第二十八話 帰り道
急いで馬車を走らせるヘリス、その荷台にはセイジとアレックス、ミュージオ。
(くそっ!荷台に三人だとスピードがでない!)
「おい、追手が来たぞ!」
後ろを見ていたミュージオが叫ぶ。そこには馬車を目がけて走ってくる獣人ゾンビが二体いた。
「まずい、このままだと追いつかれるぞ」
この馬車には弓がない。遠距離から迎撃する手段が存在しない。
「降りて迎撃シマス!」
「「アレックス!」」
アレックスが立ち上がる。
「私はタフネスです」
そう言うとアレックスは倒れこむ。
「「アレックス!?」」
わけがわからないセイジとミュージオ。
「充電が切れそうデス。激しい動きをするほどバッテリーの消費が激しいみたいデス」
「電池切れ...」
セイジはアレックスが暴れ出す可能性を考慮してフル充電せず、1/4しか充電していなかった。
「裏目に出たか...」
「私ヲ馬車カラ落として下サイ」
「は?」
「ゾンビは私を皆サン同様襲ってきまシタ。囮ニハなるはずデス」
「それは...」
それはアレックスを見捨てることに等しい。獣人ゾンビの爪や牙はアレックスのボディに引っ搔き傷をつけている。いくらロボットのアレックスでもゾンビの攻撃でダメージはある。囮になれば破壊される可能性が高い。
―まだ矢は放たれていない―
否、獣人ゾンビはすぐそこまで迫ってきている。時間の猶予はない。誰かを犠牲にして助かる。
―今が究極の選択の時―
「駄目だ。まだ全員で助かる方法はある。アレックス、腕のプロテクターを借りるぞ!」
「プロテクターデスカ?」
「セイジ、何をする気だ?」
「お互いにスピードを出しているんだ。ヤツらは攻撃するとき必ず飛び掛かってくる!攻撃パターンはわかってるんだ。迎撃できる!」
「セイジ!お前は兵士じゃないんだぞ!」
ヘリスの言うことはもっともである。戦いの素人であるセイジにこの一瞬の攻防を乗り越えられるかは賭けである。
「今戦えるのは僕だけだ。全員で助かるにはこれしかない。それに一度襲われているからタイミングはわかる!」
「だがっ!......!?」
最初にセイジが獣人ゾンビに襲われた時に無傷だったのは偶然だった。二度も幸運が訪れるかは期待するだけ無駄だろう。
「来い!」
セイジが覚悟を決めた時だった。二体の獣人ゾンビはセイジに飛び掛かかろうとする距離にいた。
「セイジ、やっぱお前は只者じゃねえよ」
馬車の屋根の上から声がした。屋根は布でカバーされているため、セイジには声の主の姿が確認できない。
しかし、セイジが上を向いた瞬間、すでに声の主はセイジの前に飛び降りていた。
アズマがセイジと獣人ゾンビの間に飛び込んできた。
「ハッ!!」
アズマは雄たけびと共に両手に握った剣を振るう。右手には日本刀のような刀。左手には青龍刀のような幅広の刀。その二本を振るい、一瞬でセイジに飛び掛かってきた獣人ゾンビ二体の首を斬り落とす。
獣人ゾンビの首は野原にゴロゴロと転び、首から下の肉体は活動を停止し、その場に落ちる。
「アズマさん!!」
ヘリスは馬車を停めて、セイジがアズマに駆け寄る。アズマが乗ってきたと思われる馬も近くをウロウロしている。
「よう、セイジ。お前ならやり遂げると思ってたぜ」
刀に付いた血を振り払いながらアズマが答える。
「アズマさん、めちゃくちゃ強いんですね」
「当たり前だ。武闘派リューラン会のトップだぞ。常に襲われる危険があるからな」
アズマは馬でセイジ達のいる森の裏手を目指して来ていたが、獣人ゾンビに追われているセイジ達を見つけ、馬から馬車の屋根に飛び、見事、獣人ゾンビを倒したのであった。
「すみません、アズマさん。組員の方が何人か犠牲に...」
「わかってる...ヤスとリヴィアとさっきすれ違ったからな...」
ヤスとリヴィアが乗っていた馬は森で獣人ゾンビに襲われた組員が乗っていた馬である。彼らが乗っていないことを確認したアズマには本来の乗り手に何があったか予想がついていた。
「アイツらは見事に命令を果たした。謝るようなことはするな。誇れ、アイツらと戦えたことを!」
