第二十話 エルフの森
『エルフの森』はその名の通り、エルフによって運営されている集落である。『エルフの森』自体は世界中に数多く存在する。森の規模は様々だが、エルフが集落として選んだ森には背の高い木が多く、エルフたちはツリーハウスを作り、ツリーハウス同士を吊り橋で繋げて集落を形成している。
エルフの多くは自尊心が強く、多種族と関わりを持たない閉鎖的なエルフが多い。エルフ自体、ノーマン(セイジたちのようなヒト種のこの世界での呼び名)の何倍もの寿命を持っているが、長生きしているエルフほど閉鎖的らしい。
主に森での狩猟生活をして暮らしてはいるが、近年、外界で年々発達していく文明と魔術に危機感を覚えていくエルフも増え始め、森の一部を観光地のように開放している森が増加している。
今回セイジ達が行く予定の森は近隣の動物たちの減少により、狩猟による暮らしに限界を感じてきたため、多種族の受け入れを開始した背景がある。閉鎖的な状態が長年続いたため、多種族から見れば、森には古い遺跡や遺物が残されており、歴史的価値が高く、世界中の学者たちから調査料と遺物を展示している博物館の入館料で生計を立てている。
―街の外―
「以上が今から行く『エルフの森』の概要だね」
「ありがとう。参考にするよ」
説明してくれたリヴィアにお礼をし、考え込むセイジ。
(この世界に来て初めて街の外に出たけど、馬車の荷台で乗るしかないのは...ちょっと歯がゆいな...)
彼らは現在、馬と馬車で『エルフの森』に向かっている最中である。リヴィアとセイジはヘリスが手綱を握る馬車の荷台に乗って移動している。リヴィアは馬に乗ることもできるが、前世で馬への騎乗経験のないセイジはまだ練習中で長距離移動はできないため、『エルフの森』の説明もあるのでリヴィアと一緒に荷台に乗っているわけである。
「私も見たことないけど、数か月前に森で『古代の人形兵』が見つかったらしくて、結構話題になったよ」
「『人形兵』?あるの!?」
ゲームなどで聞き慣れた単語に驚きを隠せないで興奮するセイジ。
「セイジの...故郷にもあるの?『人形兵』?セイジの故郷は魔術と無縁だと思ってた」
セイジの秘密を知るリヴィアは手前にヘリスがいることを考えて、ちゃんとセイジの事情に合わせるように言葉を選んでくれている。
「いや、『人形兵』は知識でしか知らない。僕の聞いてきた話通りなら、『人形兵』っていうのは、魔術で動く土とか岩とかで作られた人形のことだよね?」
「うん、そんな感じ。『人形兵』は魔術の中でもかなり特殊な専門分野でライボン先生でも詳しくは知らないらしいよ」
「へえー、ライボン先生でも知らない魔術のことがあるんだ」
「なかでも『古代の人形兵』っていうのは、製造に使用された魔術が現代では解析不能でよくわからない『人形兵』の総称らしいよ」
「オーバーテクノロジーってやつか」
そう呟いて、遠くを見ながら考えるセイジ。
「発見されたのも遺跡の下とかじゃなくて、森内の集落近くの地面に表面が出ている状態で見つかったらしくて、ずっと森に住んでいるエルフ達が見落とすわけがないから、実は『人形兵』が動いて森に来たんじゃないかとか噂されてるらしいよ」
永遠に話を続けそうなリヴィアであったが、セイジの方をふと見て、セイジが考え込んでいるのを確認して、話をやめた。
「セイジ?何を考えているの?」
「『人形兵』をもし製造できたら、僕らは戦わずにゾンビを倒して、調達ができるのにって思っただけだよ」
「それは無理だろうな。『人形兵』の製造には貴重な魔術のアイテムが必要らしいし、どこでも造れるわけではないらしい」
「!?」
前で馬の手綱を握っているヘリスが会話に参加してきた。いきなり参加してきたので驚くセイジ。
「ヘリス、いい機会だから聞きたいんだけど、あなた、セイジのことをどう思っているの?」
「なんて直球な...」
正直でまっすぐな性格のリヴィアが聞きづらいことを聞いてくれた。直球すぎる物言いだが、リヴィアが居てくれて助かるセイジであった。
「セイジ...君には...」
ごくり、と唾を飲み込むセイジ。
「特に何も思っていない」
なんとも無感情な回答だった。
「え?なんとも思ってないの!?」
リヴィアがこの場の空気を台無しにしてしまうような声で聞き返してしまう。
「君たちが考えていることは分かっている。兄さんはセイジ...君を庇って死んだ。兵士として当然のことをして殉死したんだ。兄さんの行動を誇りに思っている。セイジ、君は助けられただけの人間だ。俺が逆恨みしてるとでも思ったか?見当違いだよ、それは」
「・・・・・・」
社交辞令よりも機械的な返答。それが、セイジの受けた印象だった。感情を押し殺している。押し殺すことで、こっちに精神的にダメージを与えるようにもみえてしまう。
「話は終わりだ。そろそろ着くぞ」
ヘリスの視線の先には背の高い木々で生成されている『エルフの森』があった。遠目からでは、森の中にあるであろう集落は見えず、森の全容はわからない。
アズマはまず、出発前夜の話し合いで計画された通り、森に入る前に周辺の人の居なくなった集落に簡易的なバリケードを作り、安全な拠点を築いた。この作業にはかなりの時間を費やし、気づけば日が暮れていた。夜中に森に入るのは危険だったので、この日は拠点で休むことにした。
焚火を囲みながら、今後の方針を話し合う一同。
「さて、セイジ、森を実際に見てどうだ?」
「聞いていた通り、外から見ただけじゃ森の内部がわかりませんね。当初の計画通りでいい気がしますよ」
「当初の計画?」
焚火に近づかず、少し離れたところで休んでいたヘリスが聞いてきた。
「ヘリスのガキにはまだ伝えてなかったな。ヤス!教えてやれ!」
「押忍!!」
アズマの指示でリューラン会の若衆のひとりがヘリスに説明し出す。
(あのヤスって人、街の奪還作戦の時もアズマさんにこき使われていたな...)
セイジがヘリスに説明しているヤスの方を眺めていると、隣にいたリヴィアが、セイジがヤスを見ていることに気づくと、
「ヤスはね、馬鹿なんだよ」
「説明が簡潔すぎない?」
たった二文字の紹介だった。
「もうちょっと詳しく教えて」
「はーい」
適当な相槌ながらもリヴィアはヤスについて教えてくれた。
本名:ヤスケッド・コージー
年齢は17歳。男。ノーマン種。リューラン会で一番若い新参者ではあるが、フットワークがとても軽いため、アズマにリューラン会の様々な仕事に駆り出されているらしい。しかし、馬鹿なため、簡単に人を信用してしまったり、先走った行動をするため、一人で行動させてはいけないらしい。子供か。
リヴィアのヤスの紹介が終わった頃、ヘリスがセイジとリヴィアに近づいてきた。
「ヘリス、どうしたんだ?」
やっとヘリスの心情を聴くことができたセイジであったが、それは仲が良くなるものではなく、二人の間に壁を作る言葉であったため、苦手意識が残ったままであった。
「すまないが、ヤスの話では計画がよくわからなかった。発案者のお前から教えてくれ」
(ヤスは説明下手か...)
「わかった、イチから説明するよ」
こうして夜は更けていった。




