第十八話 街の急変
―数日後―
街に異変が起きた。
体調不良の者が急増し、元々体調不良だったものは症状が悪化した。症状としては熱や嘔吐、身体の衰弱が見てわかるほどだった。すぐに町医者たちとライボンが対応をし、セイジの助言もあり、病人たちを隔離した。しかし、治療を施しても、病人たちの容態は悪化していく一方であった。
―議会―
議会のメンバーたちはすぐに対策会議を開いた。
「ライボン先生、あの病気に心当たりはありますか?」
「昔流行した感染病に似ている気がするの...ほっておけばあんな風に悪化していき、最悪死に至ることもある病じゃ。だが治療法が確立されてからは簡単に治る病気とされている」
「治療法っていうのは?」
「とある植物によってできる薬による投薬治療じゃ」
「つまり、それは...」
現時点で病人に対してその治療を行ってはいない。それが意味することはライボンが語る前からこの場の全員が察する。
「この街にその薬も植物もない。街の外に取りにいかねばならないの」
調達班の出動は何度も行われているが、ゾンビという危険がある以上、調達は命懸け。しかし、調達班は警備兵やリューラン会のヤクザ連中で構成されている。調達する物資が一つ増えるくらい造作もないだろう。
「その植物はこの街から馬で2時間ほどのところにある『エルフの森』にある」
「『エルフの森』だと...」
議会のメンバーが全員黙り込む。記憶に新しいエルフのゾンビを連想させるからだ。エルフゾンビはエルフの本能ゆえに弓を使える個体が存在する。すなわち、エルフの森に行けば通常のゾンビだけでなく、大量のエルフゾンビの弓によって狙われる危険性がある。
「『妖精草』と言ってな。薬学に詳しい者たちの間では有名な万能薬草でな、この薬草が手に入れば多くの病気の治療に役立つ。しかし、この薬草は育つ土を選ぶ。最近の研究では鉢植えで栽培することにも成功したらしいが、ここら辺では『エルフの森』以外では育てていない」
この街のゾンビパンデミック世界における利点は城塞都市という防衛の利点。欠点としては、王都に続く街道沿いであることで栄えた商業特化の街であるがゆえの専門業不足である。農業、鍛冶、医療など専門知識と技術を持つ人材がほんの少ししかいない。さらに肝心の専門職としてのレベルも高いとは言えない。唯一レベルの高い専門職といえば、賢者ライボンの魔術師のレベルくらいであろうか。しかし、この世界において魔術のレベルは才能に左右されるところが大きく、習得にも多大なる時間がかかるため、ゾンビパンデミック世界で習得していくのは優先度が低い。
「決断を素早く決める必要があるな」
レインが口を開く。
「何の決断だ?」
アズマが問う。
「この病気は人から人に移る病。病人たちはすでに隔離済み。病人たちと接触した者達や病気の前兆のある者たちを別の場所で隔離すれば感染の拡大は防げる。今なら少ない人数の隔離で済む」
「病人どもを見殺しにするっていうのか!?」
アズマが激怒する。しかし、その激昂に被せる様にレインが、
「もしくは、エルフの森に決死隊を送るかだ」
話すレインの目は悲しみと怒りに満ちていた。言いたくて言っているわけではない。それはレインの目を見れば誰もがわかった。それを理解してアズマも黙る。
『エルフの森』の現状は未知である。エルフゾンビがいるという可能性から、調達班も『エルフの森』は避けてきた。ゾンビパンデミックを退けて、自衛に成功している可能性も十分にある。しかし、この一か月、『エルフの森』方面から生存者が来たことはない。死者だけがこの街にくる来訪者であった。
街の住人たちはエルフゾンビのことを知ってしまっている。ただの鈍いゾンビならまだしも、弓を使えるエルフゾンビとなれば、それは慈悲を持たない弓兵の軍隊を相手にするのと同じである。ましてや土地勘もなく、見通しも悪い森、誰が行きたいと思うだろうか。
そして、軍隊の指揮官ではなく、街の警備の長でしかないレインには、部下に死地に赴けと命令はできない。
「住民の隔離は行っていこう。それと同時に周辺の薬や薬草の調達を行って、試し試しで治療していくしかあるまい」
会議は暗い雰囲気のまま終了した。しかし、セイジが会議室を出ようとしたとき、アズマに声をかけられた。
「セイジ、レイン、話がある。ついてこい」
そう言われて、セイジとレインは別室に移動した。
「やっぱり、エルフの森に人を送るしかない」
「駄目だ、危険すぎる」
「どのみち、このままでは街は終わる。感染病のこともあるが、うちの連中が町長にした件もある。なら危険を冒して森に行く価値はある」
「確かにこの間の調達班の報告で、周辺環境の状況は最悪と分かった以上、この街を捨てる選択肢はありません。しかし、感染拡大と暴動の危険性から街を捨てざるを得ない状況がみえてきている」
「ああ、だからここで『リューラン会が決死の覚悟で、街のためにエルフの森に薬草を採りにいった』という話があれば、感染病も治療出来て、うちの印象も良くなって一石二鳥なんだよ」
「そんでもって、セイジ、お前も俺と一緒に来い!」
「なんだと!?アズマ何を考えている?」
レインがアズマの発言に怒る。
「証人がいるんだよ。リューラン会だけで行ったら、薬草じゃなくヤバい薬を持ってきたとか疑われるかもしれないからな。街を救った英雄が一緒なら、みんな信用するだろ」
「分かりました。僕も行きます」
「セイジ!正気か!?」
いつもはセイジのことを『君』をつけて言うレインが呼び捨てにしている。セイジのことを本当に気にかけていることが伝わる。
「エルフゾンビと実際に接触したのは僕とリヴィアとボンドさんたちだけです。エルフゾンビのことは誰よりも知っているつもりです。アズマさんの計画は危険はありますが実行する価値は十分にあります」
「よし、決まりだな。早速計画の詳細を詰めていくぞ。待ってろ、先に若衆たちに声をかけてくる」
「アズマさん、用意してほしいものがあるんですが」
部屋を出て行こうとするアズマを今度はセイジが止める。
「何が欲しいんだ?」
「それはですね...」
話し合いは夜の12時頃まで続いた。