第十六話 首斬りステラ
―ステラの屋敷(今)―
「食料はまだなんとかなるとして、体調不良の人が増えてきているのは気になるわね」
セイジの持ってきた書類に目を通すステラ。
「ゾンビが関連した感染症かとも思ったんですけど、ゾンビに噛まれた人は必ず24時間以内には亡くなって、ゾンビになっていますし、亡くなるまでの症状が違うので、他の流行り病の可能性が高そうです」
「そのようね。体調が悪化する人やこれ以上増えるようなら、病気の特定をお願いできる?」
「わかりました。ライボンさんと医者の方々に言っておきます」
「ライボン先生と言えば、あなたのことを知っているのはリヴィアとライボン先生と私だけなのよね?」
「そうですね」
セイジは自身が転生者であることはステラに伝えていた。いらぬ疑いをかけられたくないので、議会メンバーである、アズマ、レイン、ボンドには伝えていないが、ステラにはライボン同伴のもと、既に打ち明けていた。街のナンバー2であり、復帰後、街のリーダーになる可能性のあるステラには事情を説明しておいた方が、今後、行動しやすいことの方が多いと判断したからである。もちろん、ステラがセイジを信用しないという可能性はあったが、ステラはライボンの元教え子であったこともあり、ライボン同伴のもと説明をしに行ったら、信用してくれたのである。ライボンの信頼恐るべし。
「あなたは街のためにこんなにも働いてくれてるけど、故郷に帰りたいとか、寂しくはないの?」
「僕はこの世界に飛ばされる前に一度死んでますからね。死んだのを自覚してから来てますからあんまり未練とかはないですね」
セイジは転生した時に二度目の命だからと自己犠牲で街を救おうとした。しかし、リヴィアに怒られ、考えを改め、この世界で生き抜いていくことを決意している。だから、前世に未練などはない。
「でも、ステラさんは優しいですね。よそ者の僕は怪しまれて当然なのに気にかけてくれるなんて。アズマさんが怖い異名を言っていたのでもっと厳しい人だと思ってましたよ」
セイジがそう言うと、ステラはバツが悪そうな顔をした。
「セイジももう知っているのね。『首斬りステラ』のことを...」
しまったと、セイジは口が滑ったとことを後悔してすぐ謝罪をする。
「すいません。詳しいことは知らないですが、悪所の人がステラさんを悪く言っているだけじゃないんですか?」
「・・・・・・」
ステラはその質問にすぐには答えず、気まずい雰囲気が流れる。
少ししてステラが口を開く。
「その異名はある意味正しいのよ」
「え?」
「もちろん、生きている人の首を切ったこともないし、斬首刑の刑罰はこの国でも行われることはあるけど、私は刑罰の決定権なんて持ってないわ」
「じゃあ、どうして?」
「私は街の政治に関わるようになって、街の権力者たちの腐敗を見てきたわ。賄賂や横領、職権乱用をする者達が蔓延っていた。だから私はすぐに町長である父に抗議をした。でも父は街の維持にはある程度の見逃しが必要だと言った。私はそんなの許せなかった。でも当時の私は新米。なんのチカラも持っていなかった。そこで私は考えた。正攻法で変えられないなら、私も邪道を使った。権力者たちの弱みを探り、付け込んで街から追い出した。そして街のナンバー2になってからは正攻法でも辞めさせていった。だから『首斬りステラ』。私は人を辞めさせるのが得意なのよ」
「そうだったんですか...」
ステラは遠い目をして、窓から外を眺めている。ベットにいる弱々しい彼女をセイジが見る限り、そんな異名を持っている女性には見えない。まだ20くらいのうら若き可憐な少女の姿しかセイジの目には映らない。
「さっきもセイジのことを気にかけたのも、半分はあなたの弱みを知っておきたかったところがあったのよ」
「なんと、そんなこと思ってたんですね」
セイジはステラから自身のことを100%信用されることはないと分かってはいるが、なんてことない会話の中でも、仕事をしている。彼女は機能している。ベットにいても、彼女は『首斬りステラ』なのだ。
「つまらない私の話はここまで。セイジ、持ってきてくれてありがとう。街の仕事に戻ってちょうだい」
ステラは明るい表情に戻り、セイジにお礼を言う。
「わかりました。お大事に」
セイジはステラの部屋を後にし、家政婦のミルダに外まで案内される。
「ステラさんはすごいですね。お父さんの死を目撃して、ショックを受けても、街のために色々考えてる」
「ええ、お嬢様は昔から文武両道で政治の才だけでなく剣も振るえる強い人です。セイジ様、お嬢様はあなたに対しては打ち解けているように思えます。どうかお嬢様にチカラを貸してください」
(本当にそうかな?さっきも探られてたようだし...)
セイジはそう思いながらも頷く。
屋敷内を歩き、玄関前の大広間に着くと、ミルダは立ち止まり、話始める。
「ここでした」
「何がですか?」
ミルダが止まったので、セイジも歩みを止める。
「旦那様が亡くなったのは...」
「!?」
セイジは驚く。『旦那様』、それはすなわちこの街の町長のこと。そして、ステラの父親。
「自宅でゾンビになったんですか?」
「はい、事件発生したあの日、状況確認をこの屋敷から行っていた旦那様とお嬢様は、怪我人の受け入れ先として集会所より先に大門に近かったこの広間を選びました。しかし、運び込まれてきた方のなかにはゾンビに噛まれた人が混ざっていて、少ししてゾンビになって屋敷にいた方々を襲い始めました。そして、騒ぎの音にゾンビが押し寄せてきて、大広間はゾンビであふれ返り、屋敷から脱出することはできず......私とお嬢様は急いでお嬢様の部屋に避難して難を逃れました。そして、数日後に救助されたわけです」
(なるほど、この屋敷が最初の避難場所となり、噛まれた人がゾンビになることが判明し、ここから逃げた人が集会所にいって、ゾンビの習性を教えたってところか...)
ゾンビ映画あるあるの『感染者を知らずに懐に入れて襲われる』、それがセイジが集会所にたどり着くまで、集会所で起きていなかったのは偶然ではなく、この屋敷の犠牲があったからなのである。
この大広間をよく見ると血痕など片付けられてはいるが、カーペットの汚れや、花瓶が割れていたり、飾られている装飾剣セットが一本足りなかったりと何か騒ぎがあったことが伺える。
「ステラさんは自宅でお父さんの死を目撃したんですね...」
「はい...」
(そのショックで精神的にやられ、体調を崩しているというところか)
ステラが体調不良なのは不幸中の幸いなどと言った自分に罪悪感を感じるセイジであった。
ミルダに事件の話をして貰ったあと、屋敷から去ろうとした際、
「セイジさま、心よりのお願いです。お嬢様にチカラを貸してあげてください」
「もちろんです」
そう答えるセイジであったが、ミルダの目はいつになく真剣にセイジを見つめていたので、違和感を感じるのであった。