第二十三話 放たれる牙
―セイジサイド―
蓄音石の音が鳴り止んでから数分、
「セイジ、屋外にいるゾンビは全部片づけたぞ」
リューラン会の組員がセイジに報告をする。
セイジは事前にゾンビの数が少なかった場合、集落の探索を行う際、家屋の中を調べる前に屋外のゾンビの掃討を命じていた。落ち着いて探索をしたいからという理由と、万が一取りこぼしがあった際、蓄音石が鳴り止んだ状況なら危険に気づきやすくするためであった。
「ありがとうございます。では、みなさん、上からの奇襲の可能性を最初に潰しておきたいので、先にツリーハウスの探索を行ってください。どこかに生存者がいるはずなので、ゾンビと間違わないようにお願いします」
「どうして生存者がいるってわかるの?」
「ただの勘だよ。いくらエルフゾンビが脅威でも、この集落が全滅するとは思えないよ。ゾンビの食い残しが少ないし、ほら、あそこを見て」
セイジが指した方向にはツリーハウス同士を繋ぐ吊り橋があった。しかし、その吊り橋はロープが切られて反対側にはいけないように垂れていた。
「きっとあの吊り橋を使えないようにしたのはゾンビになっていないエルフだ。ツリーハウスに避難して、吊り橋を落とせば、襲われる心配はなくなるからね」
いかにエルフゾンビが賢くても、街の奪還の際に遭遇したエルフゾンビは屋根の上に登ってくることはなかった。エルフ自体、古来からツリーハウスで暮らしてきたのなら、本能としてゾンビになっても木登りくらいできるかもしれないとも考えられるが、あくまでゾンビになっても行える細かい動作は一部のみというのがセイジの考察だ。
「確かにこの集落の高低差からして上にいた者は下でゾンビの騒動が起きても気づけるだろうしな。木々には木の実とかもあるだろうし、最悪、猿のように枝から枝を渡れないこともないだろうし、全滅っていうのは考えにくいな」
ヘリスもセイジの意見に賛成する。
「でも、私達が弓をこんなにビュンビュン射っても生き残ったエルフが未だに音沙汰なしっていうのは変じゃない?」
「そこなんだよね。僕らを盗賊とかだと思って警戒しているのか、ヘリスの言うように枝を渡ってもう森から脱出してるのか」
地形的に生存率の高いはずの場所で存在しない生き残りについて疑問を浮かべるセイジ達であった。
「あそことか怪しくないですか?」
ヤスが指した方向には倉庫があった。重くて上に持っていけない物などを保管する地上の保管庫である。
「食料が一番困ると思いますから、俺なら上に行くより物資が一番ある場所に行きますよ」
「なるほど!」
「そういう考えもあるか」
「ヤスにしては名案だね。馬鹿なのに!」
三者三様の感想。リヴィアが一番ひどい。
「よし、倉庫が本命として、僕らもとりあえず、上に登ってみよう」
そう言ってセイジは吊り橋を切り落としたほうのツリーハウスに登る。しかし、生存者はやはりおらず、無残な姿の死体がひとつあるだけだった。
「この死体、食い殺されてるな」
死体には噛まれた跡や引き千切られた跡があり、頭の噛み傷も脳まで達しているらしくゾンビにはなっていない。
「吊り橋を切ったけれどこちら側にもすでにゾンビがいて、襲われたってところか」
「じゃあ、襲った側のゾンビはどこ?」
「食べたあとに下に降りたのか?」
「いや、普通のゾンビなら落ちることはできても、綺麗に降りることはできないはず...」
仮に吊り橋を落とした生存者が先にツリーハウスにいたゾンビに食われ、そのゾンビがツリーハウスから落下すれば、それなりの高さがあるため落下のダメージを受けるはずである。しかし、このツリーハウスの真下には特に血痕などはない。
「セイジ、俺たちが殺人事件の考察をしてもしょうがない。今は探索に集中するぞ」
「ああ...そうだね」
ヘリスに注意されて、セイジは疑問を抱いたまま探索に戻る。
「セイジ―!ツリーハウスはあらかた見終わったぞ―!」
数軒先のツリーハウスからリューラン会組員の大声が聞こえる。
「何かありましたか―?」
「妖精草があったぞ―!」
「!?」
意外にも最優先目標はあっさり見つかったのであった。
「セイジ!やったね!」
「うん!」
セイジはツリーハウスの探索が終わった者には地上の建物を探索するように指示を出し、自身も生存者がいる可能性の高い倉庫に行く。倉庫の前で、中に人がいる前提で中に話しかける。
「えーっと、中にいる生存者のみなさん、外のゾンビ...化け物はあらかた片付けました。危害は加えません。今から開けますよ!」
「・・・・・・」
「返事がないね」
「誰もいないんですかね?」
「どちらにせよ、開けるしかないしね」
セイジが倉庫の扉を開けようとすると、
「――なのか?」
「!?」
中から小声で何か聞こえた。
「誰かいるよ!?」
「リヴィア、静かに!」
「本当に安全なのか?」
中から聞こえる小声を何とか聞き取り、回答する。
「はい!ここにはノーマンとハーフエルフしかいません!」
「わかった...今開ける...」
そう聞こえると中から物音が聞こえ、扉が開く。中にはエルフの男女が5人いた。エルフは長命のため、実際の年齢は分からないが、全員容姿端麗で若く見えるが、ひどく衰弱している様子だった。先頭には槍を構えて警戒しているエルフの男がこちらを睨みつけていた。
