第二十六話 名と銘
予想外の言葉に混乱するセイジ達。しかし、ヘリスは兵士として強気で会話を試みる。
「俺はヘリス。街の警備兵をしている。お前は何だ?」
「私ハ型式番号『AL-X』。他ノ私ノパーソナルデータ、記憶メモリハ消去されているため、教えられまセン」
「どういう意味?」
リヴィア達、異世界組は何を言ったのかさっぱりだった。セイジだけが今の言葉の意味を考えていた。
(パーソナルデータっていうのは自分のプロフィールのことか...記憶メモリは言葉の通り...つまりこのロボットは...)
「君は記憶喪失しているのか?」
「イエス。私ハ人間で言う、いわゆる記憶喪失デス」
「記憶喪失?何も分からないってことか?」
ヘリスは意見を求めようとミュージオとリヴィアの方を見る。ミュージオがそれに答える。
「そもそも会話ができる『人形兵』の数は歴史的に少なすぎる。命令を下すだけのモノに記憶など必要ない」
「私は専門外!」
「そもそも彼は魔術で作られた『人形兵』じゃないんだよ。生き物ではないけれど、自分で考えて行動できる機械なんだ」
「イエス、私ハ機械デス」
ロボットはセイジの話を肯定する。
「どうしてお前に分かる?」
「ゾンビと同じで物語で聞いたり読んだりしたことがある...」
嘘ではない、嘘をついているわけではないのだが、
「都合が良すぎだろ!お前の故郷はどうなってるんだ !?」
「ごもっともな疑問です...」
反論のする余地のないセイジであった。
「二人とも、話を戻すぞ。セイジが『人形兵』をここに置いたわけではあるまいし、セイジが理解していることがあるのならセイジに任せればいい」
ミュージオが二人の仲裁に入る。外見では分からないが、長命なエルフのミュージオがこの中で一番年上のため、子供の喧嘩に何度も付き合わされるのは勘弁なのだろう。
ミュージオの言葉でヘリスが引き下がる。セイジもロボットの方を再び振り向き、対話を試みる。
「すまない、君はどうしたい?こちらに対して何かしてほしいことや質問はないか?」
自分たちの希望を叶えるならまずロボットの希望を聞いておいた方が良さそうだと、セイジは可能な限り、このロボットの人権を尊重しようと考えた。
「私ハ、ロボットデス。本来、自己ノ欲ヲ持ちえません。しかし、データが欠損している以上、修復してオキタイデス」
カタコトに聞こえるのはデータが欠損しているためなのだろうかと疑問に思いながらもロボットに事実を伝える。
「生憎ここには君を直せる技術はない。恐らく君が造られた時代と世界が違う」
「そうですカ...それは残念デス」
「あまり残念そうに聞こえないんすけど...」
ヤスが小声で呟く。ロボットの声は抑揚がないので感情が読み取れない。そもそも感情などない可能性が高いが。
「どうだろう、君がもし起動し続けたいなら充電する方法の当てはある。僕らの仲間にならないか?」
この交渉はほとんど脅しに近い。意識を保つ方法はこちらが知っているからこちらに従えと絶対有利な交渉を行っている。それをセイジはオブラートに包んでいる。できる限り。
「かしこまりマシタ。本来、私ハ人間ニ仕えるための存在デス。アナタたちが善良なことを信じ、仲間になりまショウ」
「ありがとう!」
セイジはロボットに握手を求め、ロボットも握手に応じる。リヴィア達は何だか分からないがうまくいったことだけ感じ取って喜んでいる。ヘリスは不機嫌な顔だが。
(善良な人間か...ロボットにも倫理観を重んじる思考があるのかな?)
「デハ、私ハ何をすればいいですカ?」
「そうだね。まずは現状の説明をするよ」
こうしてセイジはロボットにこの世界のこと、ゾンビのこと、そして現在進行形でピンチに陥っていることを伝えた。
―数分後―
「現状を理解しまシタ。アリガトウございます」
あっさりとセイジの説明を信じるロボット。
「えっと...ゾンビってわかるの?」
自分の説明をすんなり信じてくれたのでちょっと心配になり聞き返す。
「イエス、蘇った死者、その死者に噛まれた者もゾンビになり人を襲うという架空の存在ですネ」
「自分のことはわからないのにゾンビについてはわかるの?」
「イエス、データにあります」
「記憶喪失の人が物の名前とか使い方は覚えているみたいなものか...」
人間とロボットの記憶喪失の違いはわからないが、理解が早いことは助かるので、とりあえず保留にする。
「で、どうするんだ?彼に何をしてもらう?」
ヘリスが口を挟む。
「彼は人間じゃない。噛まれてもゾンビにはならないから、外のゾンビの誘導を頼む」
「つまりは囮か」
「わかりまシタ。出口ヲ教えて下さい」
さっそく行動に移そうとするロボット。それを見て制止するセイジ。
「待て待て、外には犬みたいに素早いゾンビがいる。無策で行けばバラバラにされる」
「私はタフネスです」
(ギャグで言ってるのか?)
