっと、ミルダさん以外の誰にも言わずにいるのはつらいことです。外の味方はいたほうがいい。僕がそれになります」
セイジは理解している。異世界人であることをひとりで秘密にし続けるのは難しいし、精神的につらい。だからこそ、秘密を共有してくれるリヴィアやライボン、そしてステラがいてくれることが心強いのだと。
「あなたに頼れっていうの...?」
「そうです!こんな世の中なんだから助け合いが重要です!」
そう言われてもと、ステラはまだ戸惑っている様子である。そんなステラを見かねて、
「では、ステラさんのわかりやすいようにとらえてください」
「どういうこと?」
「取引です。僕が異世界人だということを口外しないでください。そうすれば、町長の首を斬ったことを黙っています」
それを聞いてステラはポカンという表情をした後、笑った。大笑いだった。
「何それ、結局脅しているじゃない!!」
「やっと、笑ってくれましたね」
作り笑いではない、本当の笑顔を。
「わかったわ、セイジ。あなたの取引に応じます。私のチカラになって。私もあなたのチカラになるから」
「ありがとうございます!精一杯がんばります!」
二人は笑顔で握手を交わした。
「それと、アズマさんを議会のメンバーに残してほしいんですが...」
「わかってるわ、今なら父の考えが頭に入ってくる。彼らはこの街のために必要よ」
こうしてセイジの作戦は無事成功した。
―後日談―
薬は無事に完成し、病人達は快復へと向かっていった。連れ帰ってきたアレックスはリヴィアの電撃で再起動し、ライボンとミュージオ達に振り回されている。街の住人達には速くて、力持ちで不満も口に出さずに仕事をしてくれるので人気だった。
ある日、セイジはリヴィアに質問した。
「リヴィア、森に行く前の日、ガイドになれるって言ってたけど、君、森の事前情報は役に立ったけど、内部構造とか詳しそうにはみれなかったけど、あの森行ったことあったの?」
「ないよ。知識だけ」
「ないのかい!?ガイドの意味は?エルフ繋がりで交流があるわけじゃないの?」
「私、ハーフエルフだし、この街の出身だもん。ハーフエルフを受け入れるエルフ族ってあんまりないよ。エルフの長老は大体排他的だし...」
きっぱりとガイドのことを嘘だと、悪びれる様子もないリヴィア。
「なんでそんな嘘を?」
「エルフの女の子は綺麗だからね。セイジが見蕩れないように監視しについていこうと思って!」
可愛くウインクをしてくるリヴィア。
「それに最近はステラさんのところに入り浸ってたからね。あの人も美人だしね」
「っ!?」
じとーっとした目でセイジを窺うリヴィア。
(どうやら最近は女性に振り回されることが多くなってきた。身の振り方に気を付けよう...)
あらぬ疑いをかけられて処刑されるのはごめんだと。
(リヴィアの電撃でショック死も、ステラさんのギロチン刑を受けるのも勘弁したい...)
「私とステラさんどっちが好み?」
リヴィアが悪戯な表情で質問してくる。
「いや...それは...どちらも大変お綺麗な方でして...」
セイジにとってこの世界が当たり前のものになっていく。壁のさきにはゾンビ。無情な化け物たちに支配されつつあるこの世界では『究極の選択』がどこにでも潜んでいる。その選択が訪れることを少しでも先延ばしにしようと、セイジは必至に足掻き続ける。
しかし、今だけは、この街の中で羽根を休める。セイジ自身はリヴィアの手によって休めているとは到底思っていなさそうだが。それでも、セイジの顔は清々しく、色んな表情で溢れていた。
ささやかなこの喧騒が青年の守るべきものになっていく。