「武器を下ろしてください。ヘリスも剣をしまってくれ」
同じく剣を構えていたヘリスが剣を鞘に戻し、その様子を見たエルフの男は槍を手から落とした。セイジは念のためその槍を回収した。
「生存者はこれだけですか?」
「ああ、あんたらはどこのものだ?」
「僕たちは、えーっと...僕らの街の名前って何?」
セイジはこの世界に来て一か月が経つが、日々の忙しさで街の名前を聞くのを忘れていた。
「俺たちは『サンタ・ロジェロ』の人間だ」
ヘリスが代わりに答える。
(そういう名前だったのか。前の世界にも似た名前の城があったな)
「そうか...『サンタ・ロジェロ』から来たのか...」
「僕たちはゾンビと呼んでるんですが、噛まれたエルフの死体に襲われてこの集落は壊滅したということで間違いないですか?」
「そうだ、いきなり狂ったヤツが襲ってきたと思ったらそいつに噛まれたエルフも同じように狂い始めたんだ」
「僕たちは病人のために妖精草を採りに来ました。よかったら街に来ませんか?歓迎しますよ?」
「そうだな、ここよりは安全だろう」
セイジ達はエルフ達を保護し、他の妖精草の在処を教えてもらい、回収していった。大多数の組員には妖精草を持たせ、エルフ達の護衛も含めて来た道を戻らせて、先に森から離脱してアズマと合流してもらう。
案内のために槍を構えていたエルフが1人だけセイジ達について来てくれたので、この集落の疑問を尋ねる。
「しかし、この高低差のある集落が突然の襲撃とはいえ、ここまで壊滅するものですか?」
「ああ、それは...だめだ!!」
エルフがセイジの質問に答えようとするが、エルフは自身の視界に入ったものに対して叫ぶ。セイジもエルフの声に驚きながらも声を放った先に首を向ける。
視線の先には遠くで探索のため残ったリューラン会の組員が他の倉庫のバリケードを撤去して開けようとしているところだった。
「そこを開けるな!!」
「!?」
怒鳴り声を聞いたリューラン会の組員は驚いてこちらを向くが、持っていたバリケードの資材を落として大きな音が鳴る。
ガァン!!
一瞬の出来事の中、セイジには一つの疑問が浮かぶ。
(どうしてあそこのバリケード、外から積まれているんだ?まるで中から出さないようだ...)
自分の思考でエルフが叫ぶ理由に気づき、セイジが組員に向かって叫ぶ。
「逃げて!!」
セイジの叫びと同時にバリケードが薄くなった扉を破り、中から獣人ゾンビが飛び出してきた。アズマ達が遭遇した個体と同じ、狼型の獣人ゾンビであった。飛び出した獣人ゾンビはバリケードを撤去していた組員の喉を食いちぎる。
「逃げろ!!」
ヘリスが叫ぶと同時に獣人ゾンビに向かって矢を放つ。矢は獣人ゾンビの頭に命中し、獣人ゾンビは動かなくなる。しかし、倉庫の中から数体の獣人ゾンビが次々と出てくる。
「上に逃げましょう!!」
ヤスがセイジに提案する。
「ダメだ!!猫人族もいる!」
「猫人族?」
エルフがツリーハウスに登ることを拒否する。
「猫人族は木を登ってくる!」
「!?」
セイジの中で全ての線が繋がった。亜人のゾンビは本能的行動がセイジ達ノーマン種より多い。エルフゾンビであれば弓を使え、獣人ゾンビであれば、四足獣のような体勢で速く走れる。そして獣人の中でも猫人族と呼ばれる種族は猫のように木々を登れるということだった。
(ツリーハウスの上の不可解な死体は猫人ゾンビに木を登られて殺されたのか!)
そうこう考えているうちに、飛び出してきた獣人ゾンビの1人がセイジ達に狙いを定めて、走り出す。
「まずい、こっちにくるぞ!」
ヘリスが振り返り、矢を射るが、外れる。
「くそっ!!」
直進にしか走らないことを確認したヘリスは今度は獣人ゾンビの動きを読んで二発目を射る。獣人ゾンビはもう目と鼻の先まで来ている。
「やった!」
見事に命中するのを確認し、ヤスが喜ぶが、矢は獣人ゾンビの肩に当たっただけであり、痛みの感覚のないゾンビはスピードを一瞬緩めただけで、すぐさま、セイジに向かって飛び掛かり、セイジは獣人ゾンビに押し倒される。
「セイジ!!」
セイジの隣にいたリヴィアが叫ぶ。
セイジは持っていた槍を両端を持ち、柄の部分をゾンビの口に食い込ませる形でなんとか噛まれずにいた。しかし、槍の柄は簡素な木で作られているため、暴れまわるゾンビが今にも柄をかみ砕こうとしている。
(まずい、柄がもたない!)
「セイジから離れなさい!!」
リヴィアは何かを口元で唱えてから再び叫び、ゾンビに対して張り手を喰らわす。
その張り手はただの張り手ではなかった。魔術によって電撃を纏った張り手だった。
「ぐっ!!」
電撃によりゾンビは感電し、セイジへの攻撃をやめる。電撃による感電がセイジにまで伝わる。
そこに駆けつけたヤスがゾンビの頭部を装飾剣で刺し、ゾンビは動かなくなる。
「セイジさん!大丈夫ですか!」
「ありがとう、大丈夫...」
ヤスに礼をし、リヴィアの方を向くセイジ。
「そっか、ライボン先生の弟子だもんね」
「へへっ、見直した?」
「最初から頼りにしてるよ」
リヴィアの手で起こしてもらうセイジ。
「まずいぞ、すぐに次が来る!」
遠くにいた獣人ゾンビがセイジ達に気づく。
「どこか隠れる場所は?」
「博物館がある!あそこに奴らはいないはずだ」
「そこに急ぐぞ!!」




