第二十四話 サバイバーズセンス
―博物館内―
博物館の中に避難できたのは、セイジ、リヴィア、ヘリス、ヤス、そして保護したエルフの男:ミュージオだけであった。
なぜ博物館が安全なのかというと、博物館の出入口の扉には鍵がかかっており、誰も入っていないからであった。ミュージオは博物館のスタッフなので鍵を持っていた。
現在、扉の裏には獣人ゾンビが群がり爪でガリガリと扉を引っ掻いているのがわかる。幸いにも鉄製の扉なので突破されることはないだろう。
もちろん窓もあるが、換気用の小さな窓であり、通れるかどうかは試してみなければわからない大きさのものばかりだった。万が一、身体が窓にはまればゾンビの餌食になるのは目に見えている。
「さて、どうやって脱出する?他に出口はあるか?」
「遺物の搬入口があるが、開ける際に音が鳴ってしまう...」
「あとはこの天窓かな」
リヴィアの頭上の屋根にはガラスでできた天窓があった。しかし、それなりに高さがある。
「あそこって開きますか」
「いや、ガラスでできた飾りだ。あそこから外に出るには割るしかない」
高さの問題がクリアできたとしても、音を立てれば猫人ゾンビが登ってくる可能性がある。
「ミュージオ、どうしてあそこに獣人達がいたんだ?」
「彼らは獣人の学生だ。勉強のためこの博文館で遺物を見学する予定だったんだ」
セイジは後でリヴィアからこっそり教えてもらうことになるが、獣人種は獣の性質を多く含んでいるせいか、野生的で野蛮な者や短気な者が多いと他種族から『学がない』と見下されることがあり、その偏見改善のために、獣人種の間では知識を身に着け、博識な獣人を増やすため、学生を多く外に輩出しているらしい。
「君たちが言うゾンビ?だったか...獣人の学生達がそれになって我々エルフは壊滅に追い込まれた。しかし、噛まれた同胞のエルフ達がゾンビになる前に囮になって獣人達をあの倉庫に閉じ込めてくれたんだ」
「そうだったのか...」
「なら今度は俺が囮になるか。その間に脱出しろ」
「ヘリス!?」
全員が驚く。
「他に方法がないだろ。ゾンビの注意を逸らすような蓄音石はないだろうし、脱出できそうな場所は全て開けた瞬間に襲われるのがオチだ。誰かが囮になるなら兵士である俺しかいないだろう」
「ヘリス...それは...」
セイジは古い鏡を見ているようだった。ヘリスの姿は少し前のセイジの姿だった。自己犠牲の精神。立派にも見えるが、残された者には堪らない。
「ヘリス、駄目だ...」
「何だよ?森の中では俺に従えと言ったはずだぞ。兄さんと同じようにお前を助けるだけだ...」
「っ!!」
その言葉を聞いて、セイジはキレた。
(ヘリス、やっぱり君は...)
「遺物の搬入口とやらの開け方を教えてくれ。そっちに俺が行って開けているうちに、搬入口にゾンビが群がるはずだ。そのうちに脱出しろ」
ヘリスはセイジを無視するように指示を出す。
だが、セイジは、
「ヘリス、僕はガウさんのことで君に謝らない」
「は?」
兄の名前が出たことでヘリスが手を止める。
「ガウさんの代わりに生き残ってごめんなさいって君に謝るつもりはないって言ったんだ」
「何だと?」
ヘリスも明らかにキレている表情だった。しかし、セイジは話を続けた。
「君、本当は僕に対して逆恨みしているんだろ?なんで兄さんがこんな何処から来たかもわからないヤツのために死ななければいけなかったんだって!だから、僕の精神を削ろうと陰湿に言葉で圧力をかけてきたんだろ?」
「お前!!」
ヘリスはセイジの胸ぐらを掴みかかる。
「僕はガウさんに助けられた。僕もすぐリヴィア達を助けるために自分を犠牲にしようとした。だが、違うんだ。助けられた者は生き残り続けなければならない。君も弟なら兄貴の分まで生きようとか思え!」
「甘ったれたこと言うな!誰かが犠牲になるしかないんだよ!!」
ヘリスはセイジを殴る。
「やめて!二人とも!!」
リヴィアが制止しようとするが拳はセイジの頭にクリーンヒットする。
だが、セイジは倒れず、ヘリスの拳を額で受け止めていた。
「確かにそうするしかいけない時もある...」
額から血を流し、ヘリスを睨むセイジ。
「ガウさんは矢を放たれた後だった...ミュージオさんを救ったエルフは噛まれた後だ。究極の選択だ。でも僕らには時間がある。誰もまだ矢を放たれてないし、噛まれてもいない。思考を止めるな。生存を諦めるな。生き残った者の責任を果たせ!!」
「なっ!?」
血を流しながら怒鳴るセイジの姿に圧倒されてしまったヘリス。
「でも、実際問題どうやって脱出します?」
空気を読めないヤスがセイジとヘリスの喧嘩に割って入る。否、むしろこの喧嘩を終わらせる最高のタイミングを馬鹿なヤスだから掴めたのかもしれない。
「時間はある。究極の選択にはまだ早い。まずは博物館を探索しよう」
そう、矢はまだ放たれていないのだ。




