第二十五話 古代の人形兵
―博物館内―
セイジ達は博物館内の探索を始めた。館内の造りはしっかりとしており、壁がゾンビに破られる可能性はなさそうだった。
館内には魔術の道具や昔の戦争の兵器や武器など、いかにもファンタジーな遺物が多く飾られていた。
「ここに展示されているのは古い遺物ばかりだ。動かせば壊れてしまうものや用途不明なものしかないと思うぞ」
この博物館の学芸員であるミュージオがセイジ達に説明する。
「一つの遺物では意味がなくても、組み合わせ次第でこの状況を打開できる道具になるかもしれません。ミュージオさん、展示品の説明をお願いできますか?」
セイジの頭にはさきほどヘリスに殴られて出血したため、頭に包帯を巻いて止血している。
「さっきの威勢は口だけか。何の策もないじゃないか」
さきほどのヘリスの怒りはとりあえず収まり、落ち着いてはいるが、セイジに悪態をつく。
「自暴自棄になって特攻するよりは命を有意義に使ってると思うよ」
セイジもさきほどまでキレていたので言い返す。二人に挟まれているミュージオは気まずそうだ。
「一番期待しているのはリヴィアが言っていた『人形兵』なんですが、実際のところ動かせますか?」
「魔力を流せば動くものもあるかもしれないが、獣人達に突進されれば一瞬で壊されるぞ」
「他の『人形兵』や遺物で補強するというのは?」
「私には『人形兵』を改造する技術がない。君たちには『人形兵』の心得が?」
もちろん、セイジ、リヴィア、ヘリス、ヤスにそんな技能はない。
「ダメか。リヴィア、君の魔術の心得から『人形兵』のパーツから蓄音石みたいなものは作れないかな?」
賢者ライボンは蓄音石を作れる。そして、その弟子であるリヴィアは賢者ライボンの誕生日に蓄音石を送っていた。ならば送られた蓄音石はリヴィアが作ったというのがセイジの推測だった。魔術の兵器である『人形兵』から魔術の道具である蓄音石を作れないかと考えたのだ。
「『人形兵』の構造を見てみないと分からないけどパーツが古すぎて使い物にならないと思うよ」
『人形兵』が展示されているコーナーに移動すると、ゲームとかにでてきそうな土や岩、金属を纏った『人形兵』が多く展示されていた。だが、そのどれもがパーツが欠けていたり、ヒビが入っており、押したら崩れそうなものばかりだった。
「使えそうなものはなさそうだな」
「本当に古いものばかりですね」
『人形兵』を使う計画は振り出しに戻り、落胆の空気が場に流れる。
「一応、古いだろうが、パーツは新品同然だが全く動かない『人形兵』が」
「どういうことですか?」
時間が経てばモノは劣化していく。古くても新品とはどういうことかセイジには理解できなかった。
「こっちだ。来てくれ」
ミュージオに案内され『人形兵』のコーナーを出る。連れていかれた部屋には鍵がかかっており、ミュージオが鍵を開ける。
「ここにはこの博物館でまだ研究中の遺物や貴重すぎて展示できないものが飾ってある」
「貴重すぎるって...まさか『古代の人形兵』!?」
リヴィアの目が輝く。
「そうだ。保存状態がとても綺麗だが、起動方法が全く分からず手を焼いていた。こんな状況だ。無理矢理分解して中を調べよう」
ミュージオには映画に出てくる学者のような『学術的価値最優先』みたいなものはないらしい。
セイジ達は中に入り、『古代の人形兵』を目撃する。
「まじかよ...」
セイジは『古代の人形兵』を見て唖然とする。
それは体長180センチほど。セイジのような人間の男性のフォルム。全身はグレーを基調とした配色。関節部には高度な機械のパーツが覗いている。顔は人間ではなく、明らかなロボットのデザイン。そう、これはいわゆるロボット、ヒューマノイドと言われるものであった。
「どうしてこんなものがここに!?」
セイジは驚きを隠せない。明らかにこのファンタジー世界のモノではない。文明レベルが違いすぎる。「魔術がある世界ならありうる」という考えを一瞬で吹き飛ばすような存在感。
「セイジ、これを見たことがあるのか?」
ヘリスがセイジの驚きを見て質問する。
「いや、見るのは初めてだ...」
このロボットはセイジが元いた世界でも造れる技術レベルの代物ではない。
(この世界のモノでも、僕の世界のモノでもない。つまり、僕のように他の世界から飛ばされてきたのか!!)
セイジが初めて遭遇するであろう漂流者、否、漂流物であった。セイジの中で思考が加速する。
「これを分解するの?」
リヴィアがロボットの手足を無理矢理引っ張ろうとする。
「待った!!僕に先に調べさせて!!」
せっかくの異世界転生に関わる存在を無残に破壊されそうになり、慌ててリヴィアを止めるセイジ。
「研究者たちが分からないモノをセイジが調べても無駄足じゃないか?」
ヘリスの意見はもっともである。『古代の人形兵』は高度な魔術的、学術的な存在で賢者ライボンですら専門外である。魔術の『魔』の字も知らないセイジがわかるわけない。それはこの世界の誰もがこの状況に遭遇すればそう思うだろう。しかし、セイジは自身の異世界人ゆえのこの世界の住人との思考の違いに解決の糸口があるのではないかと賭けている。
(何かあるはずだこのロボットには...動かせないとしても何かが!!)
