第二話 賢者
「違う世界から?違う地域や、遠い国とかではなく違う世界?」
老人はさらに首をかしげながら問う。
「はい。恐らく子供のころに遊び半分で作った術が今になって発動してしまったらしいです。念のため確認なんですが、ここは21世紀の日本ではないですよね」
「いや、今は人間歴で1543年じゃ。二ホンという地名も聞いたことがないの」
老人の言葉からこの世界は異世界であることの信憑性が高まった。普通の人間なら突然別の世界に飛ばされてしまえば家族や友人、今後のことに喪失感や不安になるはずだが、征司はむしろ胸の内が熱くなっていく感覚を思えた。そう、征司はワクワクしているのだ。
「おぬし、別の世界からいきなり飛ばされたわりには冷静だのう」
征司は老人に自身の感情を悟られた。この老人もしかしたらかなりのキレモノなのかもしれない。異常者と思われるのは今後に影響すると思い、言い訳を考える。
「いきなり飛ばされたので現実味がないというか、もしかしたら夢でもみているんじゃないかと思いまして」
「夢なら良かったんだがの。だが残念ながら恐ろしいほどにここが現実じゃよ」
老人は憐れむような表情で言う。
「そうですよね。こんな現実味のある夢なんて見たことありませんからね」
「できればこの世界のことを教えていただきたいのですが。来たばかりで右も左もわからない状態なので。そういえば自己紹介がまだでした。僕は歩見征司といいます。あなたのお名前は?」
征司は尋ねる。話合いのできる人間に会っているうちにこの世界の情報を少しでも入手しなければならないからだ。征司はこの世界の常識すら知らない状態である以上、自身が当たり前と思っていることのどれが、この世界の異端扱いを受けるかが分からない。地雷原を歩いているのと同然である。ならば地雷の密度が低そうな今のうちにまずこの世界の常識を手に入れたい。
「わしの名前はライボン。学者をしておる。おぬしのことは興味もあるし、色々教えてやりたいところだが、今はそれどころではない。そこのカーテンを少しめくってみるがいい。声や音をだすんじゃないぞ」
このライボンという老人は誰かから隠れているのだろうか。犯罪者に最初に出会ったのはまずい気がするが、学者を名乗っているということは、この老人から話を聞けばかなりの情報が手に入るので、征司はとりあえずライボンに従い、カーテンを少しめくり外をみる。
外の道には人がいた。口元は血まみれ、低いうなり声をあげながら徘徊している。歩いているのではなく、徘徊していた。主人公は見たことがある。外にいる人物を知っているという意味ではなく、「それ」を映画や漫画で観て知っている。
征司は見たものをが何なのかをライボンに教えるためではなく、自分が何を見たのかを理解するために口に出す。
「それ」は、
「ゾンビだ」