そんな風に呆気にとられながらも、セイジはロボット用に思いついた策を話す。
「君の頑丈さとパワーがわからないから、噛まれる前提で行こう」
―数分後―
準備を終えて、ロボットをどこから外に出すか話し合う。
「俺たちが来た扉は駄目だな。開けた瞬間に入ってくる」
「じゃあ、搬入口も駄目だね」
「やっぱ小窓からバレないうちに出すか...」
悩む一行。失敗はできない、一度きりの作戦のため慎重になる。
「あそこハどうでショウ?」
ロボットは天井に指を指す。そこはガラスでできた飾りの天窓。高さはかなりある。
「梯子でもないと登れないよ」
「私ナラ、ジャンプで届くと思いマス」
「本当か!?」
「イエス」
「どうせ一度きりなら窓を壊してもいいか。それにあそこから出ても、登ってこれるのは猫人ゾンビ数体。ゾンビの分散ができるか」
「決定ですネ」
ロボットは天窓の真下に行き、跳躍のために屈む。
「いいか、外に出たらすぐにツリーハウスの上に行け。そこをジャンプできるなら簡単だろう。音を鳴らして誘導してくれ、ゾンビを振り切れなければ、さっき言った通り迎え撃て。この建物の前にゾンビが居なくなったら教えてくれ。」
「了解シマシタ」
「『えーえる、えっくす』だっけ?言いにくい名前だね」
突然リヴィアがロボットに話しかける。
「リヴィア、いきなりどうしたの?」
「これから呼ぶとき長い名前だと困るじゃん。略すか、あだ名がないと...」
確かに作戦中に長い名前は言いにくいし、『お前』とか『ロボット』とかは乱暴な言い方である。
「デハ、名前ヲ付けてください」
ロボットはセイジを見ながら言う。
「え?僕がつけるの?」
ロボットはセイジを見つめている。肯定のようだ。
(名前?名付け親とかなったことないし...『AL-X』か...)
少しだけ考えて、
「じゃあ、『アレックス』はどう?」
「『アレックス』ですカ...シンプルでいい名前デス」
そう言うとロボットもとい、アレックスはジャンプを始めた。3メートル以上は跳躍するが、天窓には届かない。しかし、アレックスはそもそも真上にジャンプする気はなく、斜め上にジャンプし、天窓に続く壁に向かう。壁に足が着くと同時に反対方向の壁に身体を曲げて、再び斜め上にジャンプする。いわゆる壁上りというやつだった。体重なんてないんじゃないかと思えるように軽く、簡単に天窓に辿り着き、ガラスを破る。
パリンッ!!
「■■■■■■!!」
獣人ゾンビの鳴き声のような唸り声が聞こえ、アレックスはセイジ達から見えなくなる。
「よし、扉の前にいこう!」
残ったメンバーは武器を出し、出入口に向かう。
「セイジさん、兄貴の命令です。俺の命に懸けてアナタは守りますよ!」
「えっ?あっ...ありがとう...」
また何か言っているよとヤスのカッコいいセリフを流そうとヤスの方をチラリと振り向き、セイジはヤスに抱いていた違和感に気づく。
(あれって...)
それはヤスに抱いていた違和感というよりも、ヤスが持っている剣に対してのものだった。
ヤスが持っている剣は豪華な飾りがしてある装飾剣。絶対に盗品であるのは間違いないと感じながらも、悪所のリューラン会の組員で、馬鹿なヤスのことだしなと納得していたが気づいてしまった。森に入る前は木製の鞘に納められていて剣身がわからず、獣人ゾンビから助けてもらったときはそれどころではなかったので気づかなかった。
装飾剣には『ダベントホーム』と刻まれていた。それは町長の姓、つまり、ステラの姓であった。
(あれはステラさんの屋敷にあった剣だ...)
ステラの屋敷に飾ってあった装飾剣は一本足りていなかった。セイジの頭の中でゾンビ騒動でなくなったと軽く片付けていたが、紛失した一本がヤスの手元にある。
(ヤス...リューラン会...ステラ...町長...首切り...剣...)
今あるキーワードから導き出される答えがセイジの脳裏に浮かび上がってくる。