「胸部の部分を押すと胸部が開くようになっている」
ミュージオがロボットの仕掛けを教えてくれる。
「胸?」
セイジは言われた通りに胸の部分を手で押してみる。確かに胸の中心部がボタンのように押せる仕組みになっている。少しチカラを入れてみると胸部全体がほんの少し浮く。下から上に持ち上げられそうなので持ち上げてみる。
ガパッ
胸部を見て一瞬セイジは言葉を失う。
「・・・・・・」
開いた胸部はロボットの中の大量の配線や回路があるわけではなく、平らな面があるだけだった。外装とは違い白いボディだが、黒い雷マークがあった。
「なんてわかりすいバッテリーなんだ...」
「それが何だかわかるのか!?その黒い文字が何を意味するか世界中の言語と照らし合わせても不明なんだが」
ミュージオがセイジが胸部の意味を理解していることを感じ、驚く。
「文字じゃなくてマーク...まあ同じようなものか...」
こういうのが生まれた世界が違うことによる思考の差異なのだろうかと呆れるセイジ。なんというかショボい差異である。
「この胸の部分はコイツが動くためのエネルギーを貯めておく部分だと思います」
頭を切り替えて説明するセイジ。
「つまり、エネルギーがあれば動くんすか?」
「胸のどこからエネルギーを入れるの?穴とかなさそう」
「そもそも何がエネルギーなんだ?」
三人の質問の通り、胸部がバッテリーと分かったからと言って、エネルギー供給をどうするかが不明である。
「魔力を胸を含めて全体に流す実験は既にしているが動かなかった」
「魔力で動かない...」
魔力で動かないということはやはりこの世界の『人形兵』ではないということ。セイジ側の世界、もしくは更に発達した文明から来たことは確かなようだ。
「ということはやっぱり...」
セイジの視線は胸部の雷マークにいく。
「電気かー」
「でんき!?あんな一瞬で消えるチカラを使うの?」
電力で生活していないこの文明レベルならそういう発想なのだろう。見えないチカラを『溜める』という発想がないのだ。
「試すだけ試してみるか!リヴィア、さっき使った電撃の魔術をこれの胸に当ててみて」
「私?」
リヴィアがさきほどセイジを獣人ゾンビから救った電撃の魔術。魔力ではだめでも魔力によって作られた電気なら使えるのではないか、そして、高度な文明世界から来たロボットなら、そもそもエネルギー供給口というものは必要ない非接触式なのではとセイジは考えた。
「威力を抑えられる?ヤスとヘリスは念のため剣を抜いておいて」
もしうまくいき、起動できたとしても、セイジ達に敵対する可能性もある。できる準備はしておいたほうが良さそうだ。
「いくよ、セイジ!」
「頼む、これが動き出したらすぐ後ろに下がって」
リヴィアが呪文を唱え、右手にバリバリと電気を纏い、ロボットの開いた胸部に手を当てる。
ビクン!!
ロボットの身体が跳ねるように動く。
「リヴィア、離れて!!」
セイジはリヴィアを連れて後ろに急いで下がる。
「成功したのか!?」
ロボットは一度跳ねただけで、また動かなくなった。
「電気に反応しているのは確かだ」
セイジは再びロボットに近づき胸部を確認する。雷マークの下の部分が僅かに赤く点滅しており、すぐ黒く切り替わり、点滅しなくなる。
「このマークはエネルギー残量を表してるのか!リヴィア、もっと電撃を!」
「すごい!『古代の人形兵』の謎が明らかになるのか!!」
ミュージオが興奮している。
リヴィアが再び呪文を唱え、右手に電撃を纏う。
「威力は同じで、さっきよりも電気を纏った状態で長く触れて」
「わかった」
セイジに言われた通りにリヴィアはロボットに触れる。ロボットは小刻みに振動を繰り返す。胸部の雷マークの充電表示は下から少しずつ上へと明るくなっていく。
「リヴィア、いったん離れて」
リヴィアがロボットの胸部に触れてから2分が経過した頃、セイジが離れるように指示する。雷マークは1/4が明るくなっている状態だった。
「まだ半分も明るくなっていないよ?」
電気を流すのを止めながら疑問に思うリヴィア。
「コイツがもし、僕たちに危害を加えるようなヤツで、僕らで敵わないような強いヤツだと止めるすべがないからね」
セイジはロボットを取り扱うフィクションのお決まりである『人工知能の暴走と反乱』を危惧してフル充電させなかった。
「充電停止......再起動シマス」
「!?」
「喋った!?」
ロボットは抑揚のない声を出しながら立ち上がろうとする。その声を聞いて、全員が身構える。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
起き上がったロボットは周りを見渡すような素振りをし、セイジ達の方を向く。
場に緊張が走る。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言が続く。この世界における、恐らく人類とロボットの初の対話。否、対話など行われず、戦闘になるかもしれない。セイジの元居た世界の文明よりも明らかに未来から来た存在。このロボットが攻撃してきた時、原始人同然であろう武装のセイジ達に勝ち目はあるのだろうか。
「黙っていてハ何も始まらないのデ、何か喋ってもらえますカ?」
「!?」
ロボットに会話の進行を任されてしまった。