「はい!」
「よし!じゃあ帰るぞ」
そう言ってアズマは自分の馬に向かって歩き出した。セイジは一度だけ森の方を向いて頭を下げてから馬車に乗った。
―帰り道―
馬車の荷台にはセイジ、ミュージオ、アレックスが乗っている。もちろんヘリスが手綱を握っている。ミュージオは元々衰弱していたこともあり、緊張の糸が切れたのか眠っている。アレックスは完全に充電が切れたようで活動を停止している。荷台でセイジだけが起きていた。
「認めるよ」
「え?」
ヘリスが話しかけてくる。前を向いたままなので、セイジからヘリスの表情は窺えない。
「兄さんが死んで、お前が英雄扱いをされて、俺はお前を疑っていた。街の士気を上げるためのお飾りの英雄なんじゃないかってな」
「ヘリス...」
「そんな道化のために兄さんが犠牲になったのが許せなかった。だからお前が密会をしていた時に盗聴していた」
「そうだったのか...」
「でも、それは間違いだった。エルフの森での任務でそれがわかった。お前は兵士じゃないが、勇気も覚悟も行動力もあった。お前は兄さんが...俺が命を懸けるに値する仲間だ」
だから認めるよ、とヘリスは言った。
「ありがとう。あと、博物館では言い過ぎた。ごめん」
セイジが感謝と謝罪を述べて、二人の会話は終わった。
―帰還後―
街に戻ると、セイジは住民達の歓喜の声で迎えられた。大方、先に帰還したヤスあたりが作戦の成功を叫んだのであろう。祝福を受けながらも、早速、セイジ達は妖精草をライボンのところを持っていき、薬の調合をしてもらいにいく。薬の調合の成功率が気になっていたセイジだが、なんと森で助けたエルフの中には妖精草の栽培と調合に詳しい薬師のエルフがいたのだった。薬の生産は問題なく進むであろう。
「アズマさん、少し話があるのですが...」
「何だ?」
セイジは妖精草を運んだ後、すぐにアズマのところに行く。あの事件の真相を確かめるためであった。人気のないところに行き、質問する。
「単刀直入に聞きます。町長の首切りにリューラン会は関わっていますか?」
「そのことか...」
レインはアズマに口止めのお願いをしている。アズマが関わっていなくても、話自体は知っている。
「関わっていない...と思う」
「思う...ですか?」
「もちろん、俺はやってないし、そんな指示出してない。だが、どこの組織も一枚岩じゃないからな。うちの組員全員の動きは流石に把握できてはないからな」
「そうですか...」
リューラン会の主張は『No』。しかし、悪所の荒くれ者であるリューラン会の組員が独断で行っている可能性はある。
「でも、やっぱりうちの奴らがそんなことするとは思えんな」
「どういうことですか?」
「うちの決まりには先代から続くのがある。『ダベントホーム町長に手を出すな』ってやつがな」
「そんなのがあるんですか?」
「あの町長はなんだかんだで、俺達、悪所のことを黙認していてくれたからな。悪所は見栄えは悪いが、はぐれ者達の受け入れ先だ。街の経済の一部分でもあるから、排除すれば、利益も治安もさらに悪くなる。それを町長もわかっていてくれたから、俺達は存在し続けられた。だから、町長には手を出さないように決まりがあったんだよ」
リューラン会は極道である。義理人情を重んじるココロがあるからこそ、町長達、街の管理者と表立って仲良くはできなくても、互いに共存関係なのがわかっていた。だからこそ、そんな決まりを作っていたのであろう。
「じゃあ、リューラン会に犯人がいる可能性は薄そうですね」
「ああ、そう願っている...だが、それをステラの嬢ちゃんがどう思ってるかはわからねえがな」
「いえ、それは大丈夫そうです。リューラン会の線が薄くなっているのなら、後は任せてください!」
「どういうことだ?お前、何をするつもりだ?」
「明日にでもステラさんの屋敷に行きます。そこで答え合わせをしてきます」
セイジはアズマにお礼を言ってその場を後にした。街の存続のため、明日、最後の話し合いをしに行く。




